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122. 天沢退二郎 光車よ、まわれ!

「光車よ、まわれ!」(1972)は、天沢の小説としては、初めての長編。ジュヴナイル向けのファンタジーでは、今や新たな「古典」のようなもの、というと大袈裟だろうか。賢治が生きていたら、果たしてこんな物語を書いただろうかと、ちょっと思ったりした。

「でもさ、いったい《光車》ってなんなのさ。ちっともわからない。」
すると龍子が、ふしぎなわらい方をして、すっと立ちあがった。黒っぽいスカートがひらいて、うすぐらい部屋の中にまるで黒い鳥が立ちあがったように見えた。
「そうね、”百聞は一見にしかず”って、むかしの人もいってるわ。今夜、みんなで見に行きましょう。」
「見に行くって、あるとこ知ってるの?これからさがすっていってたじゃない?」
「実物じゃないのよ。絵があるの。実物そっくりのがよ。そしてそれは実物をさがすのにぜったい必要なのよ。こないだ国立図書館で、あたしとトミーが見とどけていたの。もういちど行かなくちゃいけないから、ちょうどいいわ。まだ見てない人もついといでよ。」(中略)
「みんな、いったんうちへ帰って、夕飯がすんでから、七時に地下鉄の『国立図書館前』の出口にあつまるのよ。おくれた人は、『夜間閲覧室』へまっすぐ行くこと。」
そしてみんなは工場を出た。空はすみわたって、けさのあらしのあともなく、もう日は西にかたむいて、町にはうすぐらいもやがかかり、ふりむくと、鳥のかたちのやぐらだけが、夕日をうけてあかく色づいていた。


唐十郎をして「思春期の黙示録的行脚がここにある」、と言わしめた傑作は、今も古びていない。
でも、そんな大仰な表現よりも、じぶんが住んでいる町がなにかしっくりとこないと感じる少年たちのきもちを鮮やかに描いた、とそんなふうに言っておきたい気がするのである。
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こんばんは。

この物語は好きなんです。
確か70年代の初期に発表されたと記憶しているのですが、いまや古典のような風格のあるファンタジーですよね。
物語が書かれた時代と今では街並みやライフスタイルは変わったけれど、子どもたちが体験する始原的な闇への恐怖心というか畏怖心というか、そうした部分はちっとも古びていないと思うんです。

>じぶんが住んでいる町がなにかしっくりとこないと感じる少年たちのきもち
その点がこの物語を古びさせていない理由ではないのかなと、jacksbeansさんの感想を読んで思いました。

こんにちは

この物語は、熱心なファンの方が多いようですね。
わたしも最初に読んだときは、驚きました。
初めて日本の作家が書いたファンタジーらしいファンタジーだなあ、と思ったような気がしたのだったか・・・、
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