11.ウラジミール・ナボコフ じゃがいもエルフ

作品社のナボコフ短篇全集、全2巻・約1000頁、かれこれ2年くらいは手許にあって、投げ出したり読みふけったり、捻られたり揺さぶられたりして愉しんでいる。なんといってもこの全集、ナボコフが生涯において書いた全65編の短編を全て収録しているというのがポイントで、多彩で多様でそれは贅沢な本だこと。すぐに読み切ってしまうのが惜しくて、一話ずつゆっくりと読み進めてきたのだが。たまたま今日は、ナボコフの短篇にしては珍しい「恋バナ」に当たってしまった。…「じゃがいもエルフ」(1929)、これがまた切ないこと。

広くて埃っぽい道はまっすぐ駅につづいていた。日曜にはあまり人通りのない道なのだが---思いがけず、角を曲がったところにクリケットのバットを持った少年が姿をあらわした。最初に小人に気づいたのはこの少年だった。遠ざかっていくフレッドの背中や、ちらちらするねずみ色のゲートルを見つめながら、少年はあざやかな色の帽子をかぶった自分の頭をうれしそうにぽんと叩いた。
するとたちまち、どこからやってきたのか、さらにたくさんの少年たちがあらわれ、ぽかんと口を開けたまま、こっそり小人のあとをつけはじめた。小人の足どりはどんどん早くなり、彼は時計を取り出して眺めては興奮してくすくす笑うのだった。太陽のおかげで彼はかすかな吐き気を覚えた。そのあいだにも子供たちの数は増えていき、たまたま通りかかった通行人もあっけにとられて、小人を眺めようと立ち止まった。どこかで教会の鐘が鳴るのが聞こえ、まどろんでいた町が活気づいてきた---そして、突然町は、もうこらえきれなくなって、ずっと我慢しつづけてきた笑い声を爆発させた。
じゃがいもエルフは、抑えられなくなって駆け出した。子供のひとりが彼を追い抜いて彼の顔をのぞき込んだ。しわがれた乱暴な声でなにか叫ぶ子供もいた。フレッドは砂埃に顔をしかめながら走っていたが、群れをなして彼を追いかけている少年たちが不意にみんな、すこやかで血色がよく体格もしっかりした彼の息子たちであるように思えてきた---彼は困ったような笑みをうかべて走りつづけ、はあはあ息を切らしながらも、赤熱した楔となって彼の胸を引き裂こうとする心臓のことをなんとかして忘れようと努力していた。
車輪をきらきらと輝かせて小人の横を走る自転車の男が、競技のときにするように手のひらをメガホンみたいに口に押しつけて彼に声援をおくっていた。女たちが玄関口に顔を出し、太陽の光を手でさえぎって、駆け抜ける小人をおたがいに指さし合っては大きな声で笑うのだった。
(貝澤哉 訳)



引用したのは、作品の後半、主人公のフレッドがある女性を追って街中を駆け巡るシーン。この書きぶり。この追い重ねて行くような文章。特別なものでないのにくっきりと迫ってくる言葉と言葉。たっぷりと見せ場が続いたあとで、物語はいよいよクライマックスを駈け上る。そしてせつない結末を迎えるころには、すっかりナボコフの作品の魅力に取りつかれてしまっているのだ。とんでもない文章家であるとか、魔術のようなストーリーテラーであるというような形容は当たらないと思う。実際は、その両方だからである。

無謀ではあるが彼の短篇の魅力を示してみることにするとこんなふうになる。…「かろやかでうきうきするような言葉が、なめらかにひろがる文字列に反射し、街かどのつやつやした郵便ポストのように真っ赤に燃え立ち、公園のゴブラン織りのような緑のなかを物語がきらりと輝きながらぶーんと低い音をたてて走り抜けていく---作品全体がきらめき、うっとりするような暖かさに息づいてゆらめいている」…すみません、ナボコフ/貝澤哉の文章を真似たつもりが、とんだ茶番になりました。反省しながら、この項、終わります。

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jacksbeansさん、はじめまして。

先日はコメントいただき、ありがとうございました。
リンクもいただき、二重の喜びです。^^
私もリンクさせていただいてよろしいでしょうか?

ナボコフの短篇全集、面白そうですね!
私は「ロリータ」が大好きなので、ぜひ読んでみたいです。

それでは、これからもよろしくお願いします。

こんにちは

ayah さん、コメント、ありがとうございます。
リンクもしていただければうれしいです。

ナボコフの短編全集は、読み切れなかったり、読み返したりで、何年でも楽しめそうな感じ。機会があれば、ぜひどうぞ。
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