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853. アーネスト・ヘミングウェイ 海流の中の島々 (画家小説百選)

Hemingway.jpg


「海流の中の島々」(1946-51年頃に執筆)は、ヘミングウェイ、晩年の長編。
第1部ビミニ、第2部キューバ、第3部洋上、という3部構成の形を取る。
作家の死後に出版された作品の一つであり、そのことから遺作であると呼ばれることもあるようだが、内容を見るとそんな呼び方ではとらえきれないほど壮大な物語が展開されようとしていたことがわかる。

 家は港と外海の境目、舌状に細く突き出た岬の天辺にあった。三度の大暴風に堪え、船のように堅牢な家だった。貿易風にたわんだココ椰子の木々が陰を投げかけ、海側から外に出ると、急な崖を降り、白砂を突っ切ってそのままメキシコ湾流の水に入る。湾流の水は、風の無い日に浜から見れば、普通は紺色。が、歩いて入って見ると、真っ白な粉を思わせる白砂の上に緑の光が映るだけで、大きな魚は浜に寄るずっと前から影となって見えるのだ。(中略)
 トマス・ハドソンという男がその家に住み、その家で仕事をしていた。ハドソンは優れた画家であり、年の大半をこの島で過す。この緯度で長く過せば、四季の変化はやはりよそなみに大事な出来事となり、島を愛するハドソンは、春夏秋冬をいっさい逃したくなかった。
(沼澤洽治訳)


・・・物語の主人公は、画家のトマス・ハドソン。
作品の中で描かれる彼の姿は、もちろん作家自身のそれである。
ではなぜ主人公は、小説家ではなくて、画家でなくてはならなかったのか?

その答えは、”作品の第1部を読む限りでは”、簡単であるように思える。
この第1部は、美しい家族の肖像を描いた章である。作家は、それが仮初ではあるにしても、この章ではともかく、幸せな家族の姿を描きかったのではないだろうか。
その為には、主人公は作家ではありえなかった。
主人公が画家であれば(小説家でさえなければ)、幸福な家族小説が書けると、そう見做したのではなかったか。





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852. レーモン・クノー  アリス、フランスに行く (画家小説百選)

Alice (5)

物語の主な登場人物は、アリスと白い男の二人。
フランスに着いたばかりの少女を、男が迎えにきたところである。
・・・いかにしてアリスはこのような奇妙な絵のようなもの(文字のようなもの)を書くに至ったのか?

白い男はアリスが目覚めるのを待っていたみたいで、とても嬉しそうな顔をした。男はさっそくアリスにペンを差し出した。
「何をしたらいいの?」アリスは尋ねた。
「何って! ペンを貸してあげるんだから」
「だから、どうして・・・」
「ひとこと書くためだよ」
「でも、何を?」アリスは尋ねた。
白い男は茫然と立ちつくした。アリスはペンを手にしたままじっとしていた。それにインクがないのに気づいた。
「そんなことはどうでもいい」白い男は言った。「インク無しで書きなさい」
男はろうそくを眺めて泣きそうになった。ろうそくの炎が突然弱まり始めていたのだ。
「一言でいいから!」男は声をあげた。
「この人を喜ばせてあげよう」アリスはそう思い、意を決してペンを取ると、次のように書いた。
「La Lune(月)」
「それじゃあ、ふたことになるぞ」ピエロは険しい口調で言った。
(塩塚秀一郎訳)


レーモン・クノーの短篇、「アリス、フランスに行く」(1945)は、もちろんただのパロディではない。
『不思議の国のアリス』や民謡『月の光に』を捩るかたちをとりながら、得意の言葉遊びの場に読者を連れて行こうというのが本線なのだろう。訳者によれば"慣用的言語表現を反転させてみる"というような試みである。とすれば・・・、
日本語で読むのはなんてむずかしいのだろう!と、嘆くことになりかねないのだが。

実際には、そうでもない。愉しく読むことができる。訳文の力を借りながら、ははあん、これはいつものクノーの調子なんだなと、すぐにたのしむことができると思う。そんな小品である。
しかしアリスの書いた"絵のようなもの(文字のようなもの)"、愉しいよね!!
以上、報告します。



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☆ペルガモン博物館 (ミュージアムの階段)

CIMG0518 (2)

世界遺産として登録されているベルリンの博物館島には、上の図のように五つのミュージアムが建ち並んでいる。①がボーデ博物館、②がペルガモン博物館、④が新博物館、⑤が旧・ナショナルギャラリー、⑥が旧博物館である。いずれも、1830年代から1930年代にかけて建てられた古典様式の重厚な建物で、外から眺めているだけでその背景にある歴史の重さが感じられて胸が騒ぐ。そして、各美術館それぞれに興味深い"階段"を有することはもちろんである。



Pergamonmuseum02.jpg
             (Photo;This is a file from the Wikimedia Commons.)

ペルガモン博物館では、まず、館名の由来にもなっている"ペルガモンの大祭壇"を見なければならない。


「ペルガモンの大祭壇(ゼウスの大祭壇)」(紀元前180年-160年頃)-紀元前2世紀、小アジアのペルガモン(現・トルコ)で建造された大祭壇が博物館内に再構築されている。全長100メートル以上に及ぶ浮き彫りはギリシャ神話の神々と巨人族との戦いを表したもので、ヘレニズム期の彫刻の代表的なものである。1864年、カール・フーマンらが発見し、ドイツに持ち帰ったものである。
(wikipedia)


印象としては、とにかく大きいのである。
大きすぎて、わたしのデジカメでは全容を写すことができない。
仕方がないので、画像をwikipediaから借りた。
こんな横長の画像でも、まだ祭壇の左右に広がるレリーフは入りきらないのである。

それでもしかし、この大祭壇だけで驚いていてはいけない。
博物館には、古代のギリシャ、ローマ、中近東のヘレニズム美術品、イスラム美術品など、驚くべき収蔵物がいっぱいで、油断していると見学の時間切れということになりかねないのである。
例えば、バビロニアのイシュタール門、サラセン帝国のムシャッタ宮殿のファサード、古代都市ミレトスの市場門等々、大物がずらり! 眼を休める暇もない。


Pergamon Museum, Berlin

そしてそれからもうひとつ、美しい階段を忘れてはならない。
博物館の外側、外周道路からエントランスに繫がる、運河にかかった"階段橋"である。
この階段で運河を渡っていると、まるで博物館島自身が運河に浮かぶ大きな船のようであると、昇っているのは階段ではなくて船にかかるタラップなのかなと、そんな気持ちがしてくるのである。
以上、報告します。




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☆676. ペルガモン博物館 (ミュージアムの階段)

CIMG0518 (2)

世界遺産として登録されているベルリンの博物館島には、上の図のように五つのミュージアムが建ち並んでいる。
①がボーデ博物館、②がペルガモン博物館、④が新博物館、⑤が旧・ナショナルギャラリー、⑥が旧博物館である。いずれも、1830年代から1930年代にかけて建てられた古典様式の重厚な建物で、外から眺めているだけでその背景にある歴史の重さが感じられて胸が騒ぐ。そして、各美術館それぞれに興味深い"階段"を有することはもちろんである。



Pergamonmuseum02.jpg
             (Photo;This is a file from the Wikimedia Commons.)

ペルガモン博物館では、まず、館名の由来にもなっている"ペルガモンの大祭壇"を見なければならない。


「ペルガモンの大祭壇(ゼウスの大祭壇)」(紀元前180年-160年頃)-紀元前2世紀、小アジアのペルガモン(現・トルコ)で建造された大祭壇が博物館内に再構築されている。全長100メートル以上に及ぶ浮き彫りはギリシャ神話の神々と巨人族との戦いを表したもので、ヘレニズム期の彫刻の代表的なものである。1864年、カール・フーマンらが発見し、ドイツに持ち帰ったものである。
(wikipedia)


印象としては、とにかく大きいのである。
大きすぎて、わたしのデジカメでは全容を写すことができない。
仕方がないので、画像をwikipediaから借りた。
こんな横長の画像でも、まだ祭壇の左右に広がるレリーフは入りきらないのである。

それでもしかし、この大祭壇だけで驚いていてはいけない。
博物館には、古代のギリシャ、ローマ、中近東のヘレニズム美術品、イスラム美術品など、驚くべき収蔵物がいっぱいで、油断していると見学の時間切れということになりかねないのである。
例えば、バビロニアのイシュタール門、サラセン帝国のムシャッタ宮殿のファサード、古代都市ミレトスの市場門等々、大物がずらり! 眼を休める暇もない。


Pergamon Museum, Berlin

そしてそれからもうひとつ、美しい階段を忘れてはならない。
博物館の外側、外周道路からエントランスに繫がる、運河にかかった"階段橋"である。
この階段で運河を渡っていると、まるで博物館島自身が運河に浮かぶ大きな船のようであると、昇っているのは階段ではなくて船にかかるタラップなのかなと、そんな気持ちがしてくるのである。
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851. ジョルジュ・サンド ピクトルデュの城 (画家小説百選)

george sand les contes dune grand mère  george sand les contes dune grand mère2


ジョルジュ・サンドの「ピクトルデュの城」(1873)、
最晩年の短篇小説集『祖母の物語』(1872-1875)に所収の一篇。
この短篇は、作家が孫娘のために書いた物語であるという体裁を取っている。
ただし、それはあくまで体裁であって、そこには彼女の芸術論(芸術家論)や女性論が明確に組み込まれている。童話だと思って読むと当然ながらすこし手ごわい。

彼女は切り出します。「私にはいつも離れない一つの考えがあるのです。それは顔で、それを見つけなければならないのですが、それが見つからないのです」
「どんな顔だ? 相変わらずヴェールの婦人か? 子どもの気まぐれが、いまこんなに大きくなって、しっかりものを考えることができるようになったのに、離れないのか? 」
「ああ! この気まぐれは決して離れないのです。ヴェールの婦人に、『私はお前のお母さんですよ。お前が私に顔を返してくれれば、お前は私の顔を見ることができるのよ』と言われて以来です。すぐには分かりませんでした。でも少しずつ分かってきたことは、私の母の顔、一度も見たことのない顔を描かなければならないということです。そしてそれこそ私が求めていたものでした。母はとても美しい人だったと聞きました。私によほどの才能がなければ、おそらく母に近い姿を描くのは不可能でしょう。(中略)私の描く顔はみんな下らないか、凡庸なものです。父がモデルを美化するのにどういう方法を使うのか、眺めます。父はモデルを確かに実際より美しく描いています。今それが私にはよく分かります。(中略)私の頭の中にあるのは、描くものをありのままに描くということです。もし私に才能があれば、パパの描くのとはまるで違うように描くだろうということがよく分かっています。私が苦しく、悩むのはそこなんです。」
(小椋順子訳)


ここでの語り手は、画家を父に持つ12歳の少女、ディアーヌである。
少女は、絵を描くことについての悩みを、"よき相談役"のドクターに話している。
作家は、物語のあちらこちらに、妖精や、荒れ果てた古城や、ヴェールで顔を隠した謎の婦人など、ジュヴナイルやファンタジーにとっては当たり前の仕掛けや常套句やアイテムを散らばせながら、一方で、ヴェールに包んだ芸術論をこっそりと陳べ立てる。
・・・作家の言いたいことはようくわかる。ようく理解したと思う。
そう思うのではあるが、本当はやっぱり、サンドが書いた童話らしい童話を読みたかったなと、密かに思ったりするのである。




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850. カフカの「審判」における画家登場の背景とティトレリの苦悩 (画家小説百選)

Pierre Siegenthaler Maler Titorelli
(Pierre Siegenthaler 「Maler Titorelli」
;Düsseldorfer Schauspielhaus "Der Prozess" 2012-2013)


「カフカの『審判』(1914-15)における画家登場の背景とティトレリの苦悩』
(2014-15;CiNiiiiiより一部を転載)

(承前) 前項までの論証により、 K が少女 A の物語を愛読していたことが明白になった。
とすれば、この画家ティトレリの登場する章が、一種の「コーカスレース」か、或は「終わることのないお茶会」のような構造を持つことも不思議ではなく、さらに、画家ティトレリが意味のない長い長い話を語り続けるのも、それが「イモムシの助言」か「代用ウミガメの話」か「帽子屋の長口上」のようなものと考えれば辻褄が合う。つまり、ティトレリが得意なのは、絵画 (Drawing)ではなく、だらけた話(Drawling) だったのである。

「荒野の風景です」と、画家は言い、Kにその絵を手渡した。二本の弱々しげな樹が描かれていて、はるかな距離をおいて黒ずんだ草の中に立っていた。背景は多彩な日没の光景だった。
「いいですね」と、Kは言った。「いただきましょう」
Kは考えもなしにひどく手短かに言ったが、画家がその言葉を別にわるくもとらず、二番目の絵を床から取上げたので、ほっとしたのだった。
「これはその絵とは反対傾向の作品です」と、画家が言った。反対傾向の作品のつもりだったのだろうが、最初の絵に比べて少しのちがいも認められず、ここには樹々があり、ここには草があり、そこには日没がある、というようなものだった。だが、Kにはそんなことはどうでもよかった。
「美しい風景ですね」と、彼は言った。
(「審判」第七章 弁護士・工場主・画家、原田義人訳)


かくしてKは、裁判の場へ連れていかれる。(第10章 ロブスターのカドリール
玉座の前で行われている裁判では、ハートのジャック K が女王のタルトを盗んだ疑いで起訴されており、布告役の白ウサギが裁判官役の王たちの前で その罪状を読み上げる。その間に自分の身体が勝手に大きくなりはじめていることを感じる。K は何も知らないと証言するが、王たちは新たな証拠として提出された詩を検証して、それを K の有罪の証拠としてこじつける。K は裁判の馬鹿げたやり方を非難しはじめ、ついに「あんたたちなんか、ただの裁判官のくせに!」と叫ぶ。すると裁判官たちはいっせいに舞い上がって K に飛び掛り、K が驚いて悲鳴をあげると、次の瞬間に自分が土手の上に寝ていることに気がつく。夢をみていたことに気づいた K は自分の冒険を語って聞かせたあとで走り去ってゆく。




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☆675. ベルリン・新ナショナルギャラリー (美術館の階段)

20_Neue_Nationalgalerie_MeisseKopieD_02.jpg

ベルリンの新ナショナルギャラリーは、博物館島ではなく、旧・西ベルリンのティーアガルテン地区にあって、近現代の絵画をコレクションの中心としている。古典ファンであれば、その収蔵品はやや物足りないなどと、愚痴の一つも出ようものであるが、実はここにはここの愉しみが待っている。
それは、ミース・ファン・デル・ローエの設計した建物である。
この平べったい(失礼!)、どこまでも水平に広がっていくような、直線ばかりの建物が、一目見て好きになった。


国立新美術館

ところが、御覧のとおり平屋のような形状である。
いったい"階段"の出番はあるのか?


Neue Nationalgalerie02  Neue Nationalgalerie (2)  

中に入ってみると、地階が展示室になっている。
一応、階段もあるのである。(↑) しかし、
魅力には乏しい。これなら平屋でもよかったなぁと、失礼なため息が少しだけ、白く残ってすぐ消えた。



CIMG0804 (2)  CIMG0805 (2)  

それから、もちろんのことであるが、収蔵品について物足りないなどとケチをつけたまま終わるわけにはいかない。この、ジャコメッティの"版画やプリント"の作品群のような、魅力的なコレクションも多いのである。
以上、報告します。



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★499. シュトルム 広間にて (フルーツ小説百選)

theodor storm im saal


「広間にて」(1848)は、シュトルムの最も初期に書かれた短篇の一つ。
ドイツの田舎町の、ある家族の一日を描いたもの。
邦訳は、岩波文庫版の短編集『みずうみ』に所収。

女の子をのせたぶらんこは、きらきら陽に光りながら、あがったりさがったりする。明るい捲き毛がこめかみから離れてそよぐ。でも、その子には、どこまであがっても、もうこれでいいということがない! とうとうぶらんこが音を立てて、菩提樹の梢のなかへ飛びこんだものだから、小鳥が両側の果樹棚からぱっと飛び立って、そのはずみに、熟れきった杏が地面へころげ落ちたっけ。
『何だろう、あれは?』
と青年は言って、ぶらんこをとめた。
その問いがおかしくて、女の子は笑った。
『鳥のイリッチよ。いつもはあんなに臆病じゃないんだけど』
青年は女の子をぶらんこからおろし、それから二人は果樹棚の方へ歩いていった。そこの藪のなかに、暗黄色の実が落ちていた。
『君とお友だちのイリッチが、君にご馳走したんだよ!』と青年が言った。女の子はかぶりを振って、美しい杏の実を青年の手にのせ、低い声で言った。
『あなたにご馳走したのよ!』
(関泰祐訳)


シュトルムの短篇を読んだ後は、いつも言葉を失ってしまう。
こんなふうに美しい作品を読んだあとに、何か言うべきことがあるだろうか? という感じ。
美味しいフルーツを食べ終わったあとと同じである。小説の方は、口を拭う必要もない。



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☆674. ベルリン・絵画館 (美術館の階段)

The Fountain of Youth

ベルリンの絵画館(Gemäldegalerie)は、13世紀から18世紀のヨーロッパ絵画をコレクションの核としている。
デューラー、ヤン・ファン・エイク、フラ・アンジェリコ、コレッジョ、ラファエロ、ティツィアーノ、カラヴァッジオ、ピーテル・デ・ホーホ、ルーベンス、フェルメールら、巨匠たちの作品が揃っている。

しかし、わたしにとってこの美術館は、なんといっても "クラナハ" の美術館である。上の画像の中央のベンチ(一等席である!) に腰かけて、じっくりと目の前の三枚の クラナハ を鑑賞する(贅沢である!) 。
中央の絵が『若返りの泉』(1546)、左側が『ヴィーナスと蜂蜜泥棒のクピド』(1537)、右側が『ヴィーナスとアモール(クピド)』(1530頃) である。


さて、当ブログの只今のテーマは、あらためて言うまでもないが"階段(step)"である。今日の記事については、正確には、踏み台(step)である。

Venus and Cupid, the Honey Thief1537  『ヴィーナスとアモール』クラナハ1530頃

なぜ右側のクピド(ヴィーナスの息子、愛の神) だけが、踏み台に乗っているのか??? わたしには、それが気になって仕方がないのである。
これと比べれば、この絵画館のエントランスの階段のことなど瑣末なことである。最後に写真を一枚、アップしておけばそれで満足なのである。


CIMG0436 (3)


以上、報告します。




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849. マネット・サロモン/カフカの日記 (画家小説百選)

ゴンクール兄弟の書いた「マネット・サロモン」(1866)は、画家小説集を編むとして、欠かせない一冊である。
時間軸としては、バルザックの「知られざる傑作」(1831)と、ゾラの「制作」(1886)の間に位置付けられる、いわば訳されざる名作である。
邦訳がないからといって、これを読み飛ばしてしまうと、そこにぽっかりと穴が開いてしまう。仕方がないからとその穴に、同じ年に書かれた「罪と罰」を投げ込んでみても埋め合わせにはならない。その前年の穴にならウサギがいたかもしれないが。

仏文出身の友人、Kクンに訊いてみる。
曰く『この小説は、コリオリとアナトールという二人の画家を主人公とするヒューマン・コメディだ。1840-1850年代にかけてパリの画塾で学ぶ若い芸術家たちの生き方、そして画壇やサロン展のありさまを描いている。
当時の印象派やバルビゾン派の画家たちへ大きな影響を与えたという見方もある。小説では、才能ある画家だったコリオリスは、一人の女性と恋に落ち結婚生活に入る。それ以降は、画家としての野心も創造性も失い、日常性に埋没してしまう一方である。つまり、結婚とは、芸術家の嘆かわしい死を意味するのである。作家は、独身と禁欲を称え、女嫌いを標榜しているかのように見える。・・・』

しかし、わたしが聞きたかったのは、そんなことではなかった。その程度のあらすじならAmazonの洋書コーナーへ行けば書いてある。わたしが知りたかったのは、"マネット"がどんなに魅力的な女性だったかである。その"輝くばかりの肉体を持つ"という女性について知りたかったのだ。


マネット

それならこれでも見ておけばと、Kクンが貸してくれた本の表紙が、上の画像である。 このルーベンス風の脹よかな肉体! ほんとうにこれがマネットの正体なのだろうか?!

確実を期すために、ひとりの信頼すべき証言者を呼んでみよう。
紹介します、カフカ君です。

Nのところの女事務員は、ぼくに一年半前パリのオデオン座で、マネット・サロモンを演じた女優を思い出させた。少なくとも彼女が坐っているときはそうだった。ウール生地で締めつけられた、柔らかい、高いというよりはむしろ幅広い胸。口のところまでは幅が広いが、それから急に細くなっている顔。簡素な髪形のまま放置された、自然のままのカール。がっちりした体に秘めた熱情と落ち着き。(中略)その様子が、いかにも彼女の内部にマネット・サロモンがいるかのような感じを与えたのだった。
(カフカの日記、「1911年11月8日」、谷口茂訳)


つまりこういうことか。マネットとは、・・・幅広い胸、口のところから急に細くなっている顔、簡素な髪形と自然なカール、がっちりした体に秘めた熱情と落ち着き!! そしてカフカは、こんなことも書いている。『彼女は、歩き回ったりしながら、三十分間に二語か三語しか発しなかった』!!!

ここに至って、イメージは固まってきたと思う。
つまるところマネットとは、寡黙で脹よかな肉体を持つ美女、なのであろう。




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