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747. ユーディット・ヘルマン 夏の家、その後 (ぼくらの本が歌う時)

ユーディット・ヘルマン2  ユーディット・ヘルマン


ユーディット・ヘルマン (1970-) の短篇 「夏の家、その後」 (1998) 、
邦訳は同名の作品集(河出書房新社)に所収。
ヘルマンは、最近のドイツ文学では珍しい短篇の名手なんだそうだ。
なるほど第一作品集にもかかわらず、ていねいに書き上げられた小説が美しく並んでいる。

その後、わたしたちはほとんどいつもタクシーで走り回った。シュタインはルートごとに違う音楽を用意していた。州道にはウェーンを、街の中心部にはデビッド・ボウイを、大通りにはバッハを。トランスAMは高速道路でだけかけた。わたしたちはほとんどいつも高速道路を走った。初雪が降ったとき、シュタインはサービスエリアごとに車から降り、雪の積もった畑地に走り出て、ゆっくりと集中して太極拳の動きをやった。わたしはしまいに笑いながら怒り出し、戻ってきなさいよ、先に行こうよ、寒いんだから、と叫んだ。
(松永美穂訳)


そう、こういうやつがいるんだよね。この小説に登場するシュタインという人物は、たぶん誰からも"しまいに笑いながら怒り出されてしまう"、そんな男だと思う。そんな男とつきあっている"わたし"の一人称で語られる物語は、当然ながら、笑いと悲しみにあふれていて、静かな口調で淡々と綴られている話であるにもかかわらず、おしまいにはやはりずうんとこころを揺さぶられてしまう。    もちろん、二つ目の作品集「幽霊コレクター」も読んでみたいなと思わせるだけの魅力に捕まってしまったのでありました。



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904. パトリック・ブランの庭園 (Studies in Green)


Caixa Forum Sept. 2008
(Caixa Forum, Madrid 2007 : http://www.verticalgardenpatrickblanc.com/ )


Patrick Blanc(パトリック・ブラン)、
植物学者にしてアーティスト、世界各地で「垂直庭園」を展開中。
日本にも、大阪のマリテ+フランソワ・ジルボーの店舗、金沢21世紀美術館の「緑の橋」などの作品がある。

しかし、マドリッドで初めてこのビルを見たときには驚いたのなんの。同行の友人がのけぞったあまり、躓いて足を捻挫してしまうというおまけまでついてきた。捻挫してなかったら悪夢を見てしまったかもしれないというのは、その友人の負け惜しみである。それにしても、2016年に完成予定の新幹線の新山口駅を見るのが待ち遠しいこと。



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903. 緑の牝馬 (Studies in Green)


pict075.jpg fc2blog_20150225110044230.jpg fc2blog_20150225110100326.jpg
 
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チェコの絵本ってなんでこんなにすばらしい作品が多いのだろう。
上の画像は、ボフミル・シュチェパーンが絵を描いた 「緑の牝馬 (Zelena kobyla)」 (1966)という作品。
この"綠色"には、ひとめで魅せられました。



jument_verte.jpg  la_jument_verte02.jpg  la_jument_verte05.jpg  la_jument_verte01.jpg


物語の原作は、マルセル・エイメの 「緑の牝馬 (La Jument Verte)」(1933) である。
エイメのいわば出世作で、映画にもなった。
映画の日本公開時には「フランス桃色風流譚」なんて言葉で紹介されているのだから笑ってしまう。いったいエイメの小説を映画にしようって考えるのがそもそも無謀のような気もするが、結構いくつも映像化された作品があるらしいからわからないものだ。ともかく、映画のポスターだけ見ていても愉しいが、やはりフィルムの方もいちどは見てみたいものだと思う。
(*クリックすると大きな画像が開きます)



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902. ミルトン・エイヴリー (Studies in Green)

Milton Avery (1885-1965), Chinese Checkers (March Avery and Vincenzo Spagna), c. 1941  green-chair-1944.jpg



ミルトン・エイヴリー(1893-1965)、
アメリカの画家としては、ポロック、ホッパー、ワイエス等とほぼ同時代を生きた。しかしその作品は、ポロックのような抽象でも、ホッパーやワイエスのような具象でもなく、まさに独特である。マチスの影響を受け、彼自身もグレート・カラリストと呼ばれたように、何よりも色彩の巧みな使い手であった。



Phillips Collection  The Reader and the Listener


彼が使う、緑色もまた独特で、魅力的である。
上の二枚の絵のように緑色を中心にした作品だけでなく、下の二つの作品のように、脇役のような形で使われたときの緑がまた魅力的だと思うのである。

(画像左上) Chinese Checkers ,1941
(右上) Green Chair,1944
(左下) Girl Writing, 1941
(右下) The Reader and the Listener,1945



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901. 緑色研究 (Studies in Green)


Portrait of Giovanni Arnolfini and his Wife 1434,ナショナル・ギャラリー
(Jan van Eyck, Portrait of Giovanni Arnolfini and his Wife ,1434)


2014年は、「緑色」に開眼した年だった。
ヴュルツブルク・レジデンツの緑の部屋を見たことがきっかけだった。それまではなんてことのない対象だったのに、なにかをきっかけにして急に気になる存在になることがある。(初恋のはなしではない。) そうなると不思議なもので、いつもどこでも、それが気になってしまうのである。


  カフカ忌の無人郵便局灼けて頼信紙のうすみどりの格子 (※1)


いやそれはもちろん、ヤン・ファン・エイクの絵のように、それ以前からとても気になる "緑" はあった。カポーティの「無頭の鷹」でなぜ少女は緑色のレインコートを着て、緑色の袋に入ったポップコーンを持っているのか・・・、そういえば彼女の眼も綠色だった。


  わたくしは緑のかやのうへにも/この新鮮な松のえだをおかう (※2)


なぜオスカー・ワイルドは緑色を、なぜコナン・ドイルは緋色を研究対象に選んだのか。シャガールが描くロバや馬はなぜ緑色なのか。ゲーテの色彩環でなぜグリーンは下の頂点に配置されるのか。「四十八茶百鼠」といわれる日本の伝統色のなかで緑だって40や50の色数はあるはずなのだ・・・。

そんなたあいもないところから、このシリーズを始めてみたいと思う。


※1 塚本邦雄
※2 宮沢賢治





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746. 女子学生 (ぼくらの本が歌う時)


mandiargues-soleil-loups.jpeg  MANDIARGUES.jpg


女子学生、といっても太宰の小説ではない。伊東深水の絵でもない。
マンディアルグの短篇である。
絢爛な言葉のあいだにともすると埋もれてしまいそうになる物語が、ある瞬間にぬっと立ち上がってくるのを見ることができる、そんな快感を味わえる小説である。

マリー・モールが私にあかしたところでは、その部屋の中で目にする諸情景は一人の男との出遭いといういつも変わらぬ主題でつらぬかれており、そしてそれらの出遭いはひとつ残らず実際に彼女の生活の中で、同じ場所において、まさしく同じ言葉のやりとりで、何日かあるいは何週間か後に再現するというのである。本屋でのわれわれの鉢合わせについてもそんなぐあいだった。(中略)
ときどき打ち明け話のあとで彼女が口ずさんだ短い歌のメロディー、咽喉にかかった言葉のひびきを、いまも折にふれ私は想い出す。それは家馬車の群れにかこまれた焚き火を、灰の下にうずめて焼かれたはりねずみを、長い木綿のスカートを、縮かんだ蝙蝠よりもまだ黒い耳たぶの下に垂れさがった大きな環を、私の眼前にちらつかせる。
彼女が訳してくれたところではそれはこんなふうな歌だった。

捨て児はみんな持っている
咽喉の奥に
陽気な笑いの小石の下に
青いせせらぎの叫びを
彼らの母を知っている
狂った白鳥の叫びを。

(マンディアルグ「女子学生」,1945 、生田耕作訳)


邦訳は、白水社版のマンディアルグ短篇集『狼の太陽』に所収。
粒ぞろいの作品がならぶこの短篇集のなかでも、実は、「女子学生」の後につづく最後の二篇   「断崖のオペラ」と「生首」 が圧倒的に面白いのである。
”歌”というテーマがなければ、わたしだってそちらを選んだ筈だ、というのは言い訳のようなものであるが。
   しかし、考えてみれば、「断崖のオペラ」にも、海豹と人魚が歌をかわす印象的な場面があったのである。改めて記事にしようと思う。



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745. 海野十三 十八時の音楽浴 (ぼくらの本が歌う時)


海野十三


海野はミステリもSFも書いた。長篇も短篇もお手の物である。
名作の誉れ高い「十八時の音楽浴」 (1937) は、SFの中篇である。
ここで引用する冒頭部の五行を読むだけでもこころは躍るだろう。
おまけにこの後、美少女アンドロイドまで登場するときては!

太陽の下では、地球が黄昏れていた。
その黄昏れゆく地帯の直下にある彼の国では、ちょうど十八時のタイム・シグナルがおごそかに百万人の住民の心臓をゆすぶりはじめた。
「ほう、十八時だ」
「十八時の音楽浴だ」
「さあ誰も皆、遅れないように早く座席についた!」


海野には珍しい(?)、力作である。
SFとしてのアイデアも展開もしっかりとしていて、読み応えがある。
ハリウッドで映画化されてもおかしくないような大スペクタル譚である。
しかし、あまり笑える部分がないことだけはマイナスである。
その点だけは、なによりも海野の笑劇を好むわたしなどには、すこし物足りないのである。




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744. ウィリアム・トレヴァー ピアノ調律師の妻たち (ぼくらの本が歌う時)


William Trevor,After Rain  William Trevor,むずかしい愛


トレヴァーの「ピアノ調律師の妻たち」(1996)、
この短篇に登場するのは、盲目のピアノ調律師の男と、彼の妻たちである。妻が複数になっているのは、再婚したからである。   特別に複雑な設定ではない。20頁ほどの小品でもある。しかし、だからといって、かるうく読みきれないのがトレヴァーのトレヴァーたる所以だということになるのだと思う。

バイオレットと結婚したとき、ピアノ調律師は若かった。ベルと結婚したとき、彼はすでに老いていた。
話はもう少し込み入っていた。というのは、ピアノ調律師はバイオレットを妻にするにあたり、ベルを振っていたからだ。
(畦柳和代訳)


引用したのは、この小説の冒頭部である。
この二行を読んだだけで、この話の展開がわかるだろうか?いやなにも複雑なストーリーではないのだ。しかもトレヴァーの作品であるという大きなヒントもある。これだけを指標に物語の行方を想像してみるのは、とても愉しいだろう。

愉しいだろうと思うのは、きっと予想が裏切られるからである。
ストーリーは読むことができても、トレヴァーが描いた複雑な心理戦のような作品の進行を想像するのは難しいだろう。   作中、ピアノの音も、歌声もほとんど聞こえてはこない。作家は、延々と男と女のこころの動きについて綴っていくだけである。なのに愉しい。それは巧みの業としかいいようのないものなのかもしれない。




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743. ぼくたちにはミンガスが必要だった


ぼくたちにはミンガスが必要なんだ  マイルスとコルトレーンの日々



ずいぶんあったはずの植草甚一さんの本も、今は、ほとんど処分をしてしまって手許にはない。しかし、持っていた本のタイトルは今でも諳んじていてすらすらと挙げることができる。それだけ何度も読み込んでいたということでもあるし本のタイトルが間違えようもないくらい特徴があったからでもある。いちばん好きなタイトルは、「ぼくたちにはミンガスが必要なんだ」(晶文社、1976)。或いは、「マイルスとコルトレーンの日々」(同、1977)。

晶文社の音楽本の中でも植草さんが書いたものは、今、読み返してみるとどれも読みやすいしなんといっても60年代から70年代にかけてのモダンジャズの全盛期の雰囲気やプレーヤーの息吹のようなものがいきいきと描かれていてたのしい。
(例えばミンガスのBEST3が、直立猿人と道化師とブルース&ルーツだと書いてある)

ところがおなじ植草さんのミステリや探偵小説についての本は、どれも新人や前衛やニューウェーブについて取り上げている部分が多くて、改めて読んでみてもなにやら異世界のはなしを見るようでとまどってしまう。
(例えばミステリのBEST3は、ロイ・フラーのセカンド・カーテン、CHB・キッチンのデス・オブ・マイ・アント、マルカム・マッガリッジのアフェア・オブ・ラブだと書いてある)

でもそうか、当時もこんな感じでとまどいながら読んだのだったかなぁと懐かしかったりする。
ただ言えるのはどの本もとてもとてもPOPだったということ。
当時のぼくらには、ミンガスはもちろん、植草さんの本が必要だったのだと思う。



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742. ペーパーバック・ペインター


Victor Kalin,Have Nude, Will Travel by Clyde Allison, Cover by Victor Kalin  Victor Kalin  Victor Kalin,The Five Pennies by Grady Johnson, Cover by Victor Kalin


ヴィクター・カリン(Victor Kalin,1919-91)は、主にペーパーバックやパルプ雑誌の表紙を描いた。
上の画像のような作品である。人物や作品歴に関するデータはあまり残っていない。ただ、こういう形で作品が見られるだけである。     ヴィクター・カリンのこうした扇情的で直截的な絵が好きかどうかは別として、 (もちろん好きですが、) 今日の記事の主題はそこではない。彼はまた、ジャズ・レコードのジャケットの絵も手がけていることを書きたかったのである。


Mingus Plays Piano1963  Victor Kalin, John Coltrane Expression 1967

左は「Mingus Plays Piano」(1963)、右はJohn Coltraneの「Expression」 (1967)である。
どちらも名盤であるので記憶にある方も多いだろう。でもなぜヴィクターの絵を使ったのだろう?
ミンガスやコルトレーンの多くのアルバムと同じように、写真でよいではないか、などと考えなかったのだろうか。しかもヴィクターの絵を使うなんて^^


Mingus.jpg  Mingus,マイルスとコルトレーン

一時期よく読んだ晶文社の音楽本のラインアップにも、ミンガスとコルトレーンはある。
しかし、表紙は "写真" を使っていて、イラストではない。
やはりここは "残念なことにヴィクターの絵ではない" と書いておこうか。
そんな気分なのである。




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