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My Satellite/Jonathan Carroll

medium.com からの引用

My Satellite

The other day someone wanted to know what I feel when asked a question about a book I wrote twenty or thirty years ago. I said it’s like looking at a deep space satellite through a powerful telescope at night: Still alive and moving out there, brightly flickering, but so far away that it’s hard to see with the naked eye.

Jonathan Carroll



作家にとって、20年前、30年前に書いた作品について語るというのはそんな感覚なのかと、ようくわかったけれども、邦訳が10年も、20年も出ていないことについてはどう思うのかと、訊いてみたい気もしてくるのである。


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立原道造、ヒアシンスハウス


立原道造





立原道造は、優秀な建築家でもあった。
晩年に、自ら設計図(スケッチ)を描いて、「沼のほとりに、ちひさい部屋をつくる夢」を語った。
そしてそれを「ヒアシンスハウス」と名付けた。
もちろん、その夢は叶わないまま、早逝したのだったが。


しかし、今、「ヒアシンスハウスに行きたい」と勝手なイメージを広げて遊ぶことはできない。
というのは、現実にそれが建てられてしまったからだ。

立原道造2
(ヒアシンスハウス、別府沼公園)


実際に見てみると、とても美しい建物である。たぶん立原が週末を静かに過ごすことをイメージして設計したプランがそのまま生かされているのだと思う。しかし、立原の書いた文章や家のスケッチを見て楽しむだけの方が良かったかもしれないという気持ちもある。

    光あれと ねがふとき
    光はここにあつた!
    鳥はすべてふたたび私の空にかへり
    花はふたたび野にみちる
    私はなほこの気層にとどまることを好む
    空は澄み 雲は白く 風は聖らかだ
      (盛岡ノート、「アダジオ」)


立原は、晩年の一時期、岩手に滞在した。そこで見た情景を「盛岡ノート」に記している。
そして、こんな美しい詩や文章を残している。賢治や啄木とは違った眼でこの土地をとらえている。後に松本俊介が描いたのとも違う盛岡を描いている。
だから、わたしは、夢がリアルになってしまった別所沼(ヒアシンスハウス)よりも、むしろ未だ夢や詩の中でしか見たことのない盛岡の方へ行ってみたい気がするのである。




☆ブコウスキー、パルプ


ブコウスキー



ブコウスキーの「パルプ」、
19994年の作品、
ということは、ブコウスキーが74才、最晩年の作品である。
無頼派と称された作家にしては、ずいぶん長生きしたわけであるが、さすがに、とんでもない本を書くものだ。

「パルプ」というのは、古きアメリカの「安手の三文雑誌」を指す、(タランティーノの映画「パルプフィクション」と所以は同じ)あえて安っぽい物語を安っぽく語ろうという手法が、全編を通じて貫かれている。

物語の舞台は、90年代のLA、
探偵は、ニック・ビレーン、出鱈目で無能、
依頼者は、死神の女性、
探す相手は、作家のセリーヌ(1894-1961)、
とっくに死んでいるフランスの作家を探せという仕事、途中、付きまとわれて困っているので宇宙人を追い払ってほしいというような別の依頼も加わる。・・・これだけで、この小説の輪郭は、くっきりとする。つまりは、めちゃくちゃなのである。あらすじを書き留めるのも空しい。

ところが、これが、読ませるのだから、小説は面白い。
一見、乱暴で粗雑なようで、きちんと、エンタテイメントの読み物として成立しているし、さらには、現代文学の情況が透けて見えたりもする。ろくでなしの探偵が、しょうもない捜査に没入する姿を、投げやりな心理描写と、卑語猥語いっぱいの会話で、見事に描ききった怪作。誰もが、あっというまに魅せられてしまうだろう。

画像は、絶版になっていた00年の新潮文庫版。
表紙のアメリカンコミックス調の絵は、ゴッホ今泉。翻訳は、柴田元幸。
2016年、これが、ちくま文庫から復刊となった。(イラスト、装丁は変更されている)
未読の方にとっては、まずはメデタイ。
既読の人間には・・・、もちろん再読のきっかけとなってこちらもメデタイのである。



今江祥智と長新太


紙のお月さま  タンポポざむらい  魚だって恋をする


今江祥智と長新太は、児童小説、絵本、童話等々で、50年に渡って、約60!の作品を作り上げてきた。
超・新太ファンを自称するわたしにとっては、この60冊、全てを読みたいと思うのは当然なのであるが、実は、これまで、自慢できるほど読んではいなかった。今江さんの本に苦手意識が強かったのである。

それでも10冊程度は読んだだろうか。お気に入りは、時代物の児童小説、「たんぽぽざむらい」と「魚だって恋をする」の二冊、そして童話の「紙のお月さま」のシリーズである。

「たんぽぽざむらい」
髪がぬけていつのまにかタンポポのわた毛のような頭になってしまった青年一平太。侍一平太の凛とした一生を描いた作品。

「魚だって恋をする」
初恋は、いつの時代も不自由だ。その少女は、新太郎の目の前から一瞬で消えた!小料理屋「まい」を舞台に、新太郎のもやもやの日々が始まる。 新太郎の「初恋」を描く。

「紙のお月さま」
家出犬タマテバコがひろわれたのは、父と娘の二人暮らしのおかしな家。犬が見た15年間のその家での生活とは……。


今江さんの物語は、とても端正である。(松井今朝子さんの時代小説に似ているかもしれない)
こども向けの本と思えないほど、きっちりとしている。笑える本が好きなわたしのようなものにとっては、ちょっとスクエアすぎるかもしれない。しかし、ちょっとしたきっかけで、どんどん読めるようになった。今では、大好物である。

今では、「今江祥智・文+長新太・絵」という表記を見ただけで、読んでみたくなる。すぐ手にとって、図書館なら貸し出しカウンターへ、本屋ならレジへ向かう。もちろん、絵を見るだけじゃない。きちんと物語の方も読む。
しかし、新作は読めない。いつのまにかお二人とも故人である。60冊ではなく、もっともっと書いてほしかったと思う。



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★高丘親王航海記


高丘親王航海記


澁澤龍彦の「高丘親王航海記」、
これは、もう、すべての読書少年にとって聖書のような本である。ただし、黒色の聖書。
手にとるだけで、心が揺れ、表紙を開くだけで、動悸が高まる。
ひとたび、物語を目にするやいなや、天竺まで飛んでゆけ、と声がかかり、その後は、ひたすら身をまかせ、夢の中に迷うことしかできない。
この本について書くなど、千年、早いと自省する。
いっそ、澁澤龍彦のように、読書中に死にたいと、私は思う。



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★エリナー・ファージョン レモン色の子犬


The_Little_Bookroom_cover.jpg  ムギと王さま


岩波少年文庫、石井桃子の訳業、素晴らしい物語の宝庫である。
中でも、わたしが好きなのは、これである。

「レモン色の子犬」(1955)は、短篇集『ムギと王さま』に所収。木こりと王女の恋ものがたりである。ファージョンの数ある作品のなかでも、大好きな一篇。正真正銘の五つ星のおはなしである。
・・・引用部は、木こりの少年ジョーが王女のねこをみつけたほうびに、王さまから何がほしいかと問われる場面。ここに登場する子犬の耳の色がレモン色なのである。

ジョーは、王女さまがほしいといいたかった。王女さまなら、ジョーのクランバー種の子犬とほんとによくつりあったのだ。王女さまの髪は、ちょうど子犬の耳の色とおなじだったし、王女さまのやわらかい茶色の目は、スパニエルにもひけをとらず、とけるようにショーを見ていた。けれども、もちろん、王女さまは話にならなかった。だから、ジョーは答えた。
「あっしに、王さまの木こりをつとめさせていただきとうございます。」
(石井桃子訳)


この短編集の原題は、『THE LITTLE BOOKROOM』という。
ファージョンは、子供のころ学校へ行かず雑多な本がいっぱいつまった「本の小部屋」にこもって本を読んでいたそうだ。そして作家となったファージョンが 書いたのも、雑多でとりとめもなくてそして小部屋にこもっていつまでも読みふけりたくなるような、そんな本ばかりだ。
でも、彼女の恋ものがたりは、ちょっと特別である。こんなにステキな物語を読んだよと、みんなにふれてまわりたくなる。「レモン色の子犬」は、そんな作品だと思う。


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☆年間ベスト10 (2015年、マイ・ベスト・ブック)


☆年間ベスト10

(A. 翻訳小説)

1. バネ足ジャックと時空の罠、マーク・ホダー (金子司訳、東京創元社)
2. 紙の動物園、ケン・リュウ (古沢嘉通訳、早川書房)
3. 文学会議、セサル・アイラ (柳原孝敦訳、新潮社)
4. オルフェオ、リチャード・パワーズ (木原善彦訳、新潮社)
5. ピンフォールドの試練、イーヴリン・ウォー (吉田 健一訳、白水Uブックス)
6. ミス・ブロウディの青春、ミュリエル・スパーク (岡照雄訳、白水Uブックス)
7. 風と共に去りぬ(新訳)、マーガレット・ミッチェル (鴻巣 友季子訳、新潮文庫)
8. 火星の人、アンディ・ウィアー (小野田和子訳、早川書房)
9. パールストリートのクレイジー女たち、トレヴェニアン (江國香織訳、ホーム社)
10. 北風のうしろの国(新訳)、ジョージ・マクドナルド (脇明子訳、岩波少年文庫)


*どれも、面白くて楽しくて順位はつけがたい。あえて、私の好みで言うと、今年の一位はマーク・ホダーである。「バネ足ジャックと時空の罠」は、デビュー作にして、フィリップ・K・ディック賞に輝く大作。その看板にふさわしい傑作だと思う。
次いで、ケン・リュウの短篇 「紙の動物園」 、短編集の冒頭に置かれたこの作品を読むだけでも、魅力がいっぱいに伝わってくる。この一作でネビュラ賞、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞の各短編部門賞を勝ち取っただけのことはあるのである。


(B. その他)

1. 町田康訳、宇治拾遺物語 (池澤夏樹編、日本文学全集08、河出書房新社)
2. 舞城王太郎、深夜百太郎/木下龍也、深夜百短歌太郎 (ナナロク社)
3. 吉田健一 (池澤夏樹編、日本文学全集20、河出書房新社)
4. 椰月美智子、14歳の水平線 (双葉社)
5. 蜂飼耳訳、虫めづる姫君 堤中納言物語 (光文社、古典新訳文庫)
6. 四元康祐、偽詩人の世にも奇妙な栄光 (講談社)
7. 円城塔、エピローグ (早川書房)
8. 高橋源一郎、動物記 (河出書房新社)
9. 山田太一、寺山修司からの手紙 (岩波書店)
10. 宇江佐真理、竈河岸 髪結い伊三次捕物余話 (文藝春秋)


*翻訳小説以外では、なんたって、町田康の「宇治拾遺物語」と、舞城の「深夜百太郎」がすこぶる楽しませてくれた。後者には「深夜百短歌太郎」という、豪華なおまけまでついて、言うことが無い。
さらに、池澤版・日本文学全集の充実ぶりには脱帽するしかない。町田康、吉田健一の他に、円城塔の雨月物語、島田雅彦の好色一代男、中島京子の堤中納言物語(16年刊)など、どれも垂涎モノなのである。


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○アンソニー・ドーア、シェル・コレクター


シェル・コレクター


アンソニー・ドーア(1973-)の短篇集「シェル・コレクター」を読んだ。(03年、新潮社、岩本正恵・訳)
原書は2001年出版、これがデビュー作であった。
ドーアは、2015年、ピューリッツァー賞を受賞した。

読みだしてみると、いたってシンプルな小説である。
しかし、物語の設定、登場人物、ストーリーの展開、そして結末、読み終わってみると、どれも、少しずつ歪で奇妙で、やはり現代小説なんだよなあと感じさせる部分があふれている。
文章も文体もシンプルで美しく、きちんとストーリーも展開される。
しかし、ベースになる想像力が、どこかいびつで、物語の展開する方向も不思議だ。
結局、読み手を途惑わせたり、ところどころで幻想ブンガクの領域に踏みいらせてしまうような、そんな小説をドーアは書いた。
ただし、訳者があとがきで書いているような超常的な世界だとか、異界だとか、自然への畏怖だとかを描いたのではないと、わたしは思う。これは、あくまで普通の人間の心と想像力について(つまりあらかじめ歪なものである心と想像力について)書かれた物語であるし、いかに普通の心と想像力が奇妙で不思議な世界につながっていくのかについて描いた小説だと思うのである。


短篇集には、次の8篇が収録されている。
オースターやミルハウザーやダイベックのように、読み手を現実から幻想の世界に放り込んでくれるような小説がわたしは好きなのだが、ドーアの小説は少し違っていて、現実と幻想世界の狭間を描きながら、実は真正面から生きることについて書いた小説だという気がする。ともかく、どれも堪能させてくれる話でありました。

①「貝を集める人」
= 孤島で暮らす盲目の老貝類学者の話。隠遁生活を描くのではなく、世界や、他者や、少女との出会いについて描く。混乱するが、美しい安息もある。

②「ハンターの妻」
=モンタナの山奥に住む狩猟ガイドの男の話。奇術師の助手をしていた少女を見初め結婚する。彼女は、手をかざすと「死んでいく生きものの魂を読みとることができる」。
まるで超常的な感覚について書かれた小説のようだが、そうではないと思う。
人間のこころはあらかじめどれも歪で、必然的に離れたり繋がったりせざるをえないという事実について書いた物語だと思うのだ。
それだけに美しくて哀しい。

③「たくさんのチャンス」
=海辺の町に引っ越してきた少女の、ひと夏の経験について書いた話。
立派な成長小説。すがすがしく、少し抒情的でもある。

④「長いあいだ、これはグリセルダの物語だった」
= アイダホ州の田舎町に住む姉妹の話。姉が見世物小屋の金喰い男と駆け落ちしたために残された妹にの人生について書かれた物語。淡々としていて、しかも峻烈。

⑤「七月四日」
=バカなアメリカ人の釣師たちが、バカなイギリス人の釣師たちと、魚釣り勝負をする話。
短い寓話。

⑥「世話係」
=リベリア内戦で家族を失った男が難民として流れ着いたアメリカで、さらなる苦しみを味わうという話。ただし単なる冷酷な話が展開されるのではなく、なにやら安息の地に戻れるのではないかと夢想させる辺がドーア風なのか。さらに、①、②の話と同様に、男が少女と出会うことで、救済されるという構造もある。まあそれならオイラだって無垢な少女に出会いたいなどというタワゴトは言わないほうがいい。

⑦「もつれた糸」
=中年男が釣りをしている。ふとしたことから不倫相手の存在がばれそうになる。そんな心配をしながら、なおも釣りをしている。そんな情景を描いた話。
釣りと川についての描写が何か心理的なメタファーになっているとかどうのとかという読み方はせずに、その静謐で緻密な文章を読む方がいいのだろう、不倫の心配というベタな話があざやかな短篇になるというお手本?のような小説。

⑧「ムコンド」
=化石発掘に来た博物館員が、不思議な活力にあふれたアフリカの女性を見初め、結婚してアメリカに戻る。アメリカの生活になじめない彼女の心と、仕事と時間にとりつかれたように働く男の心が、当然のように離れて、壊れていくようすを描いた話。もちろん、いかに、救済されていくのかについて書かれた話でもある。物語の構造は、②と同じ。
脆くて、哀しくて、ただし結末は美しい。


PS. 「シェル・コレクター」は、日米合作の形で映画化される。2016年、公開予定。




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『生きた建築ミュージアム フェスティバル大阪2015』(イケフェス大阪2015)


大丸心斎橋店


大阪では、只今、『生きた建築ミュージアム フェスティバル大阪2015』(イケフェス大阪2015)が開催中である。
市内に残る明治、大正、昭和のモダンな建物を見て回る機会を作ろうという試み、すばらしいと思う。
私も仕事の波に溺れそうになったとき、気分転換に仕事場の近くの古い洋館を見てまわったりした。
北浜レトロビルヂング、大阪証券取引所ビル、ヴォーリズが設計指導した浪花教会、船場ビルの美しいパティオ、イトーキビル、窓まわりのアラベスク文様が華麗な八木通商ビル、綿業会館、等々。
…イケフェスを機に、もう一度見て回りたくなるような建物がいっぱいなのである。



大丸心斎橋店2


そして、取り壊しが決まっているらしい、大丸・心斎橋店。
ヴォーリズ、1922-33年の作品。
大阪人にはおなじみの建物だが、いつ見ても良い。
デラックスなのである。
日本一美しい百貨店だと思う。
優美である。滅びないことを祈るばかりである。
念の為書き添えると、外部だけではなく、内部の造作や内装もとてもとても素晴らしいのである。



☆ OUT TO LUNCH!


out to lunch,CIMG8642




只今、遠征中です。
4月13日に戻ります。
(jacksbeans)




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