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725. ミヒャエル・エンデ モモ  (ぼくらの本が歌う時)


momo.jpg  momo2.jpg


ミヒャエル・エンデの 「モモ」 (1973) を読んでいる。
この印象的な表紙の絵は、(邦訳・岩波少年文庫版も同じ)、エンデ自身によるものである。
作家本人は「モモ」の挿絵をモーリス・センダックに頼みたかったのだが叶わなかった、というエピソードが残っている。「はてしない物語」(1979)がベストセラーになったあとなら、どんな画家でも起用することができたのだろうが。



momo、クヴィエタ・パツォウスカー  Marcel Dzama Momo


実際に、今なら、チェコ語版では、クヴィエタ・パツォウスカーがMomoを描いているし (画像左) 、カナダ版ではマルセル・ザマのMomoがある (画像右) 。 どれを本棚に並べようか、目移りがして仕方がない。


 「ねえ、おしえて、」とうとうモモはききました。「時間て、いったいなんなの?」 (中略)
 モモはじっくり考えてみました。
 「時間はある   それはいずれにしろたしかだ。」思いにしずんでつぶやきました。「でも、さわることはできない。つかまえられもしない。においみたいなものかな? でも時間て、ちっともとまってないで、動いていく。すると、どこからかやってくるにちがいない。風みたいなものかしら? いや、ちがう! そうだ、わかった! 一種の音楽なのよ   いつでもひびいているから、人間がとりたてて聞きもしない音楽。でもあたしは、ときどき聞いていたような気がする。とってもしずかな音楽よ。」
(大島かおり訳)


モモは、物語の中で、よく歌っている。
自分の中でたえず響いているメロディをくちずさんでみたりする。
そうしていると、言葉がひとりでに口をついてでてくるのだという。
とはいえ、言葉もメロディも、日がたつごとに新しく変わり、同じままではないらしい。
時には誰も歌を聴いてくれない日が続いたりする。
だから、こんな音楽を知らないままの方が良かったと思うこともある。
だけど、結局、気がつくと彼女は歌っているのである。

・・・・「モモ」は、決して、失われた音楽を取り戻す少女の物語ではないし、時間に取り憑かれた人間たちの世界を描いたファンタジーでもない。エンデが物語に込めた寓意は、もっと形而下の領域を指し示しているのだという読み方もあるらしい。
しかし、確かなのは、ぼくらが "モモ" という物語を思いうかべるとき、そのはなしの底からはいつも静かなメロディが聞こえてきそうな気がするということである。われらがカシオペアの甲羅の上にも、ようく見ると、いつも音符が映し出されているはずなのである。



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はじめまして。
モモは思春期の頃に好きな本で、この表紙も好きでマネして描いたりしていました。
私はエンデのお父さんが描いたものだと記憶違いしていました(^_^.)
大人になって読むとまた違った見方がありそうですね。久々に読んでみようかなと思いました。

こんにちは

ハヲルチア さん
はじめまして。
コメント、ありがとうございました。

「モモ」は、大人になって読むと、なにかいろいろ違ったものも見えてくるような感じで、それがいいのやら悪いのやら^^、そんな物語なんですね。


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