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822. ヘルマン・ヘッセ 湖畔のアトリエ (画家小説百選)

hesse、1919年頃



「湖畔のアトリエ」(1914、原題「Rosshalde」)は、ヘッセ中期の長編。
”悩める時代”の自画像、のような小説である。
・・・物語の主人公を画家に置き換えて、作家の苦悩が語られる。


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「良い絵かきは実にたくさんいる。繊細微妙な感覚の人たちで、賢い繊細なつつましい老紳士が見るように世界をかく。しかし、生き生きした血気さかんな純潔な少年が見るようなふうにかく人はひとりもいない。そういう試みをしているものがいるとしても、たいていはまずい職人だ。(中略)
ぼくがまだかきたいと思っている絵の一つは、野草の花束なんだ。君は知っているに違いないが、ぼくの母は、そういう花束を作ることを心得ていた。あんなのはぼくは見たことがない。母はその点で天才だった。母は子どものようで、たいていいつも歌っていた。実に軽い歩き方で、大きなトビ色がかった麦わら帽子をかぶっていた。夢の中で見る母も、そういう格好をしていないときはない。母が好んでいたような野草の花束を、ぼくはいつか描いてみたい。マツムシ草とノコギリ草と小さいバラ色のヒルガオなどで、その間に数本の細い草と緑色のカラス麦の穂をはさむのだった。ぼくはそういう花束をいくつとなくうちへ持って帰った。だが、まだほんとうのはできない。あの完全なにおいが中にこもっていなければならない。(中略)
実際、ぼくはそういう野草の花束を半日考えていることが、よくあるよ。その絵がどんな絵にならねばならないかということは、ぼくにははっきりわかっている。・・・」
(高橋健二訳)


ヘッセ自身も、第一次世界大戦後、独学で絵を始めた。
生涯で、約3000枚の水彩画を遺している。その殆どは風景画である。
上の画像は、数少ない『自画像』(1919年頃)である。
悩める時代に於いて苦しみからの逃げ道として始めた絵は、しかしその後の作家にとって新たな情熱の対象になっていったという。「湖畔のアトリエ」を読むと、そうしたこころの動きが、すこうしわかるような気がするのである。



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821. ドン・デリーロ 天使エスメラルダ (画家小説百選)

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翻訳家の都甲幸治によれば、日本には、 『絶対的にデリーロが足りないのだ』 、そうだ。
たしかに訳書が少ない。訳書があっても絶版が多い。図書館でもあまり見かけない。
もちろんわたしの本棚にも、エゴン・シーレの絵が表紙に使われている文庫本が一冊、あるだけだ。だから(?)、デリーロの初の短篇集が訳出されたのを知って、すぐに飛びついた。・・・この短篇集が読めたことで、やっと、この作家の魅力が理解できたような気がする。わたしんちでも、今まで、デリーロは不足していたのである。

二人の女性は何年分もの堆積物が幾層にも積み重なっている空地の光景を眺めた。(中略)日没時には、解体された建物の低い壁のほうから銃声が聞こえてくる。修道女たちはパンのなかに座ったまま眺めた。ずっと奥に、孤立して建つ建物が一棟ある。捨てられた集合住宅で、かつて別の建物と隣接していた壁面が剥き出しになっている。この壁に、イスマエル・ムニョスと彼が率いるグラフィティ・アーチストの一団がスプレーで絵を描いている   近所で子供がひとり死ぬごとに、追悼の天使を描く。高い石壁のおよそ半分あまりが青とピンクの天使たちで埋め尽くされ、それぞれの天使の下に子供の名前と年齢が漫画の吹き出しに活字体で書き込まれている。
(上岡伸雄、高吉一郎訳)


「天使エスメラルダ」(1994)は、短篇集『天使エスメラルダ/九つの物語』(2011)に所収の作品。
物語の舞台はニューヨークのブロンクス、登場するのは数人の修道女とスラム地区に住む子どもたち、そしてグラフィティ・アーチストの集団。
・・・デリーロは、この短篇で、宗教を持ちえない時代における信仰と奇跡を描いているのだと思う。では画家の役割は何か?! 残念ながら即答できなかった。30頁余の作品のなかに圧縮されているものがとてつもなく多いのである。数時間くらい、考えてみようと思う。あるいは、数年くらい。



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820. アンリ・トロワイヤ 石、紙、鋏 (画家小説百選)

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「石、紙、鋏」(1972)は、トロワイヤ、中期の作品。
この中篇には、二人の男と一人の女が登場する。三人が奇妙な関係を形づくりながら物語が展開されていく。彼らは石、紙と鋏のような三すくみの関係でもあり、いつ均衡が崩れてしまってもおかしくないような脆さをあらかじめ内包した関係でもある。
こころやさしさの極致に立つような画家の男が、いかに欲望と打算のままに生きるスノッブたち(Mesdames et Messieurs)と暮らしていくのか、蹂躙されていくのか。・・・そんなことを思ってしまう物語でもある。

・・・スケッチブックを取ってくる。コンテが白い紙の上を走り、人の顔に似た花のようなものが無秩序に現れる。それから、バオバブの樹が立ち上がる。その幹は、たくさんの捩れた肉体の絡み合いだ。その枝は、処刑された人々の手足だ。一枚一枚の葉は、叫喚だ。この植物地獄の中をコンテはさまよい歩き、アンドレはふと思う。自分はどうしてアブストラクト芸術にさほど牽かれないのか。実際、そのエコールの何人かの画家を尊敬はしていても、その人たちの世界像に追随することは、どうしてもできないのだ。アンドレにしてみれば、絵を描くとは、自分の夢を紙やカンバスの上に留めようと試みることに他ならない。その夢はつねに現実世界と縁続きの形態を保っている。いかほど変形され、歪められていようとも、いわば身元確認の可能な画像というものは、アンドレの与り知らぬ夢幻世界の法則にのみ従う。もしも夢の中で、曲がりくねった線、色とりどりの点、縞模様、正方形、正六面体などを見たとしたら、アンドレはためらうことなく、それらをそのまま、カンバスに描き出すだろう。だが、実際は違うのだ。まどろみに落ちる寸前の半覚醒状態の中で、アンドレが見るものは、草であり、馬であり、人の顔であり、人間バオバブであり・・・・・だとすれば、それ以外のものを何のために描かなければならないのか。
(小笠原豊樹訳)


もちろんこの物語の結末は、”案の定”ってやつである。
でも、悲しいはずのアンドレの姿が、それほど打ちひしがれた様子には見えないのはなぜだろうか。トロワイヤがなぜそんなふうに描いたのか、そのことを想像していたら、フッと鼻から息が抜けた。いや決して笑ったのではなくて、きっとアンドレなら大丈夫だろうと。なんとか幸せに生きていくだろうと。そんな気がしたからである。


Henri Troyat La Pierre, la Feuille et les Ciseaux




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819. マイケル・オンダーチェ 名もなき人たちのテーブル (画家小説百選)

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長い船旅で出会った少年たちの物語である。
と言っても、筏に乗ったハックのような冒険譚ではなく、ツバメ号とアマゾン号のような爽やかな友情の物語でもない。
スリランカからイギリスまでの21日間の出来事が、静かに淡々と語られていく。物語の合間には、大人になった彼らの話が挟み込まれている。その繰り返しのなかで、いつのまにか少年たちの人生をじっと見つめ続けてしまうことになる。物語がこころに沁みてくる。
船旅は、1954年の話。語り手の「僕」が、回想するのは、その10年後から30年後にかけての時代だろうか。

これまでずっと、僕はカシウスの役に立つようなことは何もしてやれないと自覚していた。そして長年のあいだ、彼に連絡を取ろうと本気で考えたことはなかった。僕たちの関係は、21日間の船旅のあいだに、ある意味で完結したのだ。彼のことをもっと知る必要は(少しばかりの好奇心を別として)感じなかった。カシウスの鋳型、少なくとも僕が見る限りはっきりしていた。彼が将来、誰にも借りを作らずひとりでやっていける人間になるということは、当時すでにわかっていた。(中略)
手にやけどを負った画家。彼はあれからどんな人生を送ってきたのだろう。十代の終わりの頃はきっと、誰にも頼れず、何も信じられなかったに違いない。おとなになって、自力で生きられるようになれば、そういう人間でいるのも簡単だろうが。でも、おそらくカシウスは、あの晩、船の上で、子ども時代の残りを失ってしまったのではないか。彼がいつまでもあの場にたたずんでいたことを思いだす。もう僕たちのそばには来ようとせず、紺色に輝く海をじっと見つめていた。
(田栗美奈子訳)


「名もなき人たちのテーブル」(2011)は、オンダーチェの七作目の小説。
11歳の頃、スリランカから単身で船に乗りイギリスに渡ったという作家自身の経験が下敷きになった物語であるらしい。しかし、この作品が自伝的小説であろうが、全くのフィクションだろうが、そんなこととは全く関係なく、これがとびきりすてきな青春小説であることは間違いないのである。




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☆661.ミロ美術館 (ミュージアムの階段)


ミロmuseum-miro


バルセロナの「ミロ美術館」、大好きなミュージアムのひとつである。
この建物も、ひとめでミロの美術館であるとわかるような愉しさにあふれている、そんな気がする。



ミロ、0085


ところが、画像をアップしてみて初めて気がついた。
この美術館の入口へと至るアプローチの部分は、ようく見ると階段ではなくて、ただのスロープではないか!



ミロ、0084


仕方がないので、ミロの作品にカバーしてもらうことにした。
スペイン内戦下に描かれた「階段を昇る裸婦」(1937)という作品である。
スケッチ風の小品であるが、力強い。
デュシャンやダリに同じモチーフの作品があることを思うといっそう趣きが増す。




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818. 角野栄子 魔女の宅急便

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仮に、森の小屋で彼女を見つけたとして、ぼくらはこの少女のことをウルスラなどというヤボな名前で呼ぶことはしないでおこう。ただ、彼女がほんとうの黒を見つけるためのささやかな手伝いができるのであれば、万難を排してそれに協力するのはもちろんだけれど。

そのとき、うしろからこんな歌が小さくきこえてきました。
「わるいくろは けむりのくろ
 いいくろは 黒猫のくろ
 もっといいのは 魔女のくろ ・・・」
(角野栄子「魔女の宅急便」)



「世界一美しい黒」は、このあと少女が描きあげた絵のタイトルでもある。
とすれば、彼女はどこでその黒をみつけることができたのか?
わたしはそれが聴きたくてしかたがない(ヤポは承知できいてみたい)。
ねえウルスラ、いったいその黒はどこで・・・



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★宮城県美術館  (美術館の階段)

○宮城県P1160655


宮城県美術館は、わたしにとっては、”洲之内コレクション”の美術館である。
日本の洋画家の作品の常設展示の場として、こんなに貴重で、かつ魅了させられるものはないと思う。洲之内の著書の『気まぐれ美術館』のシリーズで読んだ作品群が、ほとんどそのままここで見ることができる。
靉光(1907~1946)、海老原喜之助(1904~1970)、児島善三郎(1893~1962)、佐藤哲三(1910~1954)、鳥海青児(1902~1972)、長谷川利行(1891~1940)、長谷川りん二郎(1904~1988)、松本竣介(1912~1948)、村山槐多(1896~1919)、萬鉄五郎(1885~1927)、等々。なんて豪華なラインアップなんだろう。



○宮城県P1160645


だから、建築は二の次であった。あまり意識がなかった。
しかし、こうして何年か前の写真を探し出して並べてみると、建物もなかなか趣があるのである。
そして”階段”も魅力的であることに気がついた!特に、上の画像の、ガラスと煉瓦に囲まれた中庭はなにやら幻想的でもあり、すこぶる魅力的である。ようやく思い出したのである。

(宮城県美術館、仙台市)



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817. エーリヒ・ケストナー 飛ぶ教室 (画家小説百選)

ワルター・トリヤー


ケストナーが書いた少年少女向けの作品には、ヴァルター・トリアーという画家のイラストが挿絵として使われていることが多い。邦訳でも、岩波少年文庫のケストナーの作品や、岩波版「ケストナー少年文学全集」の表紙イラストや挿絵には、トリアーの作品が使われている。
わたしは、彼の絵が大好きである。マルチン・ターラーがもし画家になっていたら、こんな絵を書いただろうか?



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クリスマスにヨーニーはこの禁煙先生に贈物をするはずでした。(中略)
マルチンは、両親が貧しく、半給費生だったので、お金をほとんど持っていませんでしたから、禁煙先生のために絵をかきました。それは「世すて人」という題で、菜園の色とりどりの花の中にこしをおろしている人物をあらわしていました。その人物は、垣根のそばで手まねきしている三人の少年を親しげに、しかも悲しげに見つめています。彼の肩と両手には、なついた小さいしじゅうからとこまどりがうずくまっています。きらきら光るちょうちょが彼の頭の上でおどりまわっています。
(高橋健二訳)


「飛ぶ教室」(1933)のマルチンが描いた絵のことを書くとすれば、もう一枚の『十年後』という絵についてふれなければならない。物語のなかでより重要な意味をもつのは、その『十年後』という作品のほうかもしれないのである。
でも、なぜか、わたしが好きなのは『世すて人』のほうである。
クリスマスの贈物として描かれた絵のほうである。
垣根のそばで手まねきしている三人の少年が小さく描かれている絵のほうである。




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