563. 胸のあたりを汚してる、肉汁食ひの彼女等は、 (Today's Soup)

ランボオ詩集


中原中也は、1925年に上京し、フランス語を学びながら、ランボオの訳詩に取組み、同時に自らの詩作を続けていった。最初の詩集『山羊の歌』の刊行が1934年。三冊目のランボオ詩集を出版したのは1937年9月、そして同年10月に死去する。詩集「在りし日の歌」が上梓されたのは翌1938年である。

教会に来る貧乏人(「初期詩篇」より)

臭い息にてむツとする教会の隅ツこの、
樫材の床几にちよこなんと、眼は一斉に
てんでに丸い脣してる唱歌隊へと注がれて。さて
二十人なる唱歌隊、大声で、敬虔な讃美歌を怒鳴ります。

蝋の臭気を吸ひ込める麺麭の匂ひの如くにも、
なんとはや、打たれた犬と気の弱い貧乏人等が、
旦那たり我君様たる神様に、
可笑しげな、なんとも頑固な祈祷を捧げるのではございます。

女連、滑らかな床几に坐つてまあよいことだ、
神様が、苦しめ給ふた暗い六日のそのあとで!
彼女等あやしてをりまする、めうな綿入にくるまれて
死なんばかりに泣き叫ぶ、まだいたいけな子供をば。

胸のあたりを汚してる、肉汁食ひの彼女等は、
祈りするよな眼付して、祈りなんざあしませんで、
お転婆娘の一団が、いぢくりまはした帽子をかぶり、
これみよがしに振舞ふを、ジツとみつめてをりまする。
(以下略)

(中原中也訳「ランボオ詩集」、青空文庫より引用)


中也の訳詩には、出版当時から、毀誉褒貶が相半ばしていたらしい。しかし、この「教会に来る貧乏人」をあらためて読み返すと、独特の日本語のリズムと調子がきわめてここちよく響いてくる。中也自身がランボオの翻訳という作業に熱っぽく取り組んでいる様子が、顕わに伝わってくるような作品になっているのだと思う。

なお、全九連からなるこの詩の、第四連の一行目、「肉汁食ひ」ということばには、「スープぐらひ」というルビがふられている。




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No title

いいですね、この訳。
というかランボーの詩を今日初めて読んだかも知れません。
続きが気になって、青空文庫に読みにいきました。
猥雑で悲しくていいです。
5・7のリズムがまた、いい感じ。
「蹲踞」も良かったです。

いいもの教えて戴きました。

こんにちは

いつも、コメントをありがとうございます。

> 5・7のリズムがまた、いい感じ。

そうですよね。
でも俳句とはすこし違ったリズムですかね^^


中也忌の夜 鈴をころがす 猫もなし (オソマツでした。・・ジャック豆)

 

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