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848. アナトール・フランス 神々は渇く (画家小説百選)

主人公の青年画家、エヴァリスト・ガムランは、熱烈な愛国者であり共和主義者である。フランス革命下のパリ、1793年から1794年、恐怖政治の時代を、彼はどう生きたのか。アナトール・フランスの長篇、「神々は渇く」(1912)は、それを描いている。

しかし、この2年間は、フランス史のなかでも、もっともややこしい時期である。
そんな時代を描いた長編など、とてもじゃないが、わたしには読み切れない。
仕方がないので、手抜きをして、"短篇"として読んでみることにしてみた。

実際に、エヴァリスト・ガムランだけに焦点を当てるのであれば、全29章を読む必要はないと、わたしは思ってみたりする。乱暴な言い方かもしれないが、第1章と第2章を読むだけで、ガムランの物語は、見事に完結するのである。

今や、彼は自由な国民の一人である市民(シトワヤン)として、もろもろの「自由」、「人権」、「フランス憲法」、「共和主義的徳」、「圧政の七頭蛇」を打倒する怪力の「ヘラクレス」すなわち「人民」、等々を、たくましい筆致で描いていた。そしてそうした構図にその愛国の熱情のありったけをこめていた。しかし、悲しいかな、それではめしが食えなかった。(中略)

それよりも、アトリエの最も明るい場所に懸っていた、ひとしく未完成の、もっと小さな絵の方に、ずっと多くの天才と自然さとが認められた。それは苦しみの床の上にあって姉のエレクトラに抱き起こされるオレステスを描いたものであった。若い娘は弟の眼の上に垂れかかっているもつれた髪の毛を、見る人の涙を誘うような身ぶりで掻き上げてやっている。オレステスの顔は悲劇的で美しく、画家の顔に似たところがあった。
(大塚幸男訳)


短篇として読む場合、引用したこの部分が極めて重要である。
ガムラン=オレステス(ニナガワではなく、エウリピデスの悲劇の登場人物)として読めば、この若き画家の肖像がくっきりと浮かび上がってくる。そう思うのである。



・・・しかるに革命がすべてを彼から奪ったのである。彼は馬車の出入りできる門の下で肖像画を描いたり、メジスリ河岸でパン・ケーキやバタ焼きを拵えたり、人民の代表者たちのために演説の草稿を作ってやったり、若い女たちにダンスを教えたりして、生計を立てた。そして今では、梯子を伝って這い入るよりほかなく、天井が低くて立ってはいられない屋根裏の、糊壺と、麻糸の包みと、水絵具の箱と、紙の裁ち屑とのほかには何の家財道具もない部屋で、モリース・ブロトは操り人形を作り、大きな玩具商に売っていた。玩具商はそれを更に行商人たちに売り、行商人たちは小さな子供たちに人気のあるそれらの操り人形を、竿の先に刺して、シャン=ゼリゼで売り歩くのであった。動乱の直中にあって、それに自分自身も大きな不運に見舞われていながら、モリース・ブロトは晴朗な魂を失うことなく、気晴らしにルクレティウスは読んでいたので、赤茶けたフロックコートのポケットからはいつもこの詩人の一巻がのぞいていた。
(大塚幸男訳)


もちろん、ガムランの物語以外に眼を移そうとすると、第3章以降を読み継がなくてはならない。特に、この小説のもう一人の主人公というべき存在、…モリース・ブロトについて知ろうとするのであれば。
この老人が作家の分身であるというのであればなおさら、最後まで読み通し、恐怖時代を泰然として生きてそして死んでいったこのルクレティウスの愛読者である哲人の姿を読み込んでいかねばならない。

蛇足だが、この老人も、また、ちょっとした絵を描いていたのである。




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847. アーサー・ランサム 長い冬休み (画家小説百選)

ナンシー (403)


『ツバメ号とアマゾン号』(1930)にはじまる"ランサム・サーガ" ほど、「画家小説」などという言葉から遠い物語はないかもしれない。そこにあるのは、絵でも詩でも音楽でもなく、子どもたちが冒険に明け暮れる、ただとびきりの夏休みだけなのである。

・・・アーサー・ランサムの「長い冬休み」は、シリーズのなかでは、めずらしい"冬"の物語である。

「冬休みって、ティータイムには暗くなるし、
家の中で寝るから、何もおこらないのよ。」
     ナンシイ・ブラケット

(神宮輝夫訳)


こんなふうに文句を言ったせいなのかどうか、
我らがキャプテン"ナンシイ"は、めずらしいことに、病気になって寝込んでしまう! そして、冒険の途中の仲間たちのために、一枚の絵を描いて送るのである。
画家船長ナンシイの誕生!




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846. マックス・エルンスト 百頭女 (画家小説百選)

鳥類の長ロプロプ
(『パリ盆地では、鳥類の長ロプロプが、
街灯たちに夜の食事を運んでくる。』
「百頭女」第1の章、巖谷國士訳)



マックス・エルンストの「百頭女」(La Femme 100 têtes,1929 )、澁澤龍彦が『現代の最もオリジナルな暗黒小説』と書いたこの本は、同時に、真の"画家小説"と呼ぶにふさわしい一冊でもある。

  こころしたまえ

人の記憶にとどまるかぎり、百頭女はかつて一度なりとも、
再増殖の幽霊と関係したことはない。
これからもそうはならないだろう。
  むしろ、露のなかにひたされて、
凍った菫の花を糧とすることだ。

(『百頭女』第8の章、巖谷國士訳)


この本を見るたびに、いつも思うのは、いつかエルンストをコラージュしてみたい、ということである。その場合、わたしの絵本の主人公は、もちろん、"鳥類の長ロプロプ" にしたいと思う。
以上、報告します。




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☆673. ポール・スミスの階段 (ミュージアムの階段)

PS600.jpg


ロンドンのデザイン・ミュージアムで 『HELLO, MY NAME IS PAUL SMITH』 という展覧会が開催中である。これに合わせてリリースされたiPad用のアプリを見てみたところ、驚くべき発見があった。
なんと、ポール・スミスの創造の源は、"彼の階段"にあったというのである。
・・・すなわち、このアプリの映像は、すべての階段フリークとPAUL SMITH・ファンにとって、必見のインスタレーションだと思う。


My staircase

In the studio I work from in London the whole staircase is full of pictures and it's the same in many of my shops.
It's something I started few years ago because I like the idea that a letter somebody's sent me about their hamster can hang next to a photograph by Bruce Weber, a Giacometti drawing or something I've found in a market. To me all these things are important as each other.

(The 'Hello, My Name Is Paul Smith' iPad app、から引用 )


つまり、彼のスタジオやショップの階段には、自身が蒐めてきた絵や写真やいたずら書きのようなものが壁いっぱいに貼られていて、このコレクションが、ポール・スミスにとって重要なアイデアやインスピレーションをもたらしてくれるのだという。
そして、iPadアプリでは、彼の階段のコレクションをヴァーチャル・ツアーのように見せてくれる。もちろん、画像は、(階段を上がりながら見るように、または下りながら眺めるように)、斜めにスクロールしていくのである。
なお、上の画像の中で、いかにも楽しげに自転車に乗っているのはスミス氏自身である。
以上、報告します。





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845. E・C・ベントリー トレント最後の事件 (画家小説百選)

ベントリー

E・C・ベントリーの「トレント最後の事件」(1913)、
イギリスの探偵小説の古典的名作である。これをもって本格ミステリの黄金時代の嚆矢とする。同時に、それまでの探偵小説を揶揄し皮肉ったアンチ・ミステリでもある。

どの意味でとらえても、ああなるほどと頷くことができる。
今、読んでも、とにかく面白いのである。
チャンドラーは嫌がるかもしれないが、これはハードボイルド探偵小説の先駆役を果たしたというような見方もできるかもしれない。なんたって、トレントも、マーロウも、ファーストネームは同じフィリップというのである。

画家にして画家の息子だったフィリップ・トレントは、二十代のうちにイギリスの美術界である程度の名声を勝ち得ていた。それに、彼の絵は売れた。独創的で、有無を言わさぬ才能と、のんびりとだが、地道に作品を描き、ときおり猛烈に創作意欲にかられる生活ぶりとが、その根底にあった。(中略)なにより彼の成功を助けていたのは、無意識のうちに人に好感を与える才能だった。いい性格や、明るくてユーモアのある人柄は、いつも人気の的になる。トレントは、そうしたものに加えて、人間に対する純粋な好奇心をもっており、それが彼に単なる人気以上の深いなにかをもたらしていた。彼が人について下す判断はよく本質を見抜いていたが、そのプロセスは内面でひそかに進行していた。
(大西央士訳)


この作品のタイトルは、正確には「トレント最初で最後の事件」とした方が良かったかもしれない。主人公の画家、フィリップ・トレントは、物語の中で、もう二度と犯罪推理には手を出さないと宣言しているからである。

邦訳は、創元、早川ともあるが、引用したのは集英社文庫版である。
集英社版では、『乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10』の一冊として、訳出されている。
他の9冊は、赤毛のレドメイン家、黄色い部屋の謎、僧正殺人事件、Yの悲劇、アクロイド殺害事件、帽子収集狂事件、赤い館の秘密、樽、ナイン・テラーズ、である。残念ながら、画家が探偵役として登場する物語はない。





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844. 芥川龍之介 地獄変 (画家小説百選)

芥川


芥川の短篇は、読み方がむずかしいとか、謎が多くて戸惑うとか、そんなふうに言われるものが多いらしい。
「地獄変」(1918)も、その一つである。
例えば、娘を死に追いやったのは誰か? 大臣や良秀や娘は、各々どの時点で娘の死を予期していたのか? 或は、良秀の夢の中に現れて奈落へ来いと云ったのは誰か?さらに、その男が、奈落には己の娘が待つてゐると云ったのはなぜか? 等々、
大正七年の初出以来、現在まで、いろんな解釈が示されてきているらしい。
いやはや、巷の読み手たちは、いつの時代もかまびすしい。


 原作は、話者が大臣をかばひ、大臣をさも人格者のやうに描いて、世間の悪しざまの噂に反証を立ててゐるやうな書き方をしてゐる。(中略)
 これに暗示を得て、私も大臣を可成偽善者に描いた。そして車が火で焼かれるのを見て、はじめてその本質を露はにし、幕切れで異常な昂奮の哄笑をするやうに描いた。大臣の本質は、日本のサド侯爵であり、チェザーレ・ボルジヤであり、幼児殺戮者ジル・ド・レエであると思っていい。
 私が「地獄変」の脚色に興味を持ったのは、大臣、良秀、娘の三主要人物に、私の感情移入が可成容易だと感じたからであった。私は、この大臣の如きブルータルな人物になりたいと日頃念じている。(中略)良秀は、私自身、小説家であるから、感情移入が殊に容易である。娘については、かくの如き嬋娟たる美女を車に入れて焼くことに、私はローマ頽唐期の皇帝の悪趣味を感じて、恍惚として作劇の筆を執ったのであつた。(中略)
 結局、作者の夢は、第二場の頂点で、大臣をはじめ、舞台上のすべての人物が、良秀を除いて、宛然一幅の地獄図を形造り、現実がそのまま、地獄に変貌するさまが、良秀の目に映ずるやうに、観客の目にも映ずることである。
(三島由紀夫・作、歌舞伎版『地獄変』上演プログラムの文章から引用)


もうこれを読めば、悩むことはないのである。
この解釈に異論がある者もない者も、こんなふうにいちどきっぱりと言ってしまうことができれば、それでいいのだと、それ以上なにも思い悩むことはないのだと、わたしはそう思ったりしてみるのである。
なお、三島由紀夫の台本による歌舞伎 『地獄変』 は、1953年に初演された。




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