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☆685. 江戸東京たてもの園/前川國男邸 (ミュージアムの階段)

前川邸CIMG4747


過日、江戸東京たてもの園(小金井市)を散歩してきた。
江戸から昭和初期までの日本家屋(町屋、商家など、30棟の復元建造物)がずらりと並ぶ光景は見事であるが、さて"階段"はということになると、特筆すべきものがあまりないのはどういうわけか。この時代の日本家屋において階段がどんな位置付けだったのかが気になるのだが、適当な資料も情報も見当たらない。例えば、隠し階段だとか、箱階段だとか、階段箪笥だとか、見たいものはいろいろあったのになあと、ひととおり嘆いてみたところで、今日の本題である。



前川邸CIMG4572

画像は、建築家、前川國男の自邸である。
1942年竣工、元は品川区上大崎にあったものが既に解体されていたが、96年に保存されていた部材を使いこの場所に復元された。・・・なんといっても、大きな切妻の屋根と、南側に広く開いた格子の窓が印象的である。そしてこの南側に面した部屋は、中に入ってみると、もっと魅力的なのである。

この南側に面した部屋は、主に居間として、一時は建築事務所の応接間としても使用されていたもので、通称「サロン」と呼ばれていたという。ロフトのような二階部を備えた吹き抜け構造の部屋は、全面に切った南側の窓からいっぱいに光が射し込んできて気持ちの良さったらない。戦時中の統制下に建てられたものとは思えないような開放感とモダンな感覚に驚かされる。そしてもちろん、端正な木の"階段"も備えているのだから言うことはない。


前川邸CIMG4728  前川邸CIMG4742

和洋折衷様式の快適さあふるる居間、ということで思い出したのは、ひとつは神戸の旧・ハンセル邸で (これも、建築家の自邸だ)、もうひとつはメトロポリタン美術館内に復元されたフランク・ロイド・ライトの別荘のリビングルームである。
前者は、かなり小振りの部屋ではあるが、それが居間としてはこれ以上ないくらいぴったりの空間サイズであると感じさせられた。後者は、すこぶる魅力的ではあるが、やはりアメリカの別荘サイズである。現代の日本・市民にとっては広すぎるよね。



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870. レイ・ブラッドベリ 刺青の男 (画家小説百選)

Illustrated_man.jpg


① 『刺青の男』(1951)は、短編集である。
18の短篇が所収された、比較的オーソドックスなSF小説集である。
ただし、18篇の前後に、奇妙なプロローグとエピローグが付けられたことで、作品集が特別ふしぎなものになった。


② 短編集の原題は、『THE ILLUSTRATED MAN』である。
作中にも、ちゃあんと書いてある。
「刺青ではなくて絵だ!」と。
邦題に不満があるわけではないので念のため。


③ ちなみに、その絵は、円熟期のエル・グレコが、掌のなかに入るほどのサイズのミニアチュールを描いたとしたら、こんなふうになるだろうという、そんな代物らしい。


④ では、その絵は誰が描いたのか?
この質問は、これまで意外に誰も気がつかなかったという類いの、根源的な問いであったような気がする。
いや、自画自賛ではありません。


⑤ では、その絵は誰が描いたのか?
その答えも、きちんと作中に用意されていた。


「・・描いた人は誰です。その人はどうなりました?」

「未来のなかに帰って行ったよ」と、男は言った。

(小笠原豊樹訳)



⑥ エルトン・ジョンの「 Rocket Man 」(1969)は、この作品集のなかの一篇「The Rocket Man」から想を得たものだという。わたしも、この歌は好きです。





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869. 池内紀 ヴァスコ・ポパのこと (画家小説百選)

ポパ


「ヴァスコ・ポパのこと」(1993)は、短編集『錬金術師通り』に所収の一篇。
池内紀の小説集、学者(翻訳家)さんの余技かと軽い気持ちで読み始めると、もちろんころりと裏切られるので愉しいったらない。

 一九八六年七月、ヴァスコ・ポパはウィーン九区のアパートで死んだ。六十四歳だった。友人や知人たちは、なかなかその死が信じられなかった。あの青緑ふれたヴァスコ・ポパが、こんなにあっけなく、この世からいなくなるなんて!
 四十をこえてもこの画家は青年のように見えた。五十歳のときに<パンドラの函>連作を発表した。みずみずしい裸像ばかりが二十点。当人が連作のためのメモをつけている。
「女の愛はパンドラの函のように、いちばん底に苦をしのばせている。しかし、それは黄金の葉につつまれており。色あざやかな臭いにふれ、誰ひとりこの函の蓋をあけたことを後悔しない」


物語の語り手は、今、リュブリアーナ=スヴェロニアの古い街を旅している。
この街の出身の画家について調べようと歩きまわる。しかしなにか茫洋としていてイメージがつかめない。この画家は、パリでエロスの画家として彗星のようにデビューしたあと、晩年はウィーンにに移り風景画に転身したというのだが。

・・・もちろん、ヴァスコ・ポパという画家は、幾らネットを探索しても出てこない。その代わりにといえるかどうか、同名の詩人が同じ旧・ユーゴ出身の同時代人として存在する。これはいったい・・・???、と一旦戸惑ってみるのが読者の責務ということだろう。ただの随筆風旅行記風小説だと見せておいて、実は巧みの仕業が仕込まれているのである。



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☆684. 「駅ナカ」ミュージアム (美術館の階段)

「駅ナカ」ミュージアムは、ますます隆盛だという。
ひとつは、JR東京駅や京都駅ビルに設けられている正真正銘の美術館。
もうひとつは、駅構内や通路で展開されるパブリックアートの類い。今日の記事は、こちらの方だ。
代表例は、都内なら地下鉄副都心線の池袋駅から渋谷駅までの8駅に設置されている作品群。新宿三丁目の「アリス」とか、西早稲田の山口晃さんの絵とかとか。


○zzzzc


さて、本題の"階段"の絵である。
画像の絵は、JR大阪駅に繫がる地下通路で見かけたもの。
ホッパーを真似たような調子とトリックアート風な味付けが特徴だろうか。
・・・そこに、こんな階段を見つけたのだった。
ところで、左端の黄色い人は、何をのけぞっていたのだろう?



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☆683. アサヒビール 大山崎山荘美術館

○IMG_0252


「アサヒビール 大山崎山荘美術館」という名前の是非はともかくとして、京都市外から少し離れた小さな町のこんもりとした山麓の林のなかに見え隠れする建物の姿は、充分に美しい。木造をベースにした本館は、大正から昭和初期に建てられた洋館で、イギリス風の山荘を模したものだという。尖った屋根と煉瓦を積んだ煙突が、なかなかにプリティである。


○asahibeers

しかし、しかし、この美術館はこの古めかしい洋館がそのまま展示スペースになっているわけではない。90年代に美術館として開設するにあたって、新館が加えられたのである。・・・新旧の建物が繫がる全体像は、こんな調子である。半地下構造のコンクリート作りの新館は、安藤忠雄さんの設計による。
(クリックすると、大きな画像が開きます)


○IMG_0262

ということで、ここでは、美術館の階段も、新旧の姿を一度に見ることができる。
それを、和洋食まじりのビュッフェの味わいだなんて書くと、美意識の高い読者諸兄には叱られるかもしれないが、両者の親和力はそんな感じ。


○IMG_0259

両者の親和力はそんな感じ。
ともに美しくはあるが、決して馴染んではいない。いや、わざとその違和感を愉しませようとしたのだろうか?



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868. スチュアート・ダイベック 夜鷹 (画家小説百選)

Nighthawks1942.jpg

ホッパーの作品を  『あれは絵じゃない、映画だよ』 と評したのは、バルテュスである。では、ダイベックは、どう見たのか。
ホッパーの「Nighthawks」(1942)という作品を素材として、ダイベックは同じタイトルの小説を書いている。これを読むと、バルテュスのような芸術論としてではなく、ダイベックはこの絵からひとつの都市論を思い起こしたのだと思う。自分が生きてきた街の光景としてこの絵をとらえたうえで、シカゴ人たちが蠢く街の姿を小説として描いてみせようとしたのだと思ってみたりする。

遅かれ早かれ、すべての不眠症患者がいずれは行きつく、終夜営業の食堂がある。冬のあいだ、道端に雪が吹き積もると、不眠症患者たちはさんざ踏みならされた交差点を渡り、やがて自分の靴にぴったり合う足跡に出会って、それに導かれるまま、食堂にたどり着く。夏のあいだの、今夜のような夜には、食堂の一角にともる明かりが、そこ以外は真っ暗なこの街角に、彼らを蛾のように引き寄せる。
(「夜鷹」、柴田元幸訳)


連作掌編のような形態をとる「夜鷹」という作品は、ダイベックの第二短編集『シカゴ育ち』(1990)に所収されている。
シカゴ(の下町)に生まれた少年たちを描くこの作品集は、作家自身のシカゴ時代を題材にしたものだというのだが、読みはじめるとすぐにこの街の魅力に取りつかれてしまって、どうしようもなくシカゴという街に出かけていきたくなる。できることなら、時間を巻き戻して、シカゴで少年時代を過ごしてみたくもなる。その街は、少々危険がすぎる場所なのかもしれないが、それでも、人を惹きつけてしまう魅力にあふれている。そして、そこには、とびきりの美術館があったりもするのだから。


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867. エルヴェ・ギベール 赤い帽子の男 (画家小説百選)

Guibert.jpg


"画家小説"をどんなふうに定義したとしても、(画家が重要な役どころで登場する、画家の肖像を描く、画家を観察する、画家論が展開される、画家に対する恋慕や罵倒を綴る等々)、そのあらゆる要素をこの小説は充たしてくれる。ギベールの死後発表された「赤い帽子の男」(1992)は、そんな作品であると思う。
そんな稀有な作品であって、且つ、小説を読むことの醍醐味を存分に味あわせてもくれるのだから、他になにを言うことがあるだろうか。読者としては、惜しむこころを抑えながらきちんとページを閉じて、さっと本棚の隅に本をかたずけるのみである。あとは、まあ一杯やるくらいはいいだろうか。

 画家のヤニスと落ち合うべくコルフ島へ発ったとき、カプセルにした鎮痛用の阿片がポケットいっぱいに詰まっていたのは、局所麻酔で喉を切開、縫合したあとだったからで、なぜ局所麻酔かといえば、全身麻酔にした場合、アドレナリンでむくんだその時のぼくの状態では呼吸困難になる恐れがあったからなのだが、左顎の下にひと月半前から膨らみだし、あっというまに被嚢化した小さな結節腫を、分析に出すため外科医は削除してしまったのである。(中略)
そもそもの問題は、マドリッドまで出向かなければならない画家のヤニスに、ぼくが同行するということだった。ヤニスはこの街で自分の絵の贋作を一枚告発し、破毀させる手筈になっていたのだ。その贋作は、鴈作者当人か隠匿者の手で、マドリッドで最も名の知れた画廊のひとつに売却されたものだったが、ひょんなことからヤニスの目に留まってしまったのである。
(「赤い帽子の男」、冒頭、堀江敏幸訳)


こんなふうに、ミステリ仕立てのような調子で物語は始まり、そしてさまざまな画家や絵や街をめぐりながら、結末部まで続いていく。途中、バルテュスが登場するところで爆笑させられたり、小説の原稿を紛失する場面では心配させられたりしながら、物語は結末を迎える。いや、ほんとうにこの本は、きちんと結末まで綴られたのだろうか?



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☆682. フランスドーム/ユグノー博物館 (ミュージアムの階段)

フランスドームCIMG0642  フランスドーム10CIMG0645


とあるガイドブックによれぱ、「ジャンダルメンマルクト」は、ベルリンで最も美しい広場だという。
広場の中心にはコンサートハウスと文豪シラーの像があって、その両側に二つの教会を従えているという光景は、なるほど美しい。二つの教会が、鏡像のような形で並び、同じようにドームを備えているという姿もなかなか優雅である。
上の画像は、左側がドイツドームとコンサートハウス、右側がフランスドームである。(クリックすると、大きな画像が開きます)

フランスドームは、フランスを追われたユグノー(新教徒)たちの教会で、中には『ユグノー博物館』が設けられている。それならミュージアムの見学をでもしてみようかと、中に入ろうとすると、そこには!



フランスドームCIMG0648 (2)


エントランスの階段を半分ほど昇ったところ、そこには!
三人の天使たちが戯れていたのでありました。




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866. マルセル・プルースト 失われた時を求めて (画家小説百選)

Paul-César Helleu, Marcel Proust sur son lit de mort


「失われた時を求めて」(1913-27)は、なによりもまず芸術家小説である。
記憶や時間をめぐる物語であることはもちろんだが、それよりもまず、これは芸術家小説であると書いておかねばならない。・・・作中の「私」は、長い長い物語の結末に、ようやく彼自身の小説を書き始めることを決意する。最後まで読んでようやく、これがプルースト版の"若き芸術家の肖像"であったのだとわかるのである。

私が書かなければならないのは、別なもの、もっと長いものであり、多くの人に向けられたものだった。それを書くのは長い時間のかかる仕事である。それでも昼間は、せいぜい眠ろうとつとめることができるだろう。仕事をするとしても、夜だけということになろう。けれども、それには多くの夜が、ことによると百夜ないしは千夜が必要だろう。私の運命を司る<主人>は、シャハリヤール王ほど寛大でなく、朝になって私が話を中断すると、はたして死刑の宣告を延期して翌晩その話のつづきをするのを許してくれるかどうか分からないので、わたしは不安にかられながら生きてゆくことになるだろう。私はいささかも、『千一夜物語』を作り直そうなどと言うつもりはないし、これまた夜書かれたサン=シモンの『回想録』をふたたび書くつもりもない。子供心の無邪気さで愛した本、それらと異なった作品を想像するとたちまちぞっとしてしまうので、まるでいくつもの恋に執着したように闇雲に信じ切って執着した本、そのような本のどれ一つとして、私はあらためて作る気になれなかった。けれども、エルスチールとシャルダンのように、人は愛するものを否認してこそ、はじめてそれをふたたび作りだすことができる。おそらく私の書く本もまた、私の生身の肉体と同様に、いつかは死ぬことになるだろう。けれども死んでゆくのはやむをえないことと認めなければならない。十年後には自分自身がいなくなるだろう。百年後にはもはや自分の本もなくなるだろう、という考えを人は受け入れる。永遠の持続は、作品にも人間にも約束されていないのだ。
(第七篇「見出された時Ⅱ」、鈴木道彦訳)


「失われた時を求めて」には、さまざまな画家と絵画が登場する。中でも、モネ、エル・グレコ、カルパッチォ、モロー、ジョット、フェルメール等の作品は、単なる物語のなかの小道具として使われるのではなく、作品構成上、重要な役割を果たしている。しかし、それだけで、これを"画家小説"に組み入れてしまうつもりはない。

もっと重要なのは、この小説の登場人物に、エルスチールという画家がいることである。実在の画家ではなく、物語上の人物である。作品上のキーパーソンの一人である。物語の表側では、芸術家として「私」を啓蒙し、もう一つの側では、「私」の分身的な存在として芸術に対峙していく。「失われた時を求めて」を"画家小説"集に加えることができるとすれば、このエルスチールの存在が大きな根拠になる、そう思うのである。


PS. エルスチールのモデルになった画家としては、モネ、ターナー、ポール・セザール・エリューなどの名前が上げられてきているらしい。エリューは、上の画像、『死の床につくプルースト』(1922)という肖像画を描いたことでも知られている。


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865. スティーヴン・ミルハウザー 展覧会のカタログ (画家小説百選)


Little Kingdoms

ミルハウザーの「展覧会のカタログ  エドマンド・ムーラッシュ(1810-46)の芸術」は、作品集『Little Kingdoms(1993;邦題、三つの小さな王国)』に所収の中篇小説である。
タイトルが示すように、これは、"架空の画家の架空の展覧会のカタログ"という不思議な形式で書かれた小説である。ムーラッシュの絵画26点を年代順に並べ、カタログには付き物のタイトル、製作年、画材、サイズなどの情報を書き添えている。また、絵の特徴と技法について細かく解説し、さらに絵が描かれた当時の画家(及び妹や友人たち)の生活や奇妙な生涯のエピソードについても語られる。・・・つまり、これは、"展覧会のカタログ"のパロディであり、"芸術家小説"のパロディという体裁を取った作品なのである。

夢見るエリザベス(1836年)
カンバスに油彩、67.3×91.4cm

この初期傑作は、ニューヨークの国立美術院、ボストン芸術振興会から却下され、結局フィラデルフィアのペンシルヴェニア芸術院に展示された。展示は数人の批評家の関心を惹くことになったが、彼らが示した反応は、道徳的憤りに彩られた嘲笑といったところであった。制作は春に開始されたが、『霧の風景』に取りかかったため中断し、八月末に再開されて、十一月なかばに完成するまで続けられた。寒さの訪れで、納屋から母屋に移ることを余儀なくされたムーラッシュは、エリザベスの助けを借りて二階の居間をアトリエに改造し、居間にあった家具の大半を台所に移動した。母屋の一階は広々とした台所と、エリザベスの寝室の二部屋に分かれ、裏手には小部屋がついていて洗濯場に使っていた。二階は前面に広い部屋が一つ(ムーラッシュのアトリエ、元来は居間)、奥にも二部屋あって、一つはムーラッシュの寝室に、もう一つは物置兼客用寝室に使われた。1836年における頻繁な訪問者であったウィリアム・ピニーが残した、模様替え成った山荘の様子を生き生きと伝える文章によれば(1836年9月8日、妹宛の書簡)、客をもてなす部屋でもあった台所には、肘掛け椅子、書き物机、真ん中の凹みかけたソファが置かれ、片隅の古い撹乳器にはカンバスの山が立てかけられていたという。
(柴田元幸訳)


これは、"展覧会のカタログ"のパロディであり、"芸術家小説"のパロディという体裁を取った作品なのである。そして、その形式のなかで、作家は、登場する人物たち(画家とその妹、友人の兄妹など)の奇怪な人間関係を浮かび上がらせようとする。
・・・ああ、これがこの小説の本題なのだなぁ、と油断したとたんに、この画家と妹の物語が、ポーの『アッシャー家』のバロディになっていることにも気が付いたりするので、注意が必要である。ああ、ややっこしい。小説の愉しさを味わうためには相応の労苦が必要という好事例か、などと思ったり思わなかったりする。

以上、報告します。




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