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309. ジェイムズ・クラムリー メキシコの牝ブタと山賊


「メキシコの牝ブタと山賊」(1998)は、短編をあまり書かない作家、クラムリーの珍しい短編小説。オットー・ペンズラー編のアンソロジー『Murder and Obsession』(1999)、=邦訳『殺さずにはいられない』(早川文庫)、に所収。長編ではおなじみの、私立探偵C・W・シュグルーが登場する。

ニクソン辞任後、六十年代は後任の選出をめぐる時ならぬ混乱におちいって足踏みし、サンフランシスコで未成年者の家出人を捜しだすというC・W・シュグルーの主要財源ははたと消滅した。ガキどもが家出をやめたのか、あるいは親たちが捜すのをやめたのか。そのときシュグルーは、職を失った自尊心の強い私立探偵にふさわしい行動をとった。ポニーテイルを切り落とし、エル・カミノの新車を買い、物事に決断を下すことを避け、心をいれかえて己の道を歩もうとメキシコへ向かったのである。
(小鷹信光訳)



シュグルーがメキシコに到着すると、そこには、お気楽な休暇が待っているはずだったのだが。すぐにタイトルどおりの”牝ブタと山賊”に出くわすことになり、そして、なんのことはないいつもと同じ”未成年者の家出人”がからんだ探偵仕事をやらざるをえない羽目に陥ってしまうのでありました。もちろん、だから面白いのであるが。



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308. ジャック・ロンドン メキシコ人


ジャック・ロンドン(1876-1916)は、約40年の生涯で、約200の短編小説を書いたという。「一日千語」のノルマを自らに課し、短編だけではなく、長編小説はもちろん、ジャーナリストとしても広範なテーマでたくさんの記事を書いた。各地を放浪し、さまざまな職業を経験し、苛烈な体験を繰返した彼の生涯と同じように、彼の書いた小説もまた多彩で峻烈で行動的であった。訳者によれば”剛速球”のようだというロンドンの文章は、たしかにまっすぐこちらに迫ってきて避けるまもなく胸を撃つ。

誰も彼の素性を知らなかった   とりわけ革命組織(フンタ)の人々は。彼はフンタにとっての「ささやかな謎」であり「大いなる愛国の士」であり、彼なりのやり方で、だれにもまけず来るべきメキシコ革命に尽くしていた。この事実に、彼らはなかなか思い至らなかった。というのも、フンタの誰一人、彼のことが好きではなかったのである。(中略)
一目見たときは、ぱっとしない若僧だと誰もが思った。せいぜい十八歳、年齢の割に大柄ということもなく、まさに若僧でしかない。フェリペ・リベラと名乗り、革命のために働きたいと言った。それだけだった。無駄な言葉はひとつもなく、それ以上の説明もなし。ただそこに立って待っていた。唇に笑みはなく、目には少しの愛想もなかった。威勢のいい大男パウリーノ・ベラでさえ、内心寒気を感じた。若者には何か近寄りがたい、恐ろしい、不可解なところがあった。
(柴田元幸訳)



「メキシコ人」(1911)も、まさにそんな作品である。ずしんとくる直球のような小説。
引用したのは、その冒頭部である。ここだけ読むとこの作品は、このあとメキシコ革命について書きすすめられていくのかと勘違いするかもしれないが、これはフェリペ・リベラという若者のはなしである。革命下に生きた、ひとりの青年の峻烈な姿を描いた物語である。短篇集『火を熾す』に所収。



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307. アーネスト・ヘミングウェイ ギャンブラーと尼僧とラジオ


「ギャンブラーと尼僧とラジオ」は、短篇集『勝者に報酬はない』(1933)に収録の一篇、ヘミングウェイのキー・ウェスト時代(1928-36頃)の作品である。ここで自動車事故を起こした時の体験をもとに書かれた短編だという。・・・作中には、入院中の主人公フレイザーが病院のなかで出会ったメキシコ人たちの姿が描かれている。もちろんそこが読みどころなのである。

その晩、例のメキシコ人たちが、病棟でアコーディオンやら何やらの演奏をした。実ににぎやかな演奏だった。アコーディオンが空気を吸い込んでは吐き出す音、組み鐘や打楽器や太鼓の音が、廊下中に鳴り響いた。(中略)
すこし離れた病室にいるフレイザー氏の耳には、警察に派遣されたメキシコ人たちの奏でる音楽を聞いて楽しげに笑っている彼らの声が聞こえた。メキシコ人たちはすっかり楽しんでいた。彼らは興奮した面持ちでフレイザー氏に会いにきて、何か演奏してほしい曲はあるか、とたずねた。夜になると、彼らは自らの意志でさらに二回訪れて、演奏した。
彼らが最後に演奏しにやってきたとき、病室に横たわっていたフレイザー氏は、ドアをあけ離して、騒々しい、下手くそな演奏に聴き入った。すると、いろいろなことを考えずにはいられなかった。何を演奏してほしいかと彼らに訊かれて、フレイザー氏は”ラ・クカラーチャ”をたのんだ。この曲は、男たちを死に駆りたてた多くの曲に共通の、不吉な軽快さと繊細さを備えている。彼らは騒々しく、感情をこめて演奏した。フレイザー氏の精神状態にとって、この曲は同種のたいていの曲よりも好もしかったが、効果は似たようなものだった。
(高見浩訳)


ただこの騒ぎを面白おかしく眺めているだけでよさそうなものだが。
少しだけ物語のなかに影を落とすものがある。それは、メキシコ革命の内戦がまだ続いていた時代だったということである。フレイザーが精神的に不安定な状況が続いているのは、たんに事故と酒のせいだけではなかったのである。鮮やかな文章で綴られた物語だけに、そんな影の部分がいっそう気になるのである。



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306. R・A・ラファティ 大河の千の岸辺


登場するのはレオ・ネーション、金持ちのインディアン、収集癖がある。収入をぜんぶコレクションにつぎこんでいる。今、夢中になっているのは、「世界一の長い絵」を集めることだ。それは長さ6キロメートルの精密な写実画である。わけあって、絵は、切れ切れになり、多くの部分はメキシコにあるらしい。その絵には、長大なミシシッピの川岸の光景が、描かれているのだが。

もとのそれは、とても長くて、不規則で、信じられないほど入り組んだ詳細な川岸だった。やがて、そこに奇妙なことが起きた。切り刻まれて、こまぎれにされたのだ。ある断片は折り畳まれ、圧縮されて梱包になった。べつの断片は心棒に巻きつけられた。またべつの断片は、よりいっそうこまぎれにされ、装飾やインディアンの薬として使われた。巻かれたり、梱包されたりした川岸の断片は、それぞれ納屋や古い倉庫、屋根裏部屋や洞窟に落ちつくことになった。あるものは地中に埋められた。
にもかかわらず、大河そのものは。まだ物理的に存在しているし、その岸辺も存在しているから、調べようと思えばそこへでかけて調べられる。だが、あなたがいまその大河の流れにそって見いだす岸辺は、折り畳んで梱包にされたり、心棒に巻きつけられたりした古い岸辺とまったくおなじではないし、屋根裏部屋や洞窟で見つかる岸辺も、まったくおなじではない。
(浅倉久志訳)



「大河の千の岸辺」(1970)、邦訳はSFマガジン1992年4月号に所収。
・・・ラファティらしい”ほら話”である。吾妻ひでおによる挿画もぴったしで、楽しく読める。訳者解説によれば、ラファティの作品は、『モダン・ホラ』と分類されるらしい。




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☆ ポインセチアはまほうの花

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メキシコのクリスマスのはなし。
ほんとうならこの時期、子どもたちはみんなお祭りさわぎのはずなのだが、
この少女ファニータは、ちょっとかなしい気分でいる。

家のそばまでかえってきたとき、
マルガリータとアナによびとめられました。
「ニータ! よかった、さがしてたのよ。
いっしょにポサダにいこう!」

メキシコでは、クリスマス前の九日間、
夜になるとみんなでうたいながら、
近所の家をたずねてまわります。
このポサダのおいわいは、一年でいちばんの楽しみです。
「いこう、ニータ。きょうがさいごよ!」
「いけないわ。ママのてつだいがあるから」と、
ファニータはこたえました。
「じゃあ、あとでいっしょに教会にいかない?」と、アナ。
「でも、おくりものがないから・・・・・・」と、ファニータ。
「平気よ、なくたって」マルガリータがいいました。
(宇野 和美訳)



「ポインセチアはまほうの花」(ジョアンヌ・オッペンハイム=文、ファビアン・ネグリン=絵)、
   この本も、絵がすばらしい。独特の赤をベースにした色調が、メキシコの山あいの村の雰囲気にぴったりだと思う。ちなみに、ポインセチアは、メキシコではクリスマスの花だそうです。   ジョアンヌ・オッペンハイムはアメリカ在住、ファビアン・ネグリンはアルゼンチン生まれ、イタリア在住。メキシコの民話をもとに、この作品をつくった。



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☆ ふゆのゆうがた

女の子が、留守番中。
くもった窓に指で絵を書いて遊んでいる。
絵を書いたところが透けて、帰ってくるお母さんが見えた。そんな話。



ふゆのゆうがた




「ふゆのゆうがた」(ホルヘ・ルハン=文、マンダナ・サダト=絵、谷川俊太郎=訳)、
   なによりも、この絵がすばらしい。この色どりにひとめで魅せられた。ぎりぎりまで切り詰めた言葉も絵とぴったり溶けあっている。   ホルヘ・ルハンは、アルゼンチン生まれ、メキシコシティ在住の作家、詩人、ミュージシャン。マンダナ・サダトは、ベルギー生まれ、パリ在住の絵本作家。ホルヘのワークショップのパリ担当だという。




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305. カーター・ブラウン 女闘牛士

「女闘牛士」(1957)は、『私立探偵メイヴィス・セドリッツ』シリーズ、いや『超グラマーでブロンドの髪に青い瞳をしマリリン・モンローばりのプロポーションと色気を誇り海兵隊員から教わったという空手で言い寄る男を撃退するが頭脳の方は今ひとつの女私立探偵メイヴィス・セドリッツ』シリーズの第四作である。シリーズの特色は、①速く読めること、②ついにやにや笑ってしまうこと、③御都合主義の結末に呆れること、などである。けだし名作と言える。

メキシコ・シティなんてサインを見なくっても、自分がメキシコにいるんだなってことは、すぐわかる。ホテルのむかい側には、プラサ・デ・トロスと書いた大きなサインがあるし、そこにはメキシコ人がどっさりといるんだから。プラサ・デ・トロスというのは、つまり闘牛をやるところだ。その闘牛を見物するのが、あたしのメキシコへやってきた目的だつた。闘牛には、なにか真実の瞬間というものがあるらしい。あたしが闘牛を見たいと思ったのも、そのためだ。それはきっと、女の子がときどき自分のアパートで、真夜中すぎに発見するのと同じようなものだろう。
ホテルの自分の部屋の窓べに立って、あたしは通りをへだてた闘牛場を、じっと見ていた。最高にロマンチック。あたしはうんと息を吸いこんで、思いきり吐きだした。そのとたんに、やっちゃったんだ  ストラップを切ってしまった。
(山下輸一訳)


「女闘牛士」の舞台は、メキシコシティである。訳者によれば、どうも作者は彼の地に行ったことがないんじゃないかと、そんな気がするとのこと。おっと、ポケミス一冊、20分で読めちゃった。



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304. シオドア・スタージョン カクタスダンス


スタージョンの「カクタスダンス」(1954)は、アメリカ西部が物語の舞台になっている。物語の主役はメキシコ人の少女であるし、物語の中で、重要な役割をになうものとして、ペヨトル(メスカリン成分を含むサボテン)と、ユッカ(竜舌蘭科の植物、ニューメキシコの州花)という二つの植物が描かれているので、たぶんその場所はニューメキシコ州あたりだと勝手に考えながら読んで行ったのだが、途中で、たまらなく美しいシーンが出て来て、しかもそれがとてもわたしの考える「メキシコ」のイメージにぴったりだったということもあって、はれてここに登場することになったのである。
邦訳は『SFマガジン』2010年1月号に掲載。わざわざ図書館で雑誌のバックナンバーを漁るだけの値打は有ると思う。特に、引用部のあと、物語の中盤から結末にかけての部分が、すばらしい。SFでもウェスタン小説でもなく、美しい幻想文学のような味わいがあるのである。

わしが抱きしめても謝っても彼女は何も答えなかったが、恐れも届かない場所へわしの真心が届いたことはなぜかわかった。それからわしは、採集袋に何が入っているか思い出した。コーファにある交易所で、子供服をなんとか見つけたことがあったのだ。青い水玉模様のついた白のドレスで、何か重たい、硬仕上した素材でできていて、紙ヤスリにも穴をあけそうなくらいだ。上等だとは思っていなかったし、見つけたなかではいちばんいいという程度だったが、それを彼女に手渡したときに何が起こったかは、どう表現したらいいのかわからない。(中略)
わしはうなずいてにっこり笑い、いいから着てみなさい、おまえのものだから、と言ってやった。そしたら彼女は   
グランサムは太い人差し指で顎鬚をいじくっていたが、そこから小石をつまみだして捨て、しげしげと見つめた。
   光り出した」と彼は続けた。
(若島正訳)


「小説の中のメキシコ」について書いていこうと思ったとき、何から書き出そうかと考えて、やはりメキシコの作家から始めなくてはとか、メキシコ系アメリカ人の作家にもおもしろいものが多いなとか、そんなことにこだわらずにいちばん好きなメキシコの物語を選べばいいさというのはもちろんだけれども、フリーダ・カーロの絵から始めるのもいいなとか、SFにもメキシコ絡みの作品がたくさんあるんだとか、やっぱり探偵小説で国境を越えて犯人を追いかけるはなしがいいなとか、それはもちろんいろいろ考えたわけだけれど、結局あまり整理がつかないままスタートすることになった。それなら、率直に、読んだときにとても「メキシコのイメージにあふれているな」と感じたはなしから始めればそれでいいなと考えたのだった。スタージョンのこの作品は、そんな一篇である。



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303. ギャリー・ソト 中学一年


四月の野球3



ギャリー・ソト(1952~)は、メキシコ系アメリカ人の詩人、作家。カリフォルニア州フレズノ生まれ。現在も、カリフォルニア州に在住している。
小説は児童向けが多いそうだ。短篇集『四月の野球』(1990)も、amazonではティーン・ブックスに分類されている。でもしかし、サローヤンの少年小説に似た味わいを持つこの作品集は、YAだけに読ませておくには惜しいほどの面白さがあふれている。小説の持つ愉しさに充ちている。・・・引用は「中学一年」という短編の冒頭。ビクター少年の、とても幸せな一日の物語。すごくチカーノらしい話だと思う。

中学の始業日、ビクターは三十分も順番待ちしてやっと登録台にたどりついた。書類一式とコンピュータ登録カードを手渡された。ぐらぐらする登録台で、登録用紙に選択科目、フランス語、と書きこんだ。(中略)
聖テレサ教会の教理問答のクラスにいたころに一目ぼれしてしまったテレサも、フランス語をとるだろう。運がよければ同じクラスだ。
テレサは今年、ぼくのガールフレンドになるんだ    新学期の真新しい服を着た生徒であふれかえる体育館をあとにしながら、ビクターは心に誓った。
(神戸万知訳)


そうだな、なにがいいって、この短編集には・・・、「自転車」と「図書館」のシーンがいっぱいに詰まっている。つまりそれだけ、ある年齢の少年少女を描こうとすれば自転車と図書館が重要なアイテムになるってことなんだなと、今さらながらのことを思ったり感心したりする。
例えば「中学一年」という短編では、少年が嬉しそうに図書館に向けて駈けていくシーンがある。その部分を読んだだけで、この作品がいちばん好きになったほど。でも、短編集冒頭の「こわれたチェーン」とか、表題作の「四月の野球」とか、ほかにも自転車がたっぷり登場する作品もあって、どれもイチバンのような気がしてくるんだものな。

302. サンドラ・シスネロス 十一歳

サンアントニオの青い月3


サンドラ・シスネロス(1954~)は、メキシコ系アメリカ人の詩人、作家。シカゴ生まれ。シカゴの”バリオ”(スペイン系の移民たちが住む下町)を舞台にした作品を書くことからスタートした。現在は、テキサス州サンアントニオに住み、この国境の町を舞台にした物語を書いているという。
彼女の第二短篇集(1991)の『サンアントニオの青い月』を読んで、「十一歳」という短編に出会ったとき、これは同じチカーノの作家、ギャリー・ソトの「中学一年」(短篇集『四月の野球』(1990)に収録)という作品と対をなすものだなと思った。あちらは少年の物語、こちらは少女の物語、向こうはハッピーエンド、こっちはなんだか哀しい結末、という違いも、逆に何かぴったしの対称形のような気がしたりするのだった。(ちなみにリョサの『子犬たち』も、ちょっとだけ同じにおいがする)勝手な思い込みだろうか。ともかく、二篇とも、とても素晴らしい作品。大好きな小説になった。

誕生日のことでみんながわかってなくて、絶対にだれも教えてくれないのは、十一歳っていうのは十歳でもあるし、九歳でもあって、八歳でも、七歳でも、六歳でも、五歳でも、四歳でも、三歳でも、二歳でも、一歳でもあるってこと。(中略)要するにじぶんが・・・・・・ゼロ歳から十一歳までの、どの年齢でもあるんだってことなんだけど。
たとえばある日、なんかバカなことをいってしまったら、それってじぶんのなかのまだ十歳の部分。それからもしも、こわくなってママのひざに抱っこしてもらいたくなったら、それってじぶんのなかの五歳の部分。ある日すっかり大人になって、それでも三歳のときみたいに泣きたくなることだってあるかもしれない。でも、それはかまわないのよ。ママが悲しくなって泣きたくなったら、あたし、ママにそういってあげよう。きっとママは三歳になったみたいに感じてるはずだから。
(くぼたのぞみ訳)


シスネロスの小説では、主人公のレイチェルが、十一歳の少女でいるということが、どういうことなのかについて語る。ソトの小説では、主人公のビクターが、中学一年の少年であるというのがどういうことであるのか身をもって示す。いいんだよね、これぐらいの年代ってのが。小説でも、実際の人生でも。




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