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802. レオ・ペルッツ 夜毎に石の橋の下で

「芸術家小説」と呼ばれる作品は幾つもある。また、19世紀のフランス文学には「画家小説」が数十篇ほど存在するという指摘もある。
しかし、そんな大仰なものでなくても、小説のなかの一場面にひょいと画家が登場してきてあっというまにぼくらを魅了してしまうとか、そんな作品もある。あるいは、絵を描くのが画家とは限らないし、絵を描かない画家もいるよねとか、そんなことを思いながら”画家小説百選”というのを書いていこうかなと思っているのである。

「夜毎に石の橋の下で」(1951)は、枠物語の形式で展開する。
枠の中身は、16世紀から17世紀のプラハ。神聖ローマ帝国皇帝ルドルフ二世にまつわるエピソードが、300年後(19世紀末~20世紀初)のプラハで語られる。
連作短編のように並んだ15の章で築きあげられた長編小説の中で、『画家ブラバンツィオ』は、第9章として登場する物語である。・・・さてこの画家の作品は、ヨーロッパでも類のない美術コレクションを築きあげたルドルフ二世のギャラリーに加えられたのかどうか。

かつてプラハに、ヴォイチェフとかアダルベルトとかいう名の、後の世に名がほとんど伝わることのなかった画家がいた。その姓はブラネベツだったが、シニョール・ブラバンツィオと呼ばれるとまんざらでもない顔をしたという。だが実のところ、画家というよりむしろ風来坊とか宿無しと呼ぶ方がふさわしい男だった。毎年かかさずボヘミアやオーストリアの片田舎、あるいは遠くハンガリーやロンバルディアをうろつくのが習いだったが、名匠のもとで仕事することはまれで、しかも長く居つくことはなかった。というのもこの男は絵画に独自の見識を持ち、人の指図に従うことをいさぎよしとしなかったからだ。(中略)
ある日何枚かの小品、走り描きの素描や下絵が、絵心を解する、あるいはそれをひけらかすものの手に渡った。中の一枚に、髭もじゃもじゃでやや畸形のカプチン僧が、略奪か物乞いかで手に入れたチーズの塊をうっとりと眺めている絵があったが、それが神聖ローマ帝国皇帝の目にとまった。
(垂野創一郎訳)


では、今回の記事に於ける「小説の中の画家」は誰か?
実は、それが、思いがけない展開に遭遇し、驚かされることになるのである。

もちろんタイトル通り、” 画家ブラバンツィオ”に焦点があたってはいるのだが、まるで楕円のようにもう一つの焦点が存在する。
そのもう一人の画家とは誰か? 
それがこの物語の読みどころなのである。
レオ・ペルッツの腕に唸らされること請け合い!



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801. ロレンス・ダレル アレクサンドリア四重奏/クレア (画家小説百選)

001クレア3202


「クレア」は、アレクサンドリア四重奏の第四部として発表された長編小説。タイトルは、四部作を通して登場する女性画家の名前を冠したものである。
しかし、名前を冠されたからといっても、第四部の物語に限ったとしても、この画家が物語の主人公になることはついぞなかった。ダレルの華麗な文体と、現実から遊離してゆくかのようなプロットと、我儘勝手な言いまわしの中で、ただ浮草のように踊らされるだけであった、と書くと言い過ぎだろうか。

この手のおかげで、わたしは境界を乗り越えて自分の王国を手に入れた。こんなことはまったく思ってもいなかったのに。ある日、これが絵筆を取りあげた、と見るや、ほんとうに心を搔き乱すな独創と権威に満ちた絵を生み出したのです。これまでに全部で五枚描きました。わたしは敬虔な驚異の念をもってこれらの絵を見つめています。いったい、これはどこから現れたの? (中略)
この新しい手の言葉と、これがもたらしてくれた内面の変化に、わたしはすっかり夢中になっていた。わたしの前にあらゆる道が開け、いまはじめてあらゆるものが可能になったような気がするの。
(高松雄一訳)


『アレクサンドリア四重奏』という小説は、いろんな読み方ができることはもちろんだが、やはりこれは主人公のダーリーが作家としてペンを取り始めるまでの芸術家小説なのだと考えるのが一番すっきりしている。
満を持して第四部に再登場してきた画家のクレアも、所詮は脇役にすぎないのである。

ところで、引用文は、その画家クレアから作家ダーリーへの手紙の一部である。
アレクサンドリアを離れてしまったダーリーに対して、クレアのほうはといえば、こちらも最後には新たな道をみつけて旅立っていく姿が描かれることになる。

それにしても、この小説の最後の段落のなんとも素敵で魅力的なこと!
・・・『全宇宙が親しげにぼくを小突いたような気がした。』
この素晴らしさは、あらゆる小説の最後の一行コンテストで優勝を争うクラスだと思う。



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☆653. ケストナー博物館

          ケストナー01


ケストナー博物館は、ドレスデンのアントン・ストリートにひっそりと居を構えている。
建物は、ケストナーの叔父さんが住んでいた家を基にしたもので、ケストナー自身も小さい頃この家でよく遊んだらしい。そしてこのアントンという通りの名は、『点子ちゃんとアントン(Pünktchen und Anton)』(1931)という作品で、少年の名前として登場することになる。



○○ケストナーCIMG0282


写真は、博物館のエントランス(の階段)。
小ぶりで、ひっそりとしていて、ケストナーにふさわしい佇まいだと思う。
建物には、トップの画像のようなかわいいピクトグラムが添えられているのも楽しい。




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☆652. 奈良県の山 (ミュージアムの階段)

①橿原考古学研究所附属博物館

大和三山を完全踏破してきた!
と書けば、地元のアルピニストたちなら仕方なく笑ってくれるだろう。
大和三山とは、万葉集に歌われ、藤原京(7~8世紀)の時代にはこの三山の周辺に都が作られた、由緒ある山々の総称である。三山とは、天香久山(あまのかぐやま、152m)、畝傍山(うねびやま、199m)、耳成山(みみなしやま、140m)を指す。残念ながら、標高が低いのが特徴である。山道を上っていくと、近所の犬が散歩している光景が見られる。


橿原考古学研究所附属博物館


そしてもちろん、三山の周辺にもミュージアムはある!
画像は、橿原考古学研究所付属博物館のエントランスの階段である。
畏れ多くも、「飛鳥・藤原の宮都と関連資産群」は世界遺産登録を目指しているのだよ、と玄関に立つ”せんとくん”が教えてくれた。



②十津川村、歴史民俗資料館

十津川村01


荻原規子さんの書いた『RDG(レッド・データ・ガール)』の故郷、玉置山、玉置神社を歩いてきた。この奈良県の誇る大峰山系の麓、十津川村の奥深くにも、もちろんミュージアムはある!


玉置神社02


画像は、十津川村歴史民俗資料館と玉置神社の階段。
泉水子の故郷を見ても浮かれることなく、階段の写真が撮れてよかったと思う。



③ちはや星と自然のミュージアム

○○○CIMG5677


金剛山、葛城山、二上山を歩いてきた。
金剛山地は奈良県と大阪府の県境にあって、葛城山は府下最高峰!であるし、金剛山には府下最高地点!がある。そして双耳峰が美しい二上山は、万葉集所縁の山!である。



○○CIMG5681


と言ってはみたが、ここで登山の話をしようってわけではない。
書こうと思うのは、こんなところにもミュージアムはある! ということである。
特に、「ちはや星と自然のミュージアム」は、金剛山の山頂近くに立地するのだから、驚いた。日本中どこに行ってもミュージアムだらけの世の中とはいえ、なにもこんな山の中になくてもなぁと、縦走で痛めつけられた足を休めながらひとりごちたのでありました。・・・そうだっ、”階段”の写真を撮らなければ!




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☆651. ウィーン、分離派会館

○P1120884


分離派会館は、19世紀末に開設された。
ウィーンのアール・ヌーボーの聖地ともいうべき建物である。
その建物は、始めて訪れる場合でも、遠くから見ただけですぐにわかるので便利である。
真ん丸の黄金のドームを屋上に頂いているからである。



○ウィーン分離派会館


画像は、正面入口の階段。
残念ながら、ここでは階段は主役ではない。
例えば、青銅のドア(クリムトの弟の作品)、ドアの上のゴルゴン像(シムコヴィッツ作)、
見るべきものがいっぱいで、ここは階段を駆け足で上りたくなる。



450px-Secession_Eingang.jpg


もちろん駆け足になる理由はそれだけではない。
早く建物の中へ入って、クリムトの『ベートーヴェン・フリーズ』(1902)を見たいのである。



◎rockenschaub_02


そのあとで、ゆっくり眺めればいいと思う。
先ほどのドアも、あの階段も、そして外壁を飾る『三羽のフクロウ』や、『亀の形をした脚がついた鉢』についても。あとでゆっくりと見ればいいと思うのである。・・・まずはクリムトを、と階段を駆け上る。




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☆650. クンストハウス・ウィーン

◎P1020130


クンストハウス・ウィーンは、フンデルトヴァッサー(1928-2000)の作品の常設展示を目的として開設された美術館である。建物は古い家具工場を活用したものであるが、大きく作り変えられており、画像を見ればわかるように、独特の色づかい、非対称の窓、多用される曲線とモザイク柄、奇妙な形状の柱、等々、どこから見てもフンデルトヴァッサーの作品になっている。
(*クリックすると大きな画像が開きます)



◎P1020137


こちらは、エントランスの階段の画像。
ダイナミックなデザインの建物であることを考えると、この階段はずいぶん控えめであると、そんな気がしないではないが、心配は無用である。



gestaltung4_20130615161002.jpg

○クンストハウス09


心配は無用である。
建物内部に入ると、一階ホールから二階のギャラリースペースに続く、優美な螺旋階段を見ることができるからである。




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☆649. 五條文化博物館

○○五條市文化博物館


五條文化博物館は、奈良県五条市にある市立博物館である。
通称は『五條バウム』、画像のようにバウムクーヘンのような形をしているからである。
安藤忠雄さんが設計したこの山あいの地方都市の小さなミュージアムの建物は、しかしそれだけが魅力だというわけではない。特に、階段好きにとっては、大いなる愉しみが待っているのである。



○CIMG5743


それがこの石造りの大階段である。
三階のエントランスホールに続くこの階段、一階正面から見上げるとこんな感じである。



○CIMG5740


同じ階段を、上から俯瞰すると、こんな姿である。
なかなかチャーミングだと思う。
石はイタリア産である。
昔、古代ローマ人が重用したものと同じ、とは書いてなかった。



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☆648. 墨田 小さな博物館

◎□CIMG5514

ある日の午後、墨田区のとある街筋、通りがかった商家のすりガラスの窓の格子のところに貼られた小さな看板が気になって戻ってみると、『小さな博物館』と書いてあった。


◎□CIMG5516

『小さな博物館』って何だ?
と思ったら、それは墨田区が企画した27カ所の町工場のようなスペースで、実際に営業している町工場や職人さんの仕事場を、出入り自由な小さな博物館と銘打ってアピールしていこうという試みなんだそうだ。
わたしが見かけた羽子板屋さん(羽子板資料館)、もその一つだったというわけである。
他にも、軟式野球資料室、木造建築資料館、セイコー時計資料館、小林人形資料館、古伊万里資料館、江戸小紋博物館、合金鋳物博物館、藍染博物館、江戸木目込人形博物館、屏風博物館、能面博物館、乾燥木材工芸資料館、ブレーキ博物館、べっ甲資料館、木彫資料館、新藤ギャラリー、NTTドコモ歴史展示スクエア、新藤暦展示館、相撲写真資料館、足袋資料館、桐の博物館、折箱博物館、金庫と鍵の博物館、建築道具木組資料館、袋物博物館、すみだ郷土文化資料館、等々。


◎□江戸小紋

上の画像は、「江戸小紋博物館」の展示スペースに上がっていくための階段である。
ここでは、江戸時代から伝わる貴重な見本帳が見られる。
小紋の型は代表的なものだけで数千!あるのだそうだ。


横段2

例えばこの階段ならぬ「横段」の模様、いいなあ!




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