734. 口笛(または、セーター)    (ぼくらの本が歌う時)

The Whistling Boy, Frank Duveneck (1872)
(The Whistling Boy, Frank Duveneck ,1872)


小説の中の ”口笛” といえば、なによりもまずトム・ソーヤーを思い出す。
「・・・の冒険」 は、少年の口笛物語といってもいいような作品だと思ったりする。
少年の口笛なら、カポーティの 「誕生日の子どもたち」 も忘れてはいけない。
”ダンサーがぱっとスカートの裾をめくってレースの下着を見せると”、
少年たちはもちろん口笛をここぞとばかりに吹きまくるのである。
口笛のなによりも正当な使い方だと思う。

そしてコルタサルの口笛である。
こちらは少年ではなく、いい年齢をした男の口笛である。
この男は、妻と待ち合わせをしている。
しかし、すでにかなり遅れている。
急いで身支度をして出かけなればならない。
   ということで、場面は、男があわててセーターを着ようとしているところである。

面倒くさそうにタンゴを口笛で吹きながら、彼は開け放した窓から離れた。衣裳ダンスからセーターを引っぱり出して、鏡の前で着はじめたが、うまくいかない。きっと下着がウールのセーターにからみついているのだろう。(中略)
そのうえ、いつもと逆の順序で手を通したのでいっそう面倒なことになった。気を紛らわそうともう一度口笛を吹いてみたが、手はいっこうに通らない。なんとか助けてやらないと手が外に出そうにない。ひと思いに着た方がいいだろう。まず、あたまをセーターの首のところにもっていく。空いた手をもう一方の袖に入れて、両腕と首を同時に伸ばしてみた。とたんに青い薄闇に包まれて口笛を吹くのがばかばかしくなる。(中略)
首だと思ったところが袖だったものだから、顔が締めつけられて息が苦しいのだ。それに、右手はすんなり通った。ともかく、息を大きく吸って少しずつ吐きながら手を通していくよりしかたがない。そうすれば気分も落ち着くだろう。(中略)
息をするのでウールがじっとり濡れてきた。おそらく、顔は青い染料に染まっているだろう。まつげかウールにあたって、目を開けようにも痛くて開けられない。ウールの青い色は、濡れた口許や鼻の穴ばかりではなく頬のあたりまで青く染めているのだろう。彼は不安になってきた。約束の時間はもう過ぎてしまった。妻はいまごろ苛々しながら店の入口で待っているはずだ。それはともかく、なんとかしてセーターを着てしまおう。
(フリオ・コルタサル「誰も悪くはない」、木村榮一訳)


いそがなくてはならない。でもセーターがうまく着られない。
口笛を吹いているどころではない。やっぱりうまく着られない。
コルタサルが書いたのは、そういう話である。
物語の最後には少しひねりを加えて着地させているが、それはほんの付けたしである。
いい年齢をした男の口笛は、少年とは違って、ちっとも響かないのである。
(「誰も悪くはない」は、短編集 『遊戯の終り』 (Final Del Juego ,1956) に所収)



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No title

うわー
歌であの青いセーター出てきますか。
セーターの中で迷子になるのは
子供の頃から怖かったけど、
大人になってもやっぱり怖いです。

おはようございます

Simaさん

コルタサルのセーター、読まれてましたか。
記事の中ではあえてふれませんでしたが、あの"青い"セーターというのは、
なかなか怖いですね^^


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