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318. アルフレッド・アルテアーガ 水で書かれた作品

アルフレッド・アルテアーガ(1950-2008)は、イースト・ロサンゼルスの”バリオ”(チカーノ=メキシコ系アメリカ人の居住区)生まれ。チカーノの現代詩人としては”極北”を歩む存在だったという。英語とスペイン語とメキシコ先住民の母語であるナワトル語という三つの言語の交点で作品を書いた。

大気の色、水の色、どこにでもあるもの。
砂漠にはその色がない、と人は言う。
だがよく見るのだ    影のなか、文字のなかを
いのちあるかぎり生命を信じるために、そして
乾燥した時代に終止符を打ち、紙片の上の
沈黙にことばを蘇らせるために
それは充ち溢れている。
(第十行~最終行、今福龍太訳)



今、彼の作品を読んで感じることは、繊細さと力強さとリズミカルな言葉がここには充ち溢れているということだ。詩人によれば、アメリカ合州国とメキシコのあいだに横たわる裂け目がチカーノのテリトリーであり、彼らはここで文化的・民族的アイデンティティを形成している。・・・そこには砂漠が広がり、ことばを蘇らすためのなにかが秘められているのだという。



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317. ルドルフォ・アナヤ ウルティマ、ぼくに大地の教えを

アナヤ(1937~)は、ニューメキシコ州生まれ、サンタローザ、アルバカーキ等に住む。メキシコ系アメリカ人作家の代表格である。”チカノ文学”は、彼から始まったというような見方もあるらしい。「ウルティマ、ぼくに大地の教えを」(1972)は、彼の34歳の作品で、いわばチカノ文学の古典という位置付けができるそうだ。

ウルティマがいっしょに暮らすようになった夏、ぼくはもう少しで七歳になるところだった。ウルティマがやってきたとき、ぼくの目の前に突然、大草原(ヤノ)が美しく広がり、ざわめく川は回転する地球のうなりに合わせて歌いだした。魔法のような子供の時間がぴたりと止まり、息づく大地の鼓動がその不思議な力を、ぼくの体を脈々と流れる血に注ぎこんだ。ウルティマがぼくの手を取ったとき、その内に秘められた穏やかな魔法の力が、太陽に焼かれた自然のままのヤノや、川の流れる緑の地や、白い太陽の住処である青い空を美しく輝かせ始めた。ボクははだしの足に大地の脈動を感じ、体は喜びに震えた。時間はぴたりと止まり、過去と未来をぼくとわかちあった・・・・・・
(金原瑞人訳)



ニューメキシコを舞台に、少年の成長の物語が峻烈に描かれている。ウルティマ(年老いた薬草医・呪術師=クランデラ)が重要な存在として登場するからと、マジック・リアリズムで彩られたラテンアメリカ的な幻想文学をイメージしてしまうと、全くの間違いである。これは少年の成長を正面からとらえた作品で、チカノの少年のアイデンティティをめぐる物語なのである。みごとな青春小説になっている。



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316. マーク・トウェイン メキシコ駄馬


「メキシコ駄馬」は、レスリー・オマーラ編のアンソロジー 『馬のすてきな話』(1991) に収録の一篇。5ページほどの掌編である。

乗用馬を手に入れようと決心した。わたしはサーカス以外の場所であれほど荒っぽく自由自在の見事な馬術は見たことがなかった。それをカーソンの町ではどの通りでも、絵から抜け出してきたような風俗のメキシコ人、カリフォルニア人、はたまたメキシコかぶれのアメリカ人が連日、披露しているのだ。彼らの乗り方といったら!ふつうに背筋を伸ばした気楽な何げない姿勢から、いともおだやかに前かがみになると、スローチハットの幅広の前ひさしを風に立てながら、長い輪縄を頭上で振り回し、疾風のごとく町を駆け抜けてゆく!つぎの瞬間にはその姿はもうはるかな荒野に湧き上がる砂塵と化している。(中略)わたしはすぐさま馬と牛とのちがいを覚え、もっともっと知りたい気持ちでいっぱいになった。それで絶対に馬を買おうと思った。
(月村澄枝訳)



物語は「メキシコ駄馬」というタイトルが示すとおりに、予想通りの結末を迎えるのだが、あらかじめそれを見込んで笑う用意をしていたので、ちょうどよかったと言えなくもない。
しかし、原題は「Mexican Plug」というのだから、これを駄馬と訳すのはネタばれのようなものでもあって、もうすこしオブラートにでも牛皮にでもくるんでほしかったなぁと思わなくもない。



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☆ 金細工の魚

金細工の魚



旅行から帰ってきた友人がお土産をくれた。
メキシコシティの市場で買った、金細工だという。
ほら、あれだよ、あれ。
あのアウレリャノとかブエンディアとかって人が作った魚の金細工だってさ。



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☆ 私、ジョージア

私、ジョージア P1210109.jpg



「私、ジョージア」(1998)は、ジョージア・オキーフの生涯を描いた絵本による伝記である。
生涯のほとんどをニューメキシコ州の荒野ですごした彼女の肖像を、ジャネット・ウィンターは絵本ならではの手法と視点で描ききっている。

わたしはニューメキシコの砂漠に行った。
「まだだれもきたことのない、とても遠いところ・・・・・・
ここでは、じぶん自身であるということが、すべてだった」
(長田弘訳)



ジャネット・ウィンターは、アメリカの絵本作家。
移民の子どもたち、シェーカー・コミュニティ、メキシコの村の人びとなどを主題に、独自の絵本の世界を拓いてきている。出身地のシカゴでは、ジョージア・オキーフと同じ美術学校で学んだという。
   ジャネットには、ディエゴ・リベラや、死者の日など、メキシコにまつわる作品が多い。当分は、ジャネット・ウィンターソンではなくて、ジャネット・ウィンターの本を読んで過ごそうと思う。



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315. ウィリアム・サローヤン メキシコ人


連作短編集『リトル チルドレン』(1937)には、さまざまな国からアメリカにやってきた17人の少年を描いた17の物語が収録されている。しかし「メキシコ人」という短編に登場する少年は、(たぶん)メキシコ人ではなく、(たぶん)主人公というわけでもない。では主人公はだれかというと、それはもちろん”メキシコ人”である。

ホアン・カブラルは、背の高いメキシコ人で、ぼくのおじの下でぶどうのつるを刈っていた。貧乏で、そのうえ大所帯をかかえていた。妻のコンスエラ、息子のパブロとパンチョ、3人の娘、足の悪いいとこのフェデリコ、それに犬4匹、猫1匹、猟銃、老いぼれ馬1頭、古い馬車、それからたくさんの鍋、釜・・・・・。
ある日、ぼくが畑でおじと話していると、ホアンが、馬車で仕事を捜しにやって来た。
「こいつは何者だい?」おじが言った。
「メキシコ人ですよ」とぼく。
「どうしてわかる?」
(吉田ルイ子訳)



ほんの10ページほどの掌編。可笑しくて気が利いていて愉しい。あまりに巧みなのでちょっと意地が悪いという気もする。そこが欠点か



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314. レオノーラ・キャリントン 恐怖の館

『恐怖の館』、キャリントン自身のみごとな絵が表紙を飾るこの本を、わたしはずうっと読まないままできた。この表紙の『ダウン・ビロウ』という絵を見ているだけで、彼女の作品のもつ雰囲気にすっかり浸ってしまった、そんな気分になっていたからである。


キャリントン3



次に、ようやく本を開いてみたのだが、という話である。
本を開くと、まず、マックス・エルンストが彼女の本のために描いた扉絵がある。そして、同じくエルンストが書いた”序文”がある。ここで、また数日停滞する。彼がここで繰り返し書いている”馬”のイメージが、どうも気になって進まないのである。

その次に、ようやく第一篇の「恐怖の館」という作品のページを開いてみる。すると、そこには・・・、
またしてもエルンストが描いた挿絵(みごとなコラージュ)が添えられているではないか。もしや?と、わたしは考えてみる。もしやこの作品集の全ての短編に、こんな挿絵が付けられているとしたら?期待が膨らむばかりである。

短編を読むのを後回しにして、わたしはページを進める。
エルンストのコラージュが1枚、もう1枚、さらに1枚・・・、そして10枚まで数えたところで、突然、挿絵の付いたページがなくなってしまう!まだ一冊の本の半ばまで進んだところなのに。膨らんだ期待が萎む。戻って、10枚のコラージュを眺めることにする。

ある日正午を三十分過ぎた頃にある場所を歩いていると、私は一頭の馬に呼びとめられました。
「ついておいで」暗く狭い路地の方に頭を振って、馬は言いました。「君だけに見せたいものがある」。
「時間がないのですけれど」と答えながらも、私は馬について行きました。・・・
(野中雅代訳)



引用は、表題作「恐怖の館」(1937-1938)の冒頭の部分。
ここにも”馬”が登場して、なにやら奇妙な物語の幕を開ける。ようやく読み始めてみたこの物語を、わたしはこころより愛するものである。エルンストの大胆で力に満ちたコラージュと、レオノーラの細やかで幼児性を帯びた想像力が不思議に調和しているように感じられて楽しくてしかたがないのである。



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313. カルロス・フエンテス 二人のエレーナ

今、ぼくは妻の実家へ来ている。登場人物は、ぼく、妻のエレーナ、妻の両親のドン・ホセとドニャ・エレーナの四人である。四人は、食事が終わって、居間に移ったところ。ドン・ホセはやがてひとり書斎へ引き上げ、エレーナはぼくの膝を枕に寝かかっている。残った二人の会話が始まる。

ドン・ホセは勝ち誇ったようにエレーナを、ぼくを、自分の妻を眺める。エレーナの母、ドニャ・エレーナは、しぼみかけた会話に救いの手をさしのべようとして、自分のこの一週間の活動を語る。ぼくはローズウッド色のブロケード張りの家具や中国の壺、薄絹のカーテン、ビクーニャのラグを眺める。四角いこの家の大きな窓の向こうでは崖のユーカリがざわめいている。生クリームがたっぷりかかったエンチラーダをイヒニオが給仕すると、ドン・ホセはにっこり笑い、小さな緑の目にはまるで愛国者とでもいえそうな満足感があふれる。九月十五日の独立記念日に大統領が国旗を振るとき、彼が目にそんな満足感を浮かべているのを見たことがある。とはいえ、専用のジュークボックスを前に葉巻をふかしながらボレロを聴いているとき、彼をほろりとさせるような満足感とは違っている。そのときはもっと湿っぽいのだ。ぼくの視線はドニャ・エレーナの蒼白い手に留まる。彼女はロールパンの屑をいじりながら、このまえ会ったときから自分を忙しくしていた用事を残らず、けだるそうに並べたてている。(中略)
ぼくは視線を上げた。ドニャ・エレーナがぼくを見つめている。彼女はすぐに目を伏せ、居間でコーヒーを飲みましょ、と言った。ドン・ホセは、わしは失礼する、と言って、書斎に向かった。そこには二十センターボの代用コインを投入口に入れるとお気に入りのレコードをかけてくれる彼専用のジュークボックスがある。ぼくたちは坐ってコーヒーを飲みはじめた。(中略)
「二十二で結婚したのよ。メキシコ市で暮らせばすぐ、ベラクルス訛りなんて失くなるわ。あなたと知り合ったころ、わたしはもういい年になってた」
「あなたとエレーナは姉妹みたいだ、みんな、そう言ってます」
彼女の唇は薄いが攻撃的だった。「とんでもない。いまも、メキシコ湾の嵐の夜を思いだしていたの。太陽は見えなくなるのを嫌がって、おわかりかしら、嵐といっしょになってしまう。するとなにもかもがとっても緑っぽい、とっても蒼白い光を浴びることになる。そして、人は雨戸を閉めた部屋で息苦しい思いをしながら、雨がやむのを待つの。熱帯では雨が降っても涼しくはならない。なおさら蒸し暑くなるだけ。嵐になるたびにどうして召使たちが雨戸を閉めないといけないのか、わたしにはそのわけがわからない。窓を開けっ放しにしたまま嵐をやり過ごせたら、きっと素敵でしょうに」
ぼくは煙草に火をつけた。「そうですね。とても強いにおいが立ちのぼりますね。大地がにおいを放つんです。煙草やコーヒー、熟れた果物の・・・・・・」
「それに寝室のにおいも」。ドニャ・エレーナは目を閉じた。
「え?」
(安藤哲行訳)



引用が長くなった。でも仕方がなかった。引用は、短く、ネタばれにならないように、そしてこの短編の味わいの深さを感じてもらうのにいちばんいい部分をと考えたのだが、これがせいいっぱいだった。少し長いが、このフエンテスの作品の、不思議な味わいを感じてみてほしいのである。

「二人のエレーナ」は、短編集『盲人の歌』(1964)に、邦訳は、集英社文庫版のアンソロジー『ラテンアメリカ五人集』に収録されている。フェンテス(1928~)の作品は、メキシコの作家の中では、比較的数多く訳出されているのであるが、中でも、このなにげない短編がわたしは大好きである。




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312. ホルヘ・イバルグエンゴイティア  カナリアとペンチと三人の死者のお話

ホルヘ・イバルグエンゴイティア(1928-83)は、メキシコの作家。
訳者によれば、彼は、メキシコの作家にしては珍しい骨太のユーモアをたたえた作品を書いたという。   「カナリアとペンチと三人の死者のお話」は、短編集『ヘロデの掟』(1967)に所収。三つの掌編を連ねた作品。気が利いていて、ちょっと笑わせてくれる。邦訳は、アンソロジー『美しい水死人』(福武書店)に収録されている。

ひどくにぎやかな通りから二十メートルのところだというのに、長いこと、ぼくの家のまわりは草木がぼうぼうの空き地だった。ただ、かつてはイエズス会のものだったその土地も、そのころには、ゴミ捨て場、公衆便所、乞食の避難所、はした金をやりとりする賭場、金のないアベックや待ちきれないアベックのベッドとなってしまっていたが。(中略)
ある日の午後三時のこと、家では八人か十人くらいの人間がダイキリを飲んでいた。ぼくはシェーカー片手に台所にいたが、そのとき、針金の鉤が裏庭に入ってきて、伯母の大好きなカナリアの籠を外してもっていくのが見えた。ぼくはびっくりしたが、気を取り直すや自分の部屋に駆け込み、しまってあったピストルを取りだして撃鉄をおこすと窓のところに飛んでいって、窓を開けた。二十メートルむこうで、どうにもみすぼらしい泥棒が籠を手に、コヨトラン一にぎやかな通りに面した生垣を跳び越えようとしていた。ぼくは狙いをつけ、引き金を・・・、
(安藤哲行訳)



引き金を・・・、のあとの結末を書けないのが辛いところである。メキシコ人のユーモアというのも、なかなか洒落ているのでありました。



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311. ホセ・エミリオ・パチェーコ 砂漠の戦い

パチェーコ(1939-)は、メキシコの詩人、作家。
「砂漠の戦い」(1981)は、1940年代から50年代のメキシコを振り返って、年老いた主人公が、その時代を回想するという形で描かれる。少年時代に友人の母親に恋をしたという思い出が物語の核になっていくのであるが、そのエピソードが、メキシコという国がその時代を歩んできた姿と重なりあって、共振しながら、心に響いてくる。その辺りが読みどころか。・・・過去と現在、大人と少年、国と人間、記憶と現実、それぞれが絡まったり離れたり、単なる思い出としてではなく、時をゆっくりと下って現在のわれわれに迫ってくる。とても巧みな小説だと思う。

わたしはアルバロ・オブレゴン通りを見つめ、自分に言い聞かせ た。この瞬間の思い出をこのままそっとしまっておこう。いまあるものはどんなものでも、絶対に同じままであるはずがないのだから。いつか、まるではるか先史 時代のできごとのように思うことになるのだ。すっかりしまっておこう。きょう、ぼくはマリアーナに恋したのだから。どうなるんだろう?どうにもなりはしない。 何かが起こるはずがない。どうしよう?ジムに会わないために、ということは、マリアーナに会わないために、転校する?同じ年ごろの女の子を探す?でも、ぼくの年ごろじゃ、誰も女の子なんか探しちゃいない。できることといえば、ひそかに、何も言わずに、恋することだ。ちょうど僕がマリアーナに恋しているように。 恋すること。どうにもならない、まったく希望はないと知りながら、恋すること。
(安藤哲行訳)



しかしようく読んでみると、これは巧まぬ散文詩だとも思えてくる。すぐれた詩人のことだ、巧まずとも、ことばが動き出し、文章を紡いでいく。ただその動きにまかせ淡々と綴っていった散文なのかもしれない。そんな気もする。



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