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☆ INTERNATIONAL KLEIN BLUE

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現代美術と青について書くとすれば、イヴ・クライン(1928-62)は欠かせない。
彼の開発した「INTERNATIONAL KLEIN BLUE」という顔料を一瓶買い求めて(税込1,680円)、わたしの靴に塗ってみた。



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塗ってはみたのだが、もちろんこの画像のようにはならないので念の為。
クライン・ブルーの靴が欲しい方は、Jil Sanderのショップで買って下さい。




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☆ カフカのノート/カフカの家

①カフカの八つ折版ノート

八つ折版のノートとは、22×15㎝程度で、小学生の持つくらいの大きさだそうだ。カフカは、そこに短編や寓話やアフォリズムなどを書き留めた。


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カフカは2種のノートを使い分けた。一つは大判で俗に「大学ノート」とよばれているもので、紙型から4つ折などとよばれる。もう一つは小学生の学習帖などによく見かける小型のもので、8つ折とよばれるノートである。カフカは長篇には4つ折、短篇には8つ折をあてた。長い小説は大きなノート、短い小説は小さなノート。あきらかにカフカにはノートの大小が少なからぬ意味をもっていた。(中略)
短篇用に使われた8つ折ノートは、紙がうっすらと青味がかっている。まさに小学生がカバンに入れていたしろものである。1916年から17年にかけて、カフカはしきりに寓話風の短篇を書いた。そのかなりが1頁か2頁のもの。『審判』を中絶にしたあとであって、新しいスタイルを試みるにあたり、カフカは粗末な8つ折ノートを10冊ちかく買ってきた。最小に切りつめた散文を書くに際して最小のノートを用意した。カフカにとって文房具がモチーフと密接なつながりをもっていたことがうかがえるのだ。
(池内紀 「カフカと文房具」、2001)



このカフカの青いノートは、十冊、あったらしい。現存するのは八冊、オクスフォードのボドリアン図書館にあるそうだ。残りの二冊の内、一冊は、カフカが暖を取るために燃やしたらしい。もう一冊は、行方不明である。炎のゴブレットで燃やされたという説もある。



②カフカの青い壁の家

プラハは、カフカが生きた街である。カフカの生家、カフカの仕事場、執筆の為に借りた家、そしてお墓、なんでもある。


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王城の東のはしに風変わりな通りがある。世に称して<錬金術師通り>、さまざまに色分けされた小さな家の並びで、芝居の書き割とそっくりだ。あるいは安手のパノラマ館といったところ。四百年あまり前、変わり者の国王ルドルフ二世に招かれて、錬金術師や魔術師らが大挙してやってきた。そしてこの小路に住んで、黄金や不老長寿の霊薬づくりにいそしんだ。通りの中ほど、青っぽい壁に小さな文字板が打ちつけてある。
「かつてここにフランツ・カフカ住めり」

(池内紀「カフカの一人息子」



プラハを訪れた”私”の前に、「カフカの息子」だという男が登場し、父と母の話を語り始める。
・・・池内さんの「小説」なんて読んだことがなかった。御手並み拝見とばかりに読み出したのだが、これがすこぶる面白い。登場するゲーテやリルケやカフカのことが、あらためて好きになる。読む前よりもっと好きになること必至である。しかしこれって、池内さんのいつもの「エッセイ」とどこが違うのか?(失礼)
・・・ようく読み返してみるとおぼろげにその違いがわかってくるような気がする。さりげない形で「嘘」を織り交ぜているのだな。ちょっとした嘘を織り込んで、読む者を、虚実ないまぜになったところに誘い込んでしまっておいて、面白がっているんだな。しかしカフカの息子の話は、(池内さんのエッセイではなんども登場する話なのだが)、これだけは本当の話だったという方が楽しいのにね。
・・・「カフカの一人息子」は、短篇集『錬金術師通り』(1993)に収録の一篇。この本には、《五つの都市をめぐる短篇集》という副題が付いている。ウィーン、ブラティスラヴァ、クラクフ、プラハ、リュブリアーナ、東欧の五つの都市をめぐって物語が展開される。



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☆ コールデコット ブレイスブリッジ邸/森のなかのこどもたち

アーヴィング


2009年にワシントン・アーヴィングの未訳の名作「ブレイスブリッジ邸」(岩波文庫)が訳出されたとき、うれしいおまけが付いてきた。ランドルフ・コールデコット(1846-1886)の美しい表紙絵といっぱいの挿絵である。
コールデコットとアーヴィングは、このほかに「Old Christmas」という美しい本も出している。いつもならペーパーバックで充分なのであるが、この2冊については、「古書」がほしいなあと唇を噛み締めてしまうのである。仕方がないのでしばらくは彼の絵本「森の中のこどもたち」(1879)でも眺めて過ごそう。おっとこれも復刻版であるのは仕方のないこと。


コールデコット1


コールデコット2


これは木版による多色印刷で創られた絵本の最も初期のものでもある。
彫版師エドマンド・エヴァンズの神業のような技術がなければ、この美しい絵本も、そしてこの深い夢見るような青も得られなかったのである。多謝。



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☆ 人魚

人魚というと、わたしの中では、”青”のイメージである。下の画像のようなもの。
でも、大好きな映画「スプラッシュ」(ロン・ハワード、1984)では、人魚がちっとも青くなかった。

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(「Blue Mermaid」、メキシコの民芸品)


それはともかく、ついでだから”人魚”の小説をひとつ。
フレドリック・ブラウンの「人魚物語」、である。短篇集『未来世界から来た男』(1961)に所収。

彼女が驚いて髪の毛を後ろへ投げやった拍子に、それまで髪で隠れていた顔と胸があらわになった。彼はこんなにも美しい生き物がこの世に存在しえたのかと目を見張った。
彼女は紺碧の瞳に、はじめは恐怖の色をたたえて、まじろぎもせずに、ロバートをじっと見つめた。それから、「あなたは男なの?」とたずねた。
(小西宏訳)



ははは、さすがはフレドリック・ブラウン、笑い転げること必至!
そりゃあまあ、ただの下ネタなんだけどさ。



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☆ ロセッティ ジェーン・モリスの肖像

ロセッティ(1828-82)は、ラファエル前派の画家、詩人である。その芸術理論はひとまず置いておくとして、彼は生涯に渡ってジェーン・バーデン(ジェーン・モリス)をモデルにした絵を描き続けたことでも知られる。その絵の数は、優に100点を越えるらしい。この”ブルー・シルク・ドレス”を着た「ジェーン・モリスの肖像」(1868)も、その一枚である。


ロセッティJane-morris-blue-silk1868


絵の美しさにはもちろん、執拗にジェーンの絵を書き続けたロセッティの想いにも、ためいきが出る。テート・ギャラリーでこれもジェーンをモデルにした「プロセルピーナ」(1874)という作品を見たならば、ためいきどころか涙まででたりして。




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☆ 銀河鉄道の夜

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』には、すばらしい絵本や、挿絵が付けられた本がいっぱいある。大きな書店の絵本コーナーに行くと、綺羅星のように、いろんな「銀河鉄道の夜」が並んでいる。どれを手にしようかと迷ってしまうのが愉しい。しかし、結局わたしが選んでしまうのは、岩波少年文庫の表紙のようなシンプルなものである。ささめやゆきさんの絵が、この物語にはぴったりだと思うのである。

銀河


「銀河鉄道の夜」(1924~1931頃)には、青がいっぱいだ。   星祭りにこしらえて川へ流す青いあかり、活版所で活字をひろう青い胸あてをした人、青いアスパラガスの葉で飾られた星座早見、草の中でぴかぴか青く光る虫、その虫の光に青くすかし出される葉、祭りの夜に瞬く青い琴の星、夜の軽便鉄道の車室の青い天蚕絨を張った腰掛、少し青ざめたカンパネルラの顔、青や橙や緑やうつくしい光でちりばめられた黒曜石製の地図、青く灼かれたはがねの二本の針がくっきり十一時を指す白鳥停車場の時計、霧のような青白い光を出す鋼玉が混じる河原の礫(こいし)、袋の中で蛍のように青くぺかぺか光ったり消えたりしていた鳥、黒い建物の上でまわる青宝玉(サファイア)と黄玉(トパーズ)の大きな二つのすきとおった球、青い旗を振って叫ぶ赤帽の信号手、クリスマストリイのように立つまっ青な唐檜かもみの木、青じろい尖ったあごをしたカムパネルラのお父さん・・・

そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のように、ぺかぺか消えたりともったりしているのを見ました。それはだんだんはっきりして、とうとうりんとうごかないようになり、濃い鋼青のそらの野原にたちました。いま新らしく灼いたばかりの青い鋼の板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。
するとどこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、眼の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。
 (第六章、銀河ステーション)



ついこのあいだ、三月の初め、とある街に旅行に行った。車中で、「どちらへいらっしゃるんですか?」、と訊かれたので、わたしは(ジョバンニを真似て)、「どこまでも行くんです。」と答えてみた。もちろん、鼻でふっと笑われただけであった。



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☆ 朝顔、其の三

ルドゥーテ(1759-1840)は、ベルギー出身の画家。バラの画家、花のラファエロと呼ばれた。フランスの宮廷画家として活躍。マリー・アントワネットの専属画家でもあった。   ルドゥーテの版画集『美花選』を探してみると、なんと!青い朝顔の絵があるじゃないか。


ルドゥーテ「美花選」(1827)
  (ルドゥーテ「美花選」、1827)


隣家の朝顔が妙に元気が無い。
訊ねてみると主人が代わり世話が滞っているのだという。
不憫に思いその朝顔を譲り受けることにした。
水を与え肥料をやるとたちまち朝顔は瑞々しさを取りもどした。
葉が繁り蔓は天に向かってどこまでもどこまでも伸びていった。
やれやれとわたしは縁側で酒を飲みそのまま眠ってしまった。
気がつくと朝顔がしきりに訴えている。
蔓の先で遊んでいた蕾たちが帰って来ないのだという。
ははあん、遥か上の方で迷っているのだな。
わたしは蔓をどんどん手繰り寄せ、どんどんどんどん手繰り寄せたものだから、雲の上の巨人の城で遊んでいたジャックまで引き寄せてしまった。
これが夢の中のはなしだったのか醒めてからのはなしだったのか。
(B.TSUKINO、「Jack and Morning glory」)



何年前だったか、金沢の21世紀美術館へ行くと、目当ての「明後日朝顔プロジェクト」は終了していた。これでは、むかしばなしの「朝寝坊とあさがお」だ、ようやく時間ができて金沢へ行けるころには花の季節が終わってしまっているという顛末。美術館を覆う、満開の朝顔、見たかったなあ、と悔やむばかり。
いいさ、それなら、自力でやってみるだけだ。今年は、自宅をまるごと朝顔の花で覆っててやろう。ついでに、朝顔の蔓がどこまで伸びていくのかも見極めてやろう。ほんとうに天までとどくのか。巨人の城までつながるか。



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☆ 朝顔、其の二

「花壇朝顔通」(文化12、1815)


18世紀に創刊された「カーティス・ボタニカルマガジン」について、先に書いた。   それは美しい植物画が掲載されているのであるが、ほぼ同じ時代の日本にも美しい植物図譜が幾つもあった。もちろん、その頃到来したヨーロッパの動植物書の影響によるものなのだろうが、同時に江戸の中期から末期にかけて日本独自の”園芸ブーム”が興ったこともこうした大がかりな植物図譜が作られた背景になったのだろうか。
上の画像は、「花壇朝顔通」(文化12、1815)で見つけたものである。

ただ、どういうわけか植木市で買った朝顔には、私はいつも騙されている。赤・白・青・紫とそれぞれの色を選んで買ってくるのが常である。その中で、たまに青の苗が育ってくれることがあり、開花を楽しみにするのだが、これが青くなった試しがない。たいてい紫色に変貌してしまうのである。私としては青い花に一番育って欲しいのに、何としたことだろうか。
(サイデンステッカー、「朝顔の夏」、2005)



サイデンステッカーさんのこの文章には続きがあって、青い花では霧ヶ峰高原で見たマツムシソウ(松虫草)の群落の美しさも忘れ難いとある。そう、そうなのである。わたしもそれは見たことがあって、まるでイーハトーブにでも来たかのような気持ちになったのだった。



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☆ フリーダ・カーロ博物館


メキシコシティのフリーダ・カーロ博物館は、「ラ・カーサ・アズール(青い家)」と呼ばれる。フリーダの生家である。晩年には再びここに住み、絵を描いた場所でもある。


フリーダ1


奈良の冬は寒い。あまりに寒いので誰彼かまわずというか誰彼女かまわずくっついて暖を取ろうとすると嫌われるので余計に寒い。つまりメキシコシティに避寒に行きたいねという話。




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☆ IKEAで青いものを買う、②

愛用の「ポエング」が壊れてしまった。
いつも、仕事からエスケープするときに坐っていた椅子である。なんてことはないものなのだが、なくなってしまうとどうも調子が狂う。同じものがほしくなってしまうのは、どういうわけなんだろう。

ってことでIKEAまで買いに行くことにした。ついでだから、何かもうひとつ青い椅子を買って帰ろうと思ったのだが。ブログであの頃 ”青の記事” を書いていたなあと思い出すのにいいかもしれないと思ったわけである。


IKEA椅子


上段左端が、買いなおした「ポエング」。あとは、IKEAの青い椅子、いろいろ。青い椅子ってのもいろいろあるんだよね。迷ってしまってランランララン。迷いに迷って決められないんだものなあ。
ブルーやターコイズカラーが邪気を払うって嘘なんだろうか^^;




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