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835. 海野十三 すり替え怪画 (画家小説百選)

セザンヌ1


「すり替え怪画」(1949)は、海野十三の書いた探偵小説『烏啼天駆シリーズ』の一篇。
探偵・袋猫々(ふくろびょうびょう)と、奇賊・烏啼天駆(うていてんく)の戦い(?)を描く。

 その朝、志々戸伯爵は、自分の書斎に足を踏み入れるや、たちまち大驚愕に襲われた。
 それは書斎の壁にかけてあったセザンヌ筆の「カルタを取る人」の画に異常を発見したためである。
零落した伯爵の今の身にとって、この名画は、唯一の宝でもあったし、また最高の慰めでもあったのだ。この名画ばかりは、いくら商人から高く買おうといわれても、いつもはっきり断った。
 画面は、場末の酒場で、あまり裕でない中年の男が二人、卓子テーブルに向いあって静かにカードを手にして競技をつづけている。右側の男は、型の崩れた労働帽をかぶり、角ばった頤を持ち、そして自分が手番らしく熱心に手の中のカードを見つめている。左の男は、山高帽に似て、いやに中の高い帽子をかぶり細面で、パイプをくわえ、やはり手の中のカードを見ている。このとおり、何でもない場面を描いてあるのだが、伯爵としては、この二人の気楽さと法悦にひたっていることが非常に羨しく、そして心の慰めとなるのだった。だから、欧洲で蒐集した多くの画はだんだん売って売り尽しに近くなったが、この一枚だけは手放さなかったのだ。
 それほど伯爵にとって価値高きこの名画を、伯爵は朝起きるとすぐに書斎へはいって眺めるのを一日中の最大の楽しみとし、またその日の最初の行事ともした。
 ところが、その日の朝、伯爵はこの部屋にはいると、名画の中の二人へ朝の挨拶がわりに横眼でじろりと一眄した瞬間、異常を発見したのであった。
「ばかな。そんなことがあってたまるものか。僕の眼がどうかしているんだろう」
(青空文庫版「すり替え怪画」、冒頭)


先に、山田風太郎の小説について記事を書いた。
とすれば・・・、
直後に並べることができるのは、海野十三の作品くらいしか、ないではないか!
それにしても海野の作品は、読むたびに、その怪腕に唸らされる。
こんなに愉しくてくだらなくて見事な作品を読む場を与えてくれる青空文庫にも、あらためて感謝しておきたいと思う。


以上、報告します。





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834. 山田風太郎 巴里に雪のふるごとく/明治波濤歌

山田風太郎1  山田風太郎2


ちくま文庫には山田風太郎の小説全集が二つある。
明治小説全集(全14巻)と忍法帖短篇全集(全12巻)である。
二つとも文句なしの傑作小説集であることはもちろんだが、それに加えて、装丁、装画がすばらしく、姿が良い。いちど机の上に出してしまうと本箱に戻すのがおしい、それより全冊をずらずらっと並べ出してみたくなるのだから始末が悪い、などと贅沢な悩みを口にだしてしまいそうになる。

さて、本題の『明治波濤歌』(1979-80)は、風太郎の「明治もの」のなかでも大好きな作品である。ちくま文庫では、第9巻、第10巻に、「巴里に雪のふるごとく」など合計6篇が収録されている。これが、すこぶる面白い。6篇いずれも明治の前半期を舞台にした連作短篇集である。
いや、連作短篇の形を取った長編小説というほうが正しいか。

ふり返ると、二人のフランス人が近づいてきた。(中略)
口をきいたのは、黒い服に黒い山高帽、黒いあご鬚をはやした、いかにもまじめそうな若い男であったが、自分は株式仲買人をしている者だが、趣味として絵を描いているという。ところが先刻はからずもかねてから念願していた恰好のモデルを見た。あの日本人の芸人たちのうち、あなた方と何か悶着を起していた美しい娘である。だいぶためらったが、友人もすすめるので御依頼する気になった。事情はわからないが、もし出来たら、あの娘が私の絵のモデルになってくれるように話をしていただけまいか。     .
「で、あなたのお名前は?」
と、長船が訊いた。
「ポール・ゴーギャンといいます」
長船は、そのうしろの、夕暮の風の中にフラフラと立っている、まるでオランウータンみたいな怪異な顔を持つ男に眼を移して尋ねた。
「あの人も絵をかく方ですか」
「いえ、あれは詩人です」
と、絵をかく株式仲買人は答えた。
「友人のポール・ヴェルレーヌと申しますが。-----」

(「巴里に雪のふるごとく」)


物語の中で、歴史上の人物や事件が交差する。
「明治波濤歌」では、北村透谷、樋口一葉、黒岩涙香、川上音二郎、野口英世、白瀬中尉、
果ては、作家のビクトル・ユゴー、詩人のヴェルレーヌ、
そして「巴里に雪のふるごとく」では、(お待ちかね!) 画家のゴーギャン、まで登場するのである。

実在の人物たちが、虚実の狭間を駆け抜けていくさまが、とても面白い。
どの作品でも、明治の人間の生きざまが、風太郎の文章によってくっきりと浮き上がってくる。明治前半記という混乱と混沌と奇妙なエネルギーにあふれた時代を見事に映し出してくれるのである。



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★雨の神

①トラロック


DiegoRiveraTlaloc.jpg


「トラロック」は、テオティワカンやアステカ文明で信仰されていた雨の神である。
画像のトラロックの彫刻は、ディエゴ・リベラの作品(1950~1952)で、メキシコシティのチャプルテペック公園にある。・・・この彫刻は、とにかく大きい。あまりにも大きすぎて、近くで見てもよくわからない。見学者は、ちかくの小高い丘に登り、ようやく全体を鑑賞することができる。
感想は、もちろん、・・・”でっかいね”、である。



②チャック・モール


チャック・モール


チャック・モールは、マヤ文明の雨の神である。
しかし、トラロックとの違いは、実際にはそんなに簡単に説明できるものではないのかもしれない。だから、ここでは別のことを書いておこうと思う。

今日は日曜日なので、ラグニーリャへ出かけていった。ペペの言っていた店にチャック・モールが置いてあった。実物大のじつに見事なものだ。店の主人は正真正銘の本物ですよと太鼓判を押しているが、あやしいものだ。ありふれた石を使ってあるのだが、その優雅なポーズやずっしりとした質感は少しも損なわれていない。(中略)
彫像の代金よりも自宅までの輸送費の方が高くついた。が、いずれにしても彫像はここにある。そのうちトロフィーの飾ってある部屋を片付けてそこに置くつもりだが、ひとまず地下室に入れておくことにする。(中略)
夜が明けると、家中が水びたしになっていた。・・・
(木村榮一訳)


引用したのは、カルロス・フエンテスの短編「チャック・モール」(1954)の一節である。
この短篇(邦訳)が収録されている『フエンテス短篇集』は、岩波文庫の赤帯のなかでも大好きな一冊である。そしてこの「チャック・モール」という作品も、とても味わい深い。ちなみに、引用部の手記の書き手の男は、あわれ海で溺死している。



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★475. リルケ 果樹園

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『果樹園 』(1926)は、リルケの最晩年にフランス語で書かれた詩集である。
“借りものの国語で、なれない楽器を試みるように”これらの詩をかきつづったのには、明解な理由があった。それは “Verger (果樹園)” というフランス語の言葉に、魅せられたからだというのである。

果実のすべてに無数の面を立派に仕上げんものと
気負ひ立つ幸福な果樹園よ、
お前には出来るのだ自らの古き本能を
時の若さに服せしめるさへ。
・・・・・・
(堀口大學訳)


たった四行の引用でいったい何を伝えようというのかという問題はもちろん棚上げするとして、この1926年の暮れにリルケは死す。最後の地は、晩年の棲み家、フランスのヴァレ、アルプス山中の高原地帯であった。   ”いかに彼がこの風土の持つフランス的なものに心をひかれたか”
なんて問題はむずかしいから棚上げしておこうと思う。




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★ BUS STOP in Mexico-City


メキシコ・シティ、一日目。
朝、起きて、ホテルの前の通りを散歩する。
もちろん、『朝もやの中でバスを待っている/メキシコの娘』を探しているのである。

   
6095383230_29bc274718.jpg


カムチャッカの若者が
キリンの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
(谷川俊太郎、「朝のリレー」)



こんな日に限って、天気はピーカン。靄なんかかかっちゃいない。
そしてもちろん、休日で、バスを待っている娘なんかどこにもいないのである。





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☆671. 青梅赤塚不二夫会館 (美術館の階段)

赤塚不二夫会館


「青梅赤塚不二夫会館」は、2003年10月、開館。
建物は、古い土蔵造りの医院を改造したもの。
下の画像は、玄関の石段、及び、二階展示室へ上がる階段。
(クリックすると大きな画像が開きます)



赤塚不二夫会館8  赤塚不二夫会館3

ちょっと記事が短かすぎるような気もするが、もちろん、
これでいいのだ。





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★ ケストナー エーミールと探偵たち

アップルケーキ


さて物語は既に大団円を迎えるところ。
お客さんはみんな到着し、ココアが沸き、アップルケーキも焼き上がって・・

ハイムポルトさんの家は、ほんとうにたいへんなさわぎだった。みんな来ていた。グスタフ、教授、クルムビーゲル、ミッテンツヴァイ兄弟、ゲーロルト、フリードリヒ一世、トラウゴット、ちびのディーンスターク、それからそれから・・・・・・椅子が足りないほどだった。
ポニー・ヒュートヒェンは、大きなポットをもって、あちこちホットココアをついでまわった。マルタおばさんのアップルケーキは最高だった!
(池田香代子訳)


このティー・パーティの愉しさったら!
そう、あの帽子屋のパーティに匹敵するくらい!




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☆670. ピクトグラフ美術館 (美術館の階段)

ピクトグラム0



Googleで「階段のピクトグラフ」の画像を検索してみた。
上の画像は、その結果の一部(スクリーンショット)である。
・・・なかなか面白い。でも同時に、魅力的なサインが少ないな、とも思う。



    ドラクエ、階段

そんな嘆息の一方で、思い出すのは、こんな階段のアイコンである。
せめてこの程度の水準であってほしいと思うのは、わたしだけだろうか?



ピクトグラム3  ピクトグラム2  ピクトグラム1


もちろん失望するだけではない。
横須賀美術館で見た廣村正彰さんのピクトグラフと見事なことときたら!
これをもって "我らが階段のピクトグラフ" のあるべき指標にしたいと思うのであります。




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☆669. メトロポリタン美術館-② (美術館の階段)

MET6603.jpg


メトロポリタン美術館正面の大階段の写真については、悩ましい問題があるという記事を先に書いた。(→ 664. メトロポリタン美術館-① )
つまるところ、あまりに階段のスケールが大きくて、拙いスナップ・フォトグラファーの手に負えないということなのである。

仕方が無いので、前回の記事では、我が愛読書である「クローディアの秘密」から画像の構図とアングルを借りてくるものとした。
そして、今回は、エントランスの大階段の画像は一旦諦めて、美術館の中に入り、グレート・ホールから二階に続くもうひとつの大階段の写真をアップすることにしたのである。再度、御笑覧いただければ幸いである。
(クリックすると大きな画像を見ることができます)

    ☆

さて、上の「階段」の画像には、ちょっとしたお楽しみが隠されている。
写真をようく見ていただくと、階段を昇りきったところに一枚の美しい絵が掛けられているのがわかると思う。


The Triumph of Marius1729Tiepolo

それが、この絵、ティエポロの「The Triumph of Marius」(1729)、である。
まるでティエポロの絵を見るためにだけ、この大階段があるのだと、そんなふうに思えてきたりする。
こちらの画像の方は、ご笑覧ではなくて、ゆっくり御観覧ください。




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