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718. トロワイヤ、仮面の商人/県庁職員は鼻唄をうたう  (ぼくらの本が歌う時)


トロワイヤ


県庁職員ならずとも、思わず鼻唄をうたいたくなる。
愉しいのである。
アンリ・トロワイヤの「仮面の商人」(1993)は、文句のない傑作だと思う。
軽妙で洒落ていて洗練されていて、おもしろいったらない。しかし油断しているとこちらのやわらかい場所を適確についてきてこころが揺さぶられる。   ほんとうのところは、鼻唄をうたっている暇などないのである。読み尽くそうとしてつくせないほどの言葉がいっぱいに詰まっている。トロワイヤと小笠原豊樹(訳)のこの小説が与えてくれるのはそういうものである。

少しは地下鉄関係の書類に身を入れなさいと、フィルティエ女史にたしなめられたのを忘れ、若者はインスピレーションに鞭打たれつつ、自分の文章を書き始める。さまざまな言葉が、グラスの中のシャンパンのように、ぱちぱち爆ぜる。フィルティエ女史は、息子を叱る母親の口調で警告する。(中略)
二度目の叱責に、ヴァランタン・サラゴスは身震いして、不承不承、現実に立ち戻る。この急速な移ろいに茫然としながら、自作の原稿を古めかしい褐色の鞄にしまいこみ、デスクの片隅でうたた寝していた地下鉄関係の書類を開く。無感動状態で書類に目を通していると、一羽の鳩が飛んできて窓台に止まり、奇妙な二人の人間を小さな丸い目でじろじろ眺める。(中略)
課長のデュヴァロン氏は、地下鉄の赤字に関するヴァランタン・サラボスのリポートを読んで、大いに満足したという。課長に直接そう言われて、課長補佐のフィルティエ女史の表情は、きわめて晴れやかだ。隣の小部屋では、言うところの「窓際族」の二人の職員の、どちらかが鼻唄を歌っている。すっかり寛大な気分になったフィルティエ女史は、その歌声に合せて頭で拍子を取る。
(小笠原豊樹訳)



「仮面の商人」は、トロワイヤが80代で書いた作品である。
だから・・、といって特別な感慨があるわけではないが、健筆というのはこういうことをを指すのだろうということだけはわかる。あらためて未読の作品を読み漁って見たいとも思う。わたしの感慨といってもその程度のものである。
しかし、小笠原豊樹(岩田宏)については、もう少し思うことがある。
ロシア語(チェホフ、他)、フランス語(トロワイヤ、他)、英語(ブラッドベリ、他)と三か国語を操った翻訳の大家は、同時にこんな作品を書く詩人でもあった。

神保町の 
交差点の北五百メートル
五十二段の階段を
二十五歳の失業者が
思い出の重みにひかれて
ゆるゆる降りて行く
風はタバコの火の粉をとばし
いちどきにオーバーの襟を焼く
風や恋の思い出に目がくらみ
手をひろげて失業者はつぶやく
ここ 九段まで見えるこの石段で
魔法を待ちわび 魔法はこわれた
あのひとはこなごなにころげおち
街いっぱいに散らばったかけらを調べに
おれは降りて行く

(岩田宏「神田神保町」、冒頭部 ; 詩集『いやな唄』,1959 所収)


小笠原(岩田)は、70年代半ば以降は、詩を書かなくなったそうだ。
日本全体に詩の時代が終わった頃だから、なのかもしれない。
しかし、小説を書き、翻訳に取組み、言葉を操ることを続けた。
街いっぱいに散らばったかけらを調べつづけたわけである。
(合掌)



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717. 彼女は大まじめに、自分はジョン・レノンの妹だと言う  (ぼくらの本が歌う時)


the-beatles-i-am-the-walrus-capitol.jpg


エステルハージ・ペーテルの「女がいる」(1996) は、97の断章からなる小説である。
断章は、いずれも、『女がいる。』 という一文から始められている。
語り手は男 (「僕」) である。
「僕」と「女」の関係について、97章にわたって語り続けていく。
    その中に、自分はジョン・レノンの妹だと言う女性がいた。

  女がいる。僕を憎んでいる。こんな状況はいやと彼女は繰り返しているが、本当は僕のことを考えている。絶えず僕のことを考えている。昼も夜も。彼女の腹は樽みたいで、きらきらして、ふくらんでいる。すごくいい。彼女は大まじめに、自分はジョン・レノンの妹だと言う。(中略) 女はジョン・レノンについて何でも知っている。専門書でも歌詞でも何でも。コーンフレークの上に座って、僕はセイウチ(アイ・アム・ザ・ウォルラス)、と言う。女の言うことは信じられないが、僕は、彼女が自分はジョン・レノンの妹だと言うのを待ち焦がれている。

( エステルハージ・ペーテル「女がいる」、加藤 由実子/V・エシュバッハ=サボー 訳)


「アイ・アム・ザ・ウォルラス」(1967) は、ビートルズの16枚目のオリジナル・シングルのB面曲である。
しかし、単に「ハロー・グッドバイ」のカップリング曲として覚えているだけではもったいないくらいの名曲だと思う。 曲調も、歌詞も、突っ込みどころ満載で、たぶんこの一曲だけで正月が過ごせるほど、面白さで一杯のナンバーだと思う。ジョン・レノンの妹に解説してもらいたくなるくらいに。



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716. オプション① "心を正常に戻す時間"  (ぼくらの本が歌う時)


ピアノの森


一色まことさんの『ピアノの森』(1998-2015)が、ほぼ完結したようだ。
引用するのは、コミックス第9巻の10~20ページのあたり、カイを訪ねてきた雨宮がカイのピアノの生徒である大貴クンにつかまってしまい、無理矢理にピアノを弾かせられる場面。無理矢理にやらされることで、しぱらく弾けなかったピアノが取りもどせるようになるところ。
全巻を通して、幾つもいくつも名場面があるが、なぜかなんだかこの場面がわたしはとっても大好きなのである。

「お帰り~」
「ワリー、ワリー、大貴! 少し遅れちまった。中で待ってればよかったのに・・。
雨宮、いなかったか?」
「ううん いたよ。俺の弟子にしたんだ」
「弟子? 雨宮をか?」
「うん、だから今は入っちゃダメだぜ。 
オプション①”心を正常に戻す時間”なんだ」

(一色まこと「ピアノの森」、第9巻)


音楽を描いた漫画は幾つもあるし、傑作、名作もたくさんあるが、ピアノの森は”特別”の類いに入る作品だと思う。    ぼんやりとコミックスを読んでいると、突然、主人公の少年、一ノ瀬 海が弾くピアノの調べが、ほんとうに聞えてくる瞬間があるような気がする。ほんとうならどんな本を読んでも戻ってこれないようところでへたれかけている読者の心を正常な時間に引き戻してくれるような作品であると、そんな気がするのである。



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