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862. 飯島耕一 小説平賀源内 (画家小説百選)

西洋婦人図
(平賀源内「西洋婦人図」,18世紀後半)


飯島耕一は、1953年、詩集『他人の空』を刊行、詩人として出発した。
自らを戦後詩の最終ランナーと称するが、詩以外の活動も多い。散文も書いた。
「小説平賀源内」(2002年)は、彼の"超現実主義小説、三部作"の一冊。
他の二冊は、「暗殺百美人」(96年)と、「六波羅カプリチョス」である。
いずれも詩人ならではの不思議な調子の小説で、すこぶる楽しませてくれる。

「小説平賀源内」は、平賀源内と秋田蘭画の小田野直武と曙山(佐竹義敦)の三人の人物に焦点を当て、彼らの「悲劇と謎にみちた」物語を描く。登場人物は、軽く時空を超え、作者も読者をも含めた彼我の意識が物語上で交わる。
そんな不思議な構造の小説だ。
しかし、難解ではない。時代の証言者として登場する司馬江漢(画家)や朋誠堂喜三二(黄表紙作者)が、読者に対して親切な解説役をつとめてくれるからだ。

「三宮のN美術館で、その日の朝の十一時ごろでしたか、あなたが描いたと伝えられる『西洋婦人像』を見ましたよ。(中略)ほかに、ぼくは『椿に文鳥図』・・・・・あの佐竹曙山の・・・・・とか、『蓮図』・・・・・小田野直武の絵にめぐり合いたいと考えていました」
「小田野直武・・・・・ふむ、小田野直武か・・・・・なつかしい名前をきみは吐いてくれたなぁ。小田野か・・・・・角舘の宿屋だった。まだ二十五になったところだといった。わたしは鉱山技師として、阿仁銅山の立て直しを求められていた。(中略)わたしは彼に、かなり熱心に長崎仕込みの洋画の陰影法を伝授した。そういうことがあった。その小田野が本藩の藩主佐竹義敦、号は曙山に、またその技法を伝えたのだ」
(「小説平賀源内」,19-20頁)


江漢や喜三二のおかげで、この悲劇と謎にみちた物語がすらりと読めた。
彼らのおかげで、本草学者であり、地質学者であり、蘭学者であり、医者であり、殖産事業家であり、戯作者であり、浄瑠璃作者であり、俳人であり、発明家であり、そしてそして蘭画家でもあった平賀源内という人物のことも、まんざら悪い奴でもないなと、感じることができたのであった。
以上、報告します。

    

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☆681. クロイスターズ (ミュージアムの階段)

クロイスターズCIMG6503

クロイスターズ(ニューヨーク;メトロポリタン美術館分館)へは、市内から地下鉄のAラインで行く。
つまり。”Take the 'A' Train”、ってわけである。
それだけで嬉しくなるのは、わたしだけだろうか。
もちろん、クロイスターズの楽しみは、それだけではないのであるが。


クロイスターズ(1938年、開館)は、中世ヨーロッパの修道院の建築様式を模して造られた。
丘の上の石造りの建物は、それ自体がとてつもなく美しいものであるが、特に印象深いのは、「スロープ」と、「回廊」である。


●クロイスターズCIMG6534  ●クロイスターズCIMG6543

地下鉄の駅から、公園の林の中を抜けると丘陵地に建つクロイスターズの姿が見えてくる。その道路側から丘の上の美術館に至る「スロープ(斜路)」が、まずは魅力的であると書いておかねばならない。
さらに、「回廊」の美しさときたら! ・・・クロイスターズの回廊は、フランスの僧院で使われていた中世の回廊を移設し修復したものである。その見事さは、回廊の陰から修道僧が飛び出てきて、・・・四人の僧侶/庭園をそぞろ歩き/ときに黒い布を巻きあげる、という有名な詩句そのままの情景が思い浮かぶほどなのである。


●クロイスターズCIMG6553

しかし、しかし、しかし、クロイスターズの階段が箸にも棒にもかからぬ級であると言っているわけではない。
例えば、この階段! 薄暗い展示室の向う側に、小さな窓が切られていて、そこから光が射し込んでいる。その仄明るさの加減が絶妙である。まるで、そこから修道僧が現れて、・・・四人の僧侶/めいめいの務めにはげむ/聖人形をおろし/磔に牝牛を掲げ・・・、という有名な詩句そのままの情景が思い浮かぶほどである。
ただ、斜路や回廊の見事さと比べると、ほんの少しだけ形勢が悪いというだけのことなのである。




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☆680. 江戸東京博物館 (ミュージアムの階段)

江戸東京博物館8442

両国駅近くにある「江戸東京博物館」、
建築設計は菊竹清訓。地上7階、地下1階の巨大で異形の建物は、江戸らしくないとか、隣接する国技館の建物とそぐわないとか、評価は毀誉褒貶相半ばするらしいが、実は"階段好き"にとってはなかなか味わい深いミュージアムでもある。
それは独特の高床式構造に依る部分が大きいのかなと思う。



江戸東京博物館8441


1階の道路側から、3階から上にある展示ゾーンまで、見学者たちを如何にうまく誘導していくかという命題に対応するために、この建物には多種多様で大量の階段、エスカレーター、エレベーター等の昇降装置が設けられている。
特に、高床の下の部分・・・3階の屋外広場を中心として、そこから下への階段、そこから上への階段やエスカレーターなど、これらの複雑な昇降装置群は大きな見ものであると思う。
例えば、この、桜の木の向うに見える、臙脂色のチューブ式昇降装置のチャーミングなこと!!



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861. W・シェイクスピア ソネット 第24番 (画家小説百選)

シェイクスピアの「ソネット集」(1609)、吉田健一訳、
といえば、第18番の詩、「君を夏の一日に喩へようか」というあまりに見事な訳文を思い浮かべてしまう。
わたしが好きなのも、それである。
しかし、ここで引用するのは、"画家"が登場する第24番の方である。
こちらもなかなかに味があって、特に、「併し眼にはまだ足りない所があつて」というところなど、唸らされてしまう。

私の眼は画家になつて、君の美しさを
私の心に写し取った。
私の体の中にその絵があつて、
このやうに優れた遠近法で描かれた絵はない。
何故なら、画家自身を通してでなければ、
君の本当の姿が写されてゐるのが見えないからで、
それは私の胸の奥にある工房に掛り、
君の眼がそこの窓になつてゐる。
かうして眼と眼は助け合ったので、
私の眼は君の姿を描き、君のは私の
胸の窓になつてくれて、それを通して太陽が
君が見たくて覗き込む。
併し眼にはまだ足りない所があつて、
眼に見えるものは写せても、心のことまで及ばない。

(シェイクスピア、ソネット 第24番 ;吉田健一訳)


訳者曰く、『翻訳に就て確かに言えることの一つは、我々が原作に何かの形で動かされたのでなければ、碌な仕事が出来ないということである。』
吉田健一の訳業を見るたびに、わたしがいつも思い浮かべるのは、この一文である。
もちろん、世の中にはなんてひどい訳文が多いことかなどと嘆くのではなくて、碌なブログの記事も書けないことについて、もって自戒すべし、であると。



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★677. 青淵文庫 (ミュージアムの階段)

この時期、拙ブログにとって、記事を書くのは難しい。
だいたい、海外小説には、それがほとんど登場しないし、
ミュージアムにしても、都合よく階段とそれとを一緒に収めた画像なぞ、なかなかないってものだからである。


青淵文庫


青淵文庫は、飛鳥山の旧・渋沢庭園の中にあって、大正期(1925)に建てられた当時の姿を残している。
この建物の美しさは、まさに「筆舌に尽くし難い」級である。
殊に、外壁の月出石やすこし緑色を帯びたタイルとステンドグラスの美しさときたら! ちょっと、ル・コルビュジエの西洋美術館の建物を連想したりする。いやはや、機会があれば、こんな階段の画像ではなく、建物の全貌をぜひ鑑賞していただきたいと切に思う。
それはまあともかく、今日のところは、この"桜と洋館の図"を御笑覧ください。




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860. レイモンド・カーヴァー メヌード (画家小説百選)

Menudo.jpg
 (Menudo,a traditional Mexican soup)

小説の登場人物について言うと、こんな人物ならぜひとも友人になってほしいと思うことがある。
いわば理想の"友人像"である。
すぐに思い浮かぶ人物をひとり挙げるとすれば、まずは『ワトソン君』ということになるだろうか。
・・・ジョン・H・ワトスン、医者であり、シャーロック・ホームズの友人であり、伝記作家の彼である。優しく、愛情が深く、誠実で、正義感にあふれ、純粋で、勇敢で、そして気のいい酒飲みである。

 アルフレードがやってきて、椅子を引いてテーブルの僕の隣に座った。彼はその大き絵描きの手を僕の肩に置いた。僕はまだ震えつづけていた。彼の手は僕の体の震えを感じ取ることができた。
「おいおいどうしたっていうんだよ?お前もいろいろと大変だとは思うよ。まあ相当にきついわな、それは」それから、よしひとつメヌードを作ってやろう、と彼は言った。「神経が休まるよ」と彼は言った。「気分がすっと収まるからさ」メヌードを作るための材料はばっちり揃ってるんだ、と彼は言った。それに俺どうせそろそろ作らなくちゃなって思っていたところなんだ。
(村上春樹訳)


レイモンド・カーヴァーの短篇「メヌード」(1987)、に登場する画家のアルフレード君もまた、理想的な友人像のひとりとして挙げることができるだろうと思う。
物語の中で、中年男の"僕"が、妻の入院やらなにやらで、すっかり自分のバランスを失ってしまい、どうしようもなくおかしくなっていたときに、このアルフレード君は"僕"の神経を休めようと、真夜中であるにもかかわらず台所に立ってメヌード(メキシコ風の牛の内臓のスープ)を作ってくれるのである。

ね、ワトソン君に負けず劣らずイイヤツだなって思うのも当然でしょう?
以上、報告します。



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859. 三島由紀夫 貴顕 (画家小説百選)

花ざかりの森


画家小説集を編むにあたって、一冊くらいは、  単純に、主人公が画家であるという小説ではなくて、  逆に、 "自分が画家(芸術家)ではなかったという残酷な発見"の物語が混じってもいいだろうと思う。三島由紀夫の「貴顕」(1957)は、そんな作品である。

・・・少年時代から、死にいたるまで、治英の関心は絵画の上を離れなかった。

彼はのちに宗達のすぐれた鑑賞家になったが、絵画に対して、彼が不断に惹かれていたのは何だったかと私は考える。静止がまずまず彼をとらえた。画面の完結性がついで彼をとらえた。彼の父が蒐集家であったので、治英の育った環境は、東西の各種の名画に埋もれていた。(中略)
治英は少年時代から、陶酔的な生や外界の事物に対する或る疎遠な感じを抱いていたらしく思われる。(中略)
彼の絵画に対する関心は、おそらくこの無関心からはじまった。治英は何事をも彼に強制しない芸術として絵画を愛した。画家は絵画のこんな定義に多分憤然とするだろうが、彼にとってはそうだったのだから仕方がない。


この作品は、三島の学校の先輩で、早逝した徳川義恭氏をモデルにしたものであり、亡友への追憶として書かれたものらしい。
徳川義恭氏は、三島の処女作品集『花ざかりの森』(1944,七丈書院)の装丁を担当していた。その本の画像を揚げておこうと思う。



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858. 石川淳 至福千年 (画家小説百選)

至福千年


「至福千年」(1967)は、幕末の江戸を舞台に起こる架空の革命騒動を描いた長篇。救世主が地上に再臨し一千年の地上の楽園を実現するというヨーロッパの至福千年思想を、1800年代の江戸に置き換え、隠れキリシタンたちが起こす不思議で哀しくて、そして奇妙で妖しい抗争と闘争の物語を描いた作品である。
主たる登場人物は、次の5人、何れも魅力的な怪人たちである。

 加茂内記;白狐を使う妖術者、元・稲荷神社の神官、無政府主義的革命家。
 松太夫;本所の松師、内記と対立し、独自の世直しを志向する。
 東井源佐(更源);更紗絵描き職人、内記の配下であったが、破門され、一匹狼の過激派として動く。
 じゃがたら一角;内記の弟子だが、後に反逆する。
 冬蛾;俳諧師、旗本崩れの道楽者、作中、狂言まわし的な役割をつとめる。

 まず水。その性のよしあしはてきめんに仕事にひびく。江戸府内のことにして、谷中三崎か浅草堀田原あたりの水ならば京の水にもめったにおとらない。この浅草堀田原というところは蔵前八幡の裏手にあたって、北よりに馬場、南よりに御蔵小揚組屋敷を控えた一筋道、道のほとりに町屋があり、中に一軒、しもたやのように見える格子の戸ぐちに木彫の面を掲げたのが目じるしになった。面はどんぐりまなこの、鷲鼻たかく、あごを四角に張って、髪の毛の渦を巻いたのはどうやら南蛮くさいつらがまえとおもわれたが、ひとは外道の面と呼んだ。ここが東井源左の住居でもあり仕事場でもある。なに、号なんぞはいわなくても、ただ更源(さらげん)で通る。仕事はすなわち更紗をえがくことであった。
(「至福千年」、冒頭)


当然、ユートピア小説であるので、最後は夢が叶うことなく、幻の中に物語は閉じていくことになるのだが、その魅惑的なストーリーと、登場人物=悪漢や怪人や革命家たちは、強烈で、強力で、たぶんすべての読み手を魅了して、麻痺させて、そして打ちのめしてしまうだろう。
もちろん、画家というよりも絵描き職人として登場する"更源"なる人物の魅力的なことときたら!
その怪しい魅力をもってすれば、この作品を画家小説集に編じることにも、きっと賛同が得られるだろうと思うのである。

以上、報告します。




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857. バルザック 知られざる傑作 (画家小説百選)

Picasso01.jpg
(Pablo Picasso,『Bald Painter Before his Easel』,1927)


バルザックの「知られざる傑作」(1831)は、ようく知られた傑作である。
もちろん”画家小説選集”には欠かせない一篇でもある。
この邦訳で50頁ほどの短い作品の中には、19世紀の芸術家による”芸術(家)論”が、いっぱいに詰まっている。
バルザックによる”芸術学講義”を、時空を越え、いながらにして聴講することができるというわけである。

1612年も暮近く、12月のある寒い日の午前、見たところひどくみすぼらしい身なりの若い男が、パリのグラン・ゾーギュスタン街の、ある家の門口の前を行きつ戻りつしていた。はじめて恋をした男は、いくら相手がなびきやすいたちだろうと、いざ女の家をたずねようという段になると、二の足を踏んでぐずつくものだ。この男もちょうどそれと同じような思いきりの悪いかっこうで、かなり長いあいだそこの町筋を歩きまわっていたが、やっとのこと門口の敷居を踏みこえると、フランソワ・ポルビュス画伯が在宅かどうかをたずねた。年とった女が一人、せっせと階下の広間を掃いていたが、いらっしゃいますと答えたので、青年はゆっくり階段をのぼっていった。
(「知られざる傑作」,冒頭部、水野亮訳)


セザンヌは、『画家たるものは皆、少なくとも年に1回はこの作品を読み返すべきだ』と語ったことがあるという。
ピカソには、そんな殊勝な気持ちは似合わないように思うものの、この短編に魅せられたことは同じらしく、上の画像のような挿絵を残している。後年の画家たちにも、ここで語られた芸術家論は、大きな影響をもたらしたということなのだろう。
以上、報告します。


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856. アントニオ・タブッキ 夢のなかの夢 (画家小説百選)

Caravaggio.jpg
   (カラヴァッジョ、『聖マタイの召命』、322×340cm、1599-1600)


タブッキの連作短編集「夢のなかの夢」(1992)には、20篇の作品が収録されている。作家が愛する20人の芸術家たちが"見たかもしれない夢"を、巨匠たちへのオマージュの意味を込めて書き綴っている。

例えば、ここで引用する一篇のタイトルは、『画家にして激情家、カラヴァッジョことミケランジェロ・メリージの夢』、というものであるし、他の19篇も同じような形で、ダイダロス、オウィディウス、ヴィヨン、ラブレー、ゴヤ、ロートレック等の名を冠した題名が付けられている。

1599年1月1日の夜のこと、娼婦のベッドのなかで、画家にして激情家、ミケランジェロ・メリージ、通称カラヴァッジョは、神の訪問を受けた夢を見た。神がキリストのすがたをして訪れ、自分を指さしていた。ミケランジェロは居酒屋にいて、金貨を賭けて遊んでいる最中だった。(中略)
おれかい?おどろいてミケランジェロ・メリージは訊き返した。おれはお召しを受けるような聖人なんかじゃないぜ。たかが一介の罪深い民のおれが選ばれるはずがない。
(和田忠彦訳)


さて、"カラヴァッジョの見たかもしれない夢"とは、何か。
それは、彼の代表作の一つである『聖マタイの召命』という絵をめぐる物語が秘せられた夢である。
この素晴らしい絵が誕生するにあたって、いかなる秘密があったのか。
それがようくわかる仕掛けになっているのである。
以上、報告します。




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