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14.ウィリアム・サローヤン 自転車泥棒

サローヤンからサロイヤンまで、晶文社からちくま文庫、新潮文庫、角川文庫まで、これまで幾つもSaroyanの短編集を読んできた。「自転車泥棒」(1944) は、短編集「ディア ベイビー」に収録されている。いつものサローヤンのとおり、ありふれた街のありふれた物語をえがいて、ありふれた光景をきらりと煌かせている。

1919年につくられたその映画は、意気軒昂で無鉄砲だったし、話の運びも調子がよかった。
見終わって映画館を出たアイク・ジョージは、登場人物のひとりになったように、元気いっぱいで、怖いものなし、思いっきり人生を生きたい気分だった。
悪いことをしている気もなく、ほとんど無意識にアイク・ジョージは、映画館の前の自転車置き場から真っ新の自転車を引き出すと、堂々とこぎ去った。
エル通りまで来ると、日本人が経営する自転車屋で店員をしているジョニー・ファラゴーが、彼の家の前に立っていた。
通り過ぎようとするアイク・ジョージが、ピカピカの自転車に乗っているのに気づいたジョニーは、大声で呼びかけた。
「おい、坊主!」
(関汀子訳)


サローヤンの短編ではよく少年が描かれる。少年らしく悪戯と悪行ばかりの日常なのだが、不思議に明るくて無邪気で瑞々しくて溌剌としている。我が名はのアラムしかり、この短編のアイクしかりである。
家族の関係、人と人との関係、大人と子供の関係、人と世界の関係、子供が世界を見る眼、それらが全て健全で、互いをしっかりと見ていて、どちらも(人間も世界も)揺らぐことがない。だから読んだらいちどに好きになる。読んでいてこちらも思わずケンゼンになってしまう。あらどうしよう。

13.ティム・プラット 魔女の自転車

「魔女の自転車」(2002)、SFマガジン2006年6月号、ヤングアダルトノベル特集号に収録。同誌によれば、当時の「ハリー・ポッター」ブームから欧米の若手SF/ファンタジイ作家によるYA小説の新しい流れが生まれたという。その視点から、訳出された一篇である。ティム・プラットは、その時点で日本初紹介の作家、この短篇はいわゆる「学園もの」である。

自転車までもが邪悪だった。
太くて黒いチェーン錠をフレームに巻きつけ、自転車は<アンティキティーズ・アンド・タンジブルズ>前の街灯の鉄柱に、その前輪をくくりつけられていた。ダウンタウンにある狭苦しいごちゃごちゃした骨董屋の店先だ。チェーンをぴんと張ったさまは、餓えかけたグレーハウンドのように、骨ばって獰猛そうに見える。1950年代には新型だったろう泥よけつきの大きな自転車だった。フレームはくすんだ赤で、その色は永いこと忘れ去られていた財宝のルビーを思わせた。ハンドルは雄ヒツジの角のように曲がり、正面のヘッドライトは午後の日差しにきらめき、輝く光を放っている。サドルは型押しされた黒革ばりで、スポークはぴかぴかに光るクロム合金だ。ペダルには靴底をしっかり噛むよう凹凸があり、裸足で乗ろうとしようものなら足を切ってしまうだろう。
自転車の主が骨董屋から出てきた。その女は・・・
(石井庸子 訳)


「その女」は…、もちろん魔女なのであるが。これがあまり怖くない。あまりファンタスティックでもない。しかし、YAの学園ものなのだからむしろそれが当り前か。そう割り切れば、これがなかなか楽しい話しではありました。例えば、「魔女が自転車のチェーンロックをはずしてベルトのように腰に巻く」という姿に魅かれたのはわたしだけなんだろうか?

12.吉田健一 東京の昔

「東京の昔」(1974)、1920~30年代にかけての話か。当時の街の様子を70年代の時点から振り返る。著者によれば、そのころの東京はどうにでもこうにでも暮らしは立って生活が楽だった時代。戦争の気配もまだ薄かった。そんな時代の東京の町(本郷信楽町)にも自転車屋があった。主人公の「わたし」は、自転車屋の若主人の勘さんや帝大生の古木君と知り合いになって、本郷のおでん屋や神楽坂のBARや待合や銀座のカフェを飲み歩く。

例へばその頃は横濱までコーヒーの粉を仕入れにいつてこれを東京の懇意な喫茶店に卸して廻つても一日三、四圓、どうかすると五、六圓にもなつた。それが盛り蕎麦が七銭の時代にである。叉例へば中古の自轉車を新品に仕立てることが兎に角その頃は出来もすれば商賣にもなつてどこかで中古を一臺手に入れて多少その方のことに就て心得があり、友達が自轉車屋をやつてゐるのにそこの道具を借りれば餘り手間を掛けずに當時の製品で言へば何年か前のギヤMが今年のギヤMに早變りして自轉車を欲しがってるものに恩を着せて賣り付ければ中古に拂つた値段の倍にはなつた。



ここで繰り広げられる会話と「わたし」の独白が、この小説のキモであり魅力になるわけであるが、これは何と言えばいいのだろう。社会論でも時代論でも人間論でもなくて、吉田健一ふうの文明論のようなものといえばいいのだろうか。ともかく、読みだすとすぐに独特の文章に魅せられて、いつのまにか毒気を抜かれたような気持ちになって、読み終わる頃にはこの小説の魅力にやられてもうすっかり酩酊気分である。
吉田健一の作品なら、小説では「金沢」、小説以外なら「ヨオロッパの世紀末」の二冊が飛び抜けていて、これだけ読めば充分とすっかりわかった気分になっていたわけであるが、もちろんそれは間違いであって、この晩年の小説の見事さったらないのでありました。

11.ウラジミール・ナボコフ じゃがいもエルフ

作品社のナボコフ短篇全集、全2巻・約1000頁、かれこれ2年くらいは手許にあって、投げ出したり読みふけったり、捻られたり揺さぶられたりして愉しんでいる。なんといってもこの全集、ナボコフが生涯において書いた全65編の短編を全て収録しているというのがポイントで、多彩で多様でそれは贅沢な本だこと。すぐに読み切ってしまうのが惜しくて、一話ずつゆっくりと読み進めてきたのだが。たまたま今日は、ナボコフの短篇にしては珍しい「恋バナ」に当たってしまった。…「じゃがいもエルフ」(1929)、これがまた切ないこと。

広くて埃っぽい道はまっすぐ駅につづいていた。日曜にはあまり人通りのない道なのだが---思いがけず、角を曲がったところにクリケットのバットを持った少年が姿をあらわした。最初に小人に気づいたのはこの少年だった。遠ざかっていくフレッドの背中や、ちらちらするねずみ色のゲートルを見つめながら、少年はあざやかな色の帽子をかぶった自分の頭をうれしそうにぽんと叩いた。
するとたちまち、どこからやってきたのか、さらにたくさんの少年たちがあらわれ、ぽかんと口を開けたまま、こっそり小人のあとをつけはじめた。小人の足どりはどんどん早くなり、彼は時計を取り出して眺めては興奮してくすくす笑うのだった。太陽のおかげで彼はかすかな吐き気を覚えた。そのあいだにも子供たちの数は増えていき、たまたま通りかかった通行人もあっけにとられて、小人を眺めようと立ち止まった。どこかで教会の鐘が鳴るのが聞こえ、まどろんでいた町が活気づいてきた---そして、突然町は、もうこらえきれなくなって、ずっと我慢しつづけてきた笑い声を爆発させた。
じゃがいもエルフは、抑えられなくなって駆け出した。子供のひとりが彼を追い抜いて彼の顔をのぞき込んだ。しわがれた乱暴な声でなにか叫ぶ子供もいた。フレッドは砂埃に顔をしかめながら走っていたが、群れをなして彼を追いかけている少年たちが不意にみんな、すこやかで血色がよく体格もしっかりした彼の息子たちであるように思えてきた---彼は困ったような笑みをうかべて走りつづけ、はあはあ息を切らしながらも、赤熱した楔となって彼の胸を引き裂こうとする心臓のことをなんとかして忘れようと努力していた。
車輪をきらきらと輝かせて小人の横を走る自転車の男が、競技のときにするように手のひらをメガホンみたいに口に押しつけて彼に声援をおくっていた。女たちが玄関口に顔を出し、太陽の光を手でさえぎって、駆け抜ける小人をおたがいに指さし合っては大きな声で笑うのだった。
(貝澤哉 訳)



引用したのは、作品の後半、主人公のフレッドがある女性を追って街中を駆け巡るシーン。この書きぶり。この追い重ねて行くような文章。特別なものでないのにくっきりと迫ってくる言葉と言葉。たっぷりと見せ場が続いたあとで、物語はいよいよクライマックスを駈け上る。そしてせつない結末を迎えるころには、すっかりナボコフの作品の魅力に取りつかれてしまっているのだ。とんでもない文章家であるとか、魔術のようなストーリーテラーであるというような形容は当たらないと思う。実際は、その両方だからである。

無謀ではあるが彼の短篇の魅力を示してみることにするとこんなふうになる。…「かろやかでうきうきするような言葉が、なめらかにひろがる文字列に反射し、街かどのつやつやした郵便ポストのように真っ赤に燃え立ち、公園のゴブラン織りのような緑のなかを物語がきらりと輝きながらぶーんと低い音をたてて走り抜けていく---作品全体がきらめき、うっとりするような暖かさに息づいてゆらめいている」…すみません、ナボコフ/貝澤哉の文章を真似たつもりが、とんだ茶番になりました。反省しながら、この項、終わります。

10.フラン・オブライエン 第三の警官

「第三の警官」(草稿1939-40、出版1967)、自転車小説の極北、その煌めきはこの50年間途絶えることがない。自転車の小説は多々あるが、長編で、自転車が主題であるか重要な存在を占め、自転車が主題であろうがなかろうが紛うこと無き傑作である、という三条件をすべて満たす小説は極めて少ない。その辺やあの辺りの熱血サイクルスポーツ小説と一緒にしないでねとオブライエンなら言うだろう。

「あんたはこれまでに原子説の秘密を悟るか或いはそれについての噂話を耳にしたことがあるかね?」と彼は尋ねました。(中略) 
「マイケル・ギラーニィは」と巡査部長が言います。「原子説の原理によって多大の影響を蒙っている男の一例なのだ。彼が半ば自転車であるという事実はあんたを仰天させることになるだろうか?」(中略)
「彼の人生のうち少なくとも三十五年間は自転車の上で費やされたことになる---岩だらけのごろごろ道やら上り坂に下り坂を乗りまわし、それに冬のさなかの道なき道では深い溝にとびこんだりして。毎時間ごとに彼はかならず自転車にまたがっているのだが、それはどこやら特定の目的地めざして走り去るところか、あるいはそこからの戻り途かのどちらかなのだ。月曜日ごとに彼の自転車が盗難にあうということがないとすれば、今頃は彼も間違いなく途の半ばを過ぎている頃合いだ」
「どこへ通じる途の半ばなんですか?」
「彼自身が自転車と化する途の半ばだ」と巡査部長がいいました。(大沢正佳 訳)


しかし、この小説は一筋縄ではいかない。小説の結末部で、驚くべき真相が明らかになる。さすがは、1900年代前半のアイルランドに現れたもう一人のジョイス。驚天動地である。不条理である。わたしは動揺を隠し笑い飛ばそうとしたのだが。さらに出版者の覚書として付せられた作家自身の言葉が追い打ちをかける。『形状においてそれは環状。無窮、反復を本質とし、まずはほとんど耐え難い』?!?

9.レーモン・クノー イカロスの飛行

「イカロスの飛行」(1968)、作品の舞台は、19世紀末のパリ。ある小説家が執筆中の原稿の中から、作中人物であるイカロスが抜け出してしまった。そこから物語は始まる。ファンタジーのようであり、コントのようであり、ヌーヴォーロマンや反小説の試みのようでもある。或いはそれらのパロディのようなもの。
しかしともかく、わたしのブログで言いたいことは、そんなことでもあんなことでもなく、ただこの小説が19世紀末のヨーロッパ=自転車が初めて登場し流行したという貴重な時代の雰囲気をよく写しているということである。・・・イカロスは初めてみる自転車に驚き叫び喜び、教習所で運転技術を習った上でこれを乗りまわし、おまけにこんな歌まで作ってうたってしまうのである。

詩人になるみたいな気分だな
自転車にまたがってると
ぼくは歌い 歌をつくる
ハンドルをぎゅっとにぎり
ああ なんてスピードってすてきなんだ
尻の下にしっかと留ったサドル
危うくみんな轢きそうになる
すてきだな!すてきだな!
(滝田文彦 訳)


そう。そうなのである。
わたしがここで伝えたいのはこういうことなのである。
「小説の中の自転車」を読むと、詩人になるみたいな気分になって歌いたくなるということ。

8.マルセル・プルースト 失われた時を求めて

「失われた時を求めて」(1913-1927)、文庫本で全13巻、約6000頁! こんなの、書く方も書く方、読む方も読む方だと思っていた。もちろん読んでみるまでは、の話である。実際に読み終えてみると感慨もひとしおだ。特に、早くも第二篇・花咲く乙女たちのかげにで、美しい自転車乗りの少女が登場するシーンを見つけたときの嬉しさったらなかった。

そのとき、まだほんの堤防の突端のあたりに五、六人の少女がかたまって、まるで一つの奇妙な斑点を移動させるようにこちらに進んでくるのが見えた。その姿といい、動作や態度といい、彼女らはバルベックでよく見かけるどんな人たちとも異なっていて、まるでどこからやって来たのか、一群のカモメが浜辺を散歩しているような風情であり---おくれた二、三羽は翼をばたつかせながらまた前の者に追いつくのだった---その散歩の目的は、彼女らが目もくれないように見えるほかの海水浴客にとってこそ曖昧だが、この鳥たちのこころにははっきりと定められているように思われた。
これら見知らぬ少女たちの一人は、手で自転車を押していた。ほかの二人は、ゴルフの「クラブ」を持っていた。そして彼女らの身なりは、バルベックにいるほかの少女たちとかけ離れていた。なるほどバルベックの少女たちのなかには、スポーツに夢中になっている者も何人かいたけれども、だからといって特別な服装をするわけではなかったからだ。(鈴木道彦訳)


この自転車を押している褐色の髪の少女が、後のアルベルチーヌ、花咲く乙女たちの中心人物である。何気ない描写であるのに、このアルベルチーヌが初めて登場するシーンは、あざやかで華やかで強く印象に残っている。少女たちも、背景になるパルベックの風景も、なにか特別な太い輪郭線で囲まれているかのように明確なイメージとして視覚に飛び込んできたのである。・・・ともかく、この大長編の中で、第七篇と並んで、わたしはこの第二篇=花咲く乙女たちのかげに が一番の読みどころだと思う。いやそれはなにも、自転車と、カモメのような少女たちが颯爽と登場してくるからだけではないのであるが・・・。


7.アルフレッド・ジャリ 超男性

小説の中の自転車を語るとき、どうしても欠かせない本が二冊、あると思う。ひとつは、フラン・オブライエンの「第三の警官」、そしてもうひとつがこの本、ジャリの「超男性」(1902) である。
自転車を偏愛した作家が書きあげたこの物語は、しかし、偽りの機械信仰の書であるという可能性もある。一切のものが仮面に包まれたような物語であるので、執拗な調査が必要である。だから繰り返し読む。

下手な自転車乗りは、私たちの左手、機関車の少し前にいた。私たちの影が消えると同時に不意に現われ、一瞬にして影と一つになって、自転車乗りは私たちの前の競走路を、信じられないほどの不器用さで横切った。  彼にとっても私たちにとっても、これは神の助けのような幸運であった。  それから彼は、自分の乗っていた大時代めいた機械を、最初のレールにぶつけた。こんなふらふらしているところを見ると、この男は自転車の練習をはじめてからせいぜい三時間、それ以上ではあるまいと思われた。
(澁澤龍彦 訳)


引用部は、自転車対汽車の1万マイルスピード競争が佳境に入る頃、五人乗り自転車チームの前に、なんと「下手な自転車乗り」の幽霊(あるいは人間か悪魔かもしれない)が現れ、先頭に躍り出るという、なんともシュールな場面である。
初めてこの場面を読んだときは呆然唖然、しかしおかげさまで二度目以降はちゃあんと抱腹絶倒できるようになった。
「超男性」の中でも、この下手な自転車乗りの現れる場面が、なんたってイチバンだと思うのだが、どうでしょうか。

6.A・スカルメタ イル・ポスティーノ

「イル・ポスティーノ」(1985)、物語の舞台は、1960年代のチリ。
漁師の息子のマリオは、ふとしたことからパブロ・ネルーダに手紙を届ける郵便配達人となった。

1969年6月、ささいな幸運がふたつ重なったことからマリオ・ヒメネスは新しい職に就くことになった。
最初の幸運というのは、たまたま彼が漁師の仕事を毛嫌いしていたということである。(中略)
二つ目の幸運とは彼が自転車を持っていたことである。
この自転車のおかげで、彼が住むさびれた漁村から足をのばして港町のサン・アントニオまで出かけることができた。(中略)
サン・アントニオのさして大きくもない石畳の道で、マリオが郵便局のドアにその貼り紙を見つけたのは、そんなある日のことである。(鈴木玲子訳)


中原中也は、「私は今日郵便局のようなガランとしたところで遊んで来たい。」と書いた。寺山修司は、繰り返し「郵便配達人になりたい」と書いた。ビートルズは、「ちょっと待ってよポストマン」と歌った。フランスには独力で理想宮を造り上げた郵便配達夫がいた。ヴイスコンティの映画では郵便配達も誰もベルを二度鳴らさなかった。
・・・いろんな選択肢があるとしても、わたしならやはりネルーダに手紙を届ける役目を拝受したい。それくらい、この小説にはこころを揺さぶられたのでありました。

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