580. 「魔性の女」物語


Cousine Bette,Huard
(「従妹ベット」のユロ男爵とアガト、シャルル・ユアールによる挿画)


バルザックの最晩年の作品 「従妹ベット」(1846) 、この長篇小説のなかで、もっとも好きな場面を引用しようと思う。    物語の後半、精魂尽き果てたユロ男爵が、昔の女を訪ね、しばしのあいだ屋根裏部屋にでもかくまってもらえないかと頼むシーンである。
これに比べると、その後に続く見事な結末も、ほんの付け足しでしかないような気がしてくるのである。

彼女はユロを、この前二人が最後に会った、あの豪奢なサロンに坐らせた。
「ねえ、ほんとうなの?」と、彼女は話をつづけた、「あなたがお兄さんと叔父さんを死なせて、家庭をめちゃくちゃにし、子供さんの家を二重抵当に入れ、その公爵夫人とやらとアフリカ総督府の公金までつまみぐいしたって話?」
男爵はしょんぼりとしてうなずいた。
「そうなの! 気にいったわ!」と叫ぶと、ジョゼファは夢中になって立ちあがった。「一切合財焼きはらっちまったのね! めちゃくちゃに豪勢じゃない! 偉大だわ! 完璧よ! あたしみたいにこんなふしだらな女だって、心意気に感じるものよ。・・・」
(オノレ・ド・バルザック 「従妹ベット」、平岡篤頼訳)


この場面がなければ、ユロ男爵は、ただの並外れた遊蕩者で終わっていたと思う。小説のタイトルに合わせて主役の座を従妹ベットに譲るか、稀代の悪女(ファム・ファタール)ともいうべきヴァレリーに翻弄されたまま舞台の袖に引っ込んでしまう三文役者にすぎなかったと思う。この場面があったおかげで、この小説を、一部でもあるにせよ ”男の側” に取り戻したのだと思ったりするのである。

ところで、この小説をバルザック版の「魔性の女」物語として読むとすれば、主役はまちがいなくヴァレリー (マルネフ夫人) である。しかし、彼女がファム・ファタールとして開花する前は、安っぽいアパートに住む下級官吏の妻で、野菜と隠元豆の煮汁とで味つけしたスープを縁のかけた皿によそって食べるような暮らしむきの、ただの美貌の女にすぎなかったのである。物語では、彼女が、そこから稀代の悪女にまでのしあがる過程が、魅惑あふれる通俗小説のように饒舌に綴られていく。



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