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728. ピーター・マシーセン 馬捨ての緯度  (ぼくらの本が歌う時)


マシーセン、On the River Styx and Other Stories  マシーセン、黄泉の河にて


冒頭部の一節を引用するだけで、およそこの作品の内容はわかるだろうと思う。
アメリカからブラジルへ向かう航海のなかの、“船室を共用する二名の客のあいだの愉快な小競り合い” について、作家は、ドライな文体と端正な文章でみごとに綴り、最後に二人が声をそろえて”愛の歌”を歌いあげる大団円に至るまでの道中を、魅力いっぱいに書き上げる。この一篇だけで、骨太で且つ周密なマシーセンという作家の筆力がわかると思うのである。

 われわれの乗った船   クリスマスツリーと小型の機械類を積み込んでニューヨーク港を出発し、アンティル諸島を抜けて南米へ至ったのち、アマゾン河をのぼる予定の英国船籍の貨物船   がレッドフックのB埠頭を離れるか離れないかのうちに、ふたつある船室のひとつを共用する二名の客のあいだで愉快な小競り合いが勃発した。わたしはもう一方の部屋をひとりで使っていた (観光協会の依頼を受けて、貨物船の旅を紹介する冊子を執筆中であった) し、内心、事件を歓迎する気持ちもあったので、部屋割りの変更を申し出るつもりはさらさらなく、また、目前の四十日に及ぶ航海中に、さしたる娯楽の種も期待できない以上、この天敵同士を引き離したいとは   率直なところ   毛頭思わなかった。
 神の話をさせれば上機嫌に口角泡を飛ばすホーラスは、パプテスト教会の宣教師で、南米奥地のジャングルに鬱々と暮らす信徒たちのもとへ帰る旅の途上にあった。一方、気むずかし屋のレバノン商人ハシッドは、全世界の重圧が自分のやわな双肩にかかっていると言わんばかりのあきらめ顔で、しきりに肩をすくめる癖があり、土気色の顔をした運命の女神に引き立てられるように、ブラジル北部、アマゾン河口の町ベレンをめざしている。
(「馬捨ての緯度」、東江一紀訳)


ピーター・マシーセン (1927-2014) は、およそ ”30年遅れで登場してきたヘミングウェイ” のような存在の作家であったと思う。作家にして、探検家であり、漁師であり、ナチュラリストであり、禅僧であり、俳人であった。 (スペイン戦争には間に合わなかったが、) 50年代のパリに登場し、そこで文芸誌を立ち上げ、当時のパリに集まっていた欧米の若手作家とその予備軍たちとの交流の中で、新たな文学の流れを作り出すことに寄与したという。マシーセン自身も小説、ノンフィクションの両方にまたがる形で息の長い創作を行い、幾つもの大作をものした。
長篇が主体の作品群の中で、唯一の短篇集が 『黄泉の河にて』 (原題「On The River Styx」,1989) である。 「馬捨ての緯度」(1959) は、ここに収録されている。



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