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71.スティーヴ・エリクソン 彷徨う日々

「彷徨う日々」(1985)は、エリクソンのデビュー長編。最初にこんなものを書いてしまうと、そのあとが心配になるほどの魅力に溢れている。トマス・ピンチョンをして、このデビュー作は、「人をひきつける叙情性、天性の語り部としての鮮烈な想像力、現実の夜の側面を伝える稀有で輝かしい才能を兼ね備えている」とまで言わせただけのことはあるのである。

そもそも最初から複雑なレースだった。駅前をスタートし、サン・マルコ広場でゴールする。歩けば人の足で半時間の距離だった。この二カ所のあいだに、二十三ケ所のチェックポイントが街じゅうにあり、選手は少なくとも一度はそこを通らねばならなかった。レースの参加者はひとり残らず自転車のハンドルに割り当てられた記号と七十五までの数字のついたタッグをつけていた。おのおののチェックポイントで、選手はハンドルから一番上の番号をはぎ取り、自分のチームの箱の中に入れる。選手がどのようなルールを取ろうと構わなかった。どのようなコースを選ぶかは選手次第だったが、特定のチェックポイントに自分の番号タッグを四つ以上置くことも連続した番号タッグを置いていくこともいけなかった。さらにすべてのチェックポイントに少なくともひとつは番号タッグを置かねばならなかった。選手がチェックポイントに番号を残すたびに、そこに配置された審判によってその時刻が記入される。選手が自分の番号を順番通りにはがしたかどうかを確かめるためだ。最後の七十五番のタッグはサン・マルコ広場の箱に入れなければならなかった。こうした煩雑な手続きは、レース当日の朝までに、いっそう複雑なものになった。…(越川芳明訳)


基調は恋愛小説である。なのに「自転車」の部分だけを引用するのは気が引けるのであるが、少し我慢を願いたい。わたしがここで言いたいのは、…いったいこんなに複雑でわけのわからない自転車レースがほんとうに実在するのだろうか、ということである。当然ながら、このレースに参加した選手たちは、ほぼ全員が道に迷い行方不明となった。



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★Bicycle deck (US PLAYING CARD COMPANY)

「バイスクル」(1885~)は、トランプの世界標準品である。有名なマジシャンが多く使っている。色柄の異なるバージョンがたくさんあるが、どれもジョーカーには自転車に乗ったキングが描かれている。もちろん、わたしの場合、それが好きな理由である。


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大がかりな超魔術よりも、シンプルな(ちまちまとした?)奇術が好きだ。トランプ手品のようなやつ。それも、立派なステージではなく、殺風景な駅前でこども相手にマジックの種を売ってコインを稼ぐくらいの手品師がいい。

骨立った指が色鮮やかなトランプを扇にひらき、指先の一めぐりでまたこともなく閉じるうちに、そのカードは次第に生き物めいて身をくねらせる。用心しながら、おずおずと客の抜いた一枚は、たちまち束の中から迫り上ったり、別の客の上衣の裾から取出されたりする。煙草や銅貨の他愛もない出没は、いずれも種を知って見倦きている筈だのに、それがなぜこんなにも胸をときめかせるのか、米倉はいつも、つとめて無表情に、むしろ冷淡なふうを装いながら、手品師を囲む人垣のうしろに佇むのを好んだ。
一通り客寄せの芸を見せ終わって、さて種を売る段になると、集まった人々はすぐわらわらと風の中に散ってしまうのだが、そうなったときでも米倉は、帽子の廂をこころもち深く引下げるような気持で、少し離れたところに立止り、手品師のいくぶん哀しそうな表情を窃み見した。つい、いまのいままで、得意げな微笑を浮かべ、シルクハットに燕尾服さえ似合いそうに颯爽としていたこの男が、いまは何という憐れな、寒々しい様子で立っていることだろう。着ている服もひどく見すぼらしげに、木枯らしめいた風の中にひとりぽっちで唇を噛みしめている、これは遠いところから来た旅人だ。そして同時に、他ならぬこの俺なんだ。……
(中井英夫、とらんぷ譚)


単純な連想で「とらんぷ譚」という小説集を思い出して、引用してみたというだけである。もちろん、この手品師が使うトランプが「バイスクル」だといいなというのが、わたしの願望でもある。



70.R・パワーズ 舞踏会へ向かう三人の農夫

本と表紙の関係についてはダ・ヴィンチからボルヘスまで様々な考察が繰り返されてきた、かもしれないとわたしは思う。そんな嘘と戯言はともかく、この本の表紙には一枚の大きな写真が掲げられていて、間違いなくこの写真が主役であると語っている。そんな迫力と魅力にあふれている。
「舞踏会へ向かう三人の農夫」(1985)は、パワーズのデビュー長編である。

午後遅く、三人の男がぬかるんだ道を歩いている。二人は明らかに若く、一人は年齢不詳。彼らはのんびりと歩く。一人が歌う。(中略)
いまだ見えぬ五月の舞踏会へと若者たちが近づいていくなか、あたりの空気がしんと静まりかえる。
と、何かが沈黙の呪縛を破る。一人の男が自転車のペダルをこいで、あぜ道を、アドルフの母親の経営する農場……ケルンの街の向かいにあるなだらかな斜面に、まるでかの大聖堂の大いなる尖塔で縫いつけたみたいに広がっている農場である……の方からやって来る。前輪の泥よけの上には、道具をどっさり入れたリュックサックが載っている。男がおおいと声を上げ、いくらか難儀しつつそばに停車するのを、三人は興味津々見守っている。
(柴田元幸訳)


この自転車の男は、写真師である。彼が、三人の農夫の写真を撮った。1914年のことである。似合わないスーツを着て三人の農夫たちはどこへ行くのか。どんな人間たちなのか。不思議な表情でカメラの方を向いている彼らは、ほんとうは何を見ているのか。…これらの問いについて考えるために、パワーズはこの本を書いたということらしい。
確かに、読んでみて、そこに答えがあるわけではなかった。考えるために読む本だったのか‥、と一瞬だけ目が醒めた。この読者の男は、既に途中で一杯やり始めていたわけである。




69.V・S・ナイポール 神秘な指圧師

「神秘な指圧師」(1957)は、ナイポールのデビュー長編。
出身地のトリニダード島を舞台に、指圧師ガネーシュという奇妙な人物を通して、胡散臭さく滑稽で愛すべき植民地社会の姿を描く。「少しばかり自叙伝的でもある」という作家の言葉が付されている。

一カ月とたたないうちに、やってくる患者の数はガネーシュの手にあまるようになった。
はなはだ意外だったのは、精神上の問題をかかえた人間がトリニダードにこれほどたくさんいるという事実だが、もっと彼がびっくりしたのは、自分自身の神通力の適用範囲の広さだった。(中略)
巨大な資産の大半を彼はこのようにして獲得した。しかし、彼がほんとうに好んだのは、自分の知力、精神力のすべてを必要とする症例だった。たとえばあの「ものが食べられない女」。この女は、食物が口に入るとすべて針に変わると感じ、じじつ口から出血する。彼は彼女を全治させた。それにあの「恋愛ボーイ」。恋愛ボーイはトリニダードきっての有名人で、たくさんの競走馬や競争鳩に彼の名前がついている。しかし彼の友人や身内にとってはまことに迷惑な男だった。有名な競輪選手なのに、自分の自転車に恋愛して、人前でその自転車と奇妙な愛の行為をする。ガネーシュはこれも全治させた。(永川玲二/大工原彌太郎訳)


ただただこの胡散臭さと滑稽さを笑っていればいいようなものだが。実はナイポールの作品の見事さの一つは、「植民地英語」を鮮やかに使っていることにあるらしい。
…登場人物が語るのはとても英語とは言えないしろもの。文章には、疑似スペリングが混じる。しかし同時にそれらは英語以外のなにものでもない言葉である。つまり、そんなスリリングな語法と技術を駆使した作品でもあるのだという。ともかく、翻訳家さんたちに感謝。






★レオナール・フジタ ポスター貼り

「ポスター貼り」(1960)は、フジタの戦後の作品。パリの職人たちを描いたシリーズ。15×15㎝ほどの小さな絵が約200枚、彼自身のアトリエの壁を飾っていたという。描かれたのは、ガラス職人、剥製師、刃物研ぎ、床屋、椅子職人、写真家、仕立屋、左官、ペディキュア師、指物師、すみれ売り、小鳥屋、マヌカン、帽子屋、古着屋、風船売り、植物学者、等々。「ポスター貼り」も、その一枚である。ほんとうは、このシリーズに、「自転車乗り」という作品もあった筈なんだが‥。


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ともかく、フジタも何度か自転車を描いている。親交のあったキュビスム時代のピカソ、レジエ、ブラックたちは、いずれも好んで自転車を描いていたし、なによりフジタが渡仏した20世紀初のパリは自転車の流行期でもあった。既に、自転車レースも行われていて、後にフジタも「ツール・ド・フランス」の光景を描いたりした。フジタの場合、自転車が特別に好きだったというより、当時のパリの街には自転車が普通にいたるところにあって、それを日常の光景として描いたというところか。そんなふうに思う。





68.P・K・ディック スキャナー・ダークリー

「スキャナー・ダークリー」(1977) は、ディック、後期を代表する一作。
ドラッグ・カルチャー全盛の中で麻薬中毒に陥いり、その後、死んだり廃人になったりしていった多くの仲間たちを追悼するためにこの作品を書いたと、著者覚書には記されている。

「教えてください」フレッドはいった。「わたしが注意をひいたのは、あのライオンズ・クラブでの講演ですか?」
ふたりの保安官助手は顔を見合わせた。
「いや」立っているほうがしばらくして答えた。「それは……実をいうと……ある私的なやりとりと関係がある。(中略)」
「で、そのやりとりとは?」
「盗まれた自転車に関するものだった」ともうひとりの保安官助手がいった。「いわゆる七段変速の自転車。なくなった三段分のギヤがどこへ消えたかと、きみは首をひねった、ちがうかね?」
(浅倉久志訳)


新品同様の10段変速の自転車をたった20ドルで買ってきたと自慢げに話す男に、それは不良品をつかまされたのではないかと、いちゃもんをつけるフレッドたち。ギヤが7つしかないのに、どうして10段変速というんだ?ほら前にギヤが2つ、後ろにギヤが5つ、2+5=7。このやりとりが盗聴されていた。それで、麻薬課のおとり捜査官のフレッド自身が、ヤク中に陥っているのではないかと尋問されているというわけだ。…こんな可笑しい話は初めてだ。くだんなさも、まるで超級!この部分を読むだけで傑作とわかる?!

 

67.ディラン・トマス ぼくとぼくの自転車

「ぼくとぼくの自転車」(1950年頃)は、ディラン・トマスの未完成の戯曲。国文社版・全集第4巻に収録。
とても短いコントのような作品。コメディ調でミュージカル仕立て。これが、とても楽しい。

J:なんと御立派にみえることでしょう/ペニー・ファージングをもっと/わたしのいとしいオーガスタス/それに打ち乗りとても堂々/ちっとも恐れていはしない/ああ、わたしも似合うわ/もし乗ってみさえしたら!

O:あなたのためなら乗せていく/ぼくのいとしいジョージーナ/ここからカーマーゼンまでも。

J:ああ、そんなあなたは、まあ勇ましや/ペニー・ファージングに打ち乗って!

O:ですが、実を申せば/あなたの坐るところはとても尖ってる。(…以下略)
(松田幸雄訳)


物語の舞台は、英国、ヨークシャーの田舎屋敷、時代は19世紀末か20世紀初あたり。
ここで登場するのは、御屋敷の令嬢ジョージーナ(J)と、ボーイフレンドのオーガスタス(O)の二人。
引用したのは、オーガスタスが、時代物のペニー・ファージング(前輪が大きい旧型自転車)に乗って訪ねて来る場面。
登場するやいなや、たちまち「歌」が始まる。この歌が傑作、それはもう楽しいこと!まるでスラプスティック・コメディのよう。
そんなドタバタ調子のまま、物語はフィナーレを迎えるのでありました。

66.アール・ラヴレイス ドラゴンは踊れない

カリブ海出身の作家は何人もいるが、多くが欧米に活躍の場を求める例が多く、母国にとどまる例は少ないという。中で、ラヴレイスは、トリニダード・トバゴに住み続ける言わばネイティヴの作家である。彼の「ドラゴンは踊れない」(1979)は、まさにネイティヴの作家で有り続けることでしか書けないような作品であると思う。文中からスティールパンの音が鳴り響き、カーニバルの音楽が溢れだしてくるような。


パリアグの自転車はその日の間ずっと、地面に横たわっていた。割れたビンのかけらが上に飛び散り、紙切れやごみくずかヤードを吹く風にあおられて泥除けに貼りつき、車輪のスポークの間にはさまった。むき出しの赤土の上に転がっているその姿は、紙くずやガラスの破片に埋もれた廃棄物というよりは、一般公開のため花輪で囲まれた亡骸のようで、なんだかまるで生きているみたいだった。(中略)
翌日の朝パリアグはそいつを起こし、まだいくらか回転するほうの車輪を下にして立てると、なかば持ち上げるようにして、ヤードを出てアリス通りへ押し転がしていった、そいつととともに前へ進むパリアグの足取りの、哀悼の念と殉教者の決意のこもった重々しさは、傷ついた兵士にこそふさわしいものだった。(中略)怪我をした弟を両腕に抱えるようにしてパリアグは自転車を進めていった、この兄弟を痛めつけ片輪にしたまさにその連中の間を抜け、やつらの真ん中を通って。(中村 和恵訳)


この物語には魅力的な人物が何人も登場する。もちろん主人公は、ドラゴンことオルドリックという青年(遊び人、唯一カーニヴァルの日にドラゴンになり彼自身を表現する、そのために一年を過ごす男)なのであるが、その周りで生きるスラム街の住人たちが、男も女もすこぶる魅力的で、まるでとびきりの群像劇を見た気分になってしまうのである。

★パブロ・ピカソ ゲームと読書

ピカソは自転車が好きだった。自らもロードバイクに乗った。
絵を描きながら自転車レースに出場したというのはさすがにフィクション(=モンティ・パイソン)であるが。自転車のサドルとハンドルで作った「牡牛の頭部」というオブジェは見事で、ツール・ド・フランスの優勝トロフィにしてもおかしくないと思うのだがどうだろうか。


1953Pablo_Picasso_Games_and_Reading__Les_Jeux_et_la_Lecture_81.jpg


自転車好きのピカソ。自転車乗りのピカソ。
ところが、自転車の絵は少ないのである。
ようやく見つけてきたのは、こんな小品。小さな版画ではあるが、こころがやすらぐ作品でもある。
・・・「Games and Reading」(1953;リトグラフ、50.5×65cm)は、いわば家族の肖像のような作品である。
フランソワーズは本を読み、クロードは車のおもちゃで遊び、パロマはちいさな自転車に乗っている。




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65. B・フィッシュマン 自転車で月へ行った男

「自転車で月へ行った男」(1979)、ハヤカワ文庫「FT」の一冊。
タイトルに誘われて読んでみたのだが。なにやらエスエフ的なスラプスティック小説をイメージして読んでみたのだが。ダグラス・アダムスとか、ルディ・ラッカーとかR・A・ラファティだとかの調子を期待して読んでみたのだが。

自転車に乗っているあいだ---昔なじみの世界の探検は新しい世界の発見だ---は、ステファンは寂しさや、白いグレート・ピレネー犬を失った哀しみを忘れた。いったんサドルにまたがると、異次元に入りこみ、人格が変わり、舞台に立った役者さながらだ。発見したもろもろのことは、すべて他人から、音と色彩にどっぷりつかった人人から、得ているようなものだ。しかし、アパートに帰り、十段変速の自転車を降りると、ステファンは思い出してしまう。白い大きな犬もドロシーもいないばかりか、自分の生活には色どりが欠けていることを。ステファンは寒く、アパートも寒く、世界中が寒い。仕事は、まるで夢の中の出来事のように、のろのろと片づけた。自転車に乗っているときだけ、ステファンは満足することができた。
(山田順子 訳)


予想は全く外れた。
どんな小説かというと、訳者あとがきの言葉を借りれば、『「かもめのジョナサン」や「星の王子様」を彷彿させるような甘くせつなく哲学的なファンタジー』なのでありました。それを踏まえて読めば、この店の砂糖は甘すぎるだとか、八百屋でなぜ魚を売らないとかいった不満を漏らさずにすむ。いやいやそれなりに面白い小説なので念の為。

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