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733. アントン・チェーホフ ロスチャイルドのヴァイオリン (ぼくらの本が歌う時)


チェーホフ


19世紀末、ロシアの田舎町、偏屈な棺桶屋の男、まわりからは疎まれ、老いた妻には優しい言葉をかけたこともない。稼ぎ損ねた金のことばかり考えている。わずかに、この男がヴァイオリンを弾くことだけが、物語のアクセントになるだろうか。
とまあここまでは、よくある設定である。チェーホフにだって退屈な作品もあるさと、不遜な思いがよぎった瞬間、物語は動き出し、俄然面白くなる。読後は、その小説術を学びたくなる。それで、わたしだって作家になれると錯覚させるとしたら、迷惑なはなしではあるが。

ヤーコフは、そういう彼女をわびしげに見やりながら、あしたは聖ヨハネの日、あさっては奇跡者ニコライの日、そして日曜日、それから月曜日で凶日だと思い出した。この四日間は仕事をするわけにはいかないが、たぶん、マールファはこのうちのどの日かに死ぬだろう。ということは、棺桶はきょうじゅうにこしらえなければならない。そこで例の鉄の物差しを取り上げると、老婆のそばへ寄って寸法を取った。やがて彼女が床につくと、十字をきって、棺桶をこしらえ始めた。
 仕事が終わると、ブロンザは眼鏡をかけて帳面に書きこんだ。
 「マールファ・イワノーワに棺桶   二ルーブル四十コペイカ」
 そしてため息をついた。老婆はずっと目を閉じたまま黙って伏せていた。ところが夕方、暗くなる
と、ふいにじいさんに呼びかけた。
「覚えていなさるかね、ヤーコフ」と、嬉しそうに彼の顔を見ながら老婆がたずねた。「覚えていなさるかね、五十年まえに神さまがあたしたちに金髪の子を授けてくだすったのを。あんたとあたしは、あのときいつも川のほとりにすわって、歌をうたってた・・・・・・柳の木の下で」そして、ふっと苦笑いを浮かべて、付け足した。「あの子も死んでしまったが」
 ヤーコフは記憶をたぐってみたが、赤ん坊のことも柳の木のこともなんにも思い出せなかった。
 「きっと夢でも見てるんだろう」と彼は言った。
(松下裕訳)


チェーホフは”前期”には主に短篇小説を書いた。
「ロスチャイルドのヴァイオリン」(1894)も、その時期の作品であり、その巧みさをあらためて感じさせる佳品である。
邦訳は岩波文庫版の短篇集『子どもたち・曠野』で読んだ。
他にも、筑摩書房、中央公論等で訳出されている。



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