152. ナボコフ アカザ

「アカザ」(1932)は、『ナボコフ短編全集』に収録の一篇。ベルリン時代にロシア語で書かれた作品である。・・・引用部を書き写していると、これももう何度目かの経験なのであるが、なにかナボコフの文章の持つ美しさと毒に麻痺したような気分になるのは、嬉しいような怖ろしい体験なのである。

サンクト・ペテルブルグの邸宅で一番広々とした部屋は、図書室だった。プーチャは朝、車で学校に出かける前、父に挨拶をするために立ち寄った。靴底が擦れ、鉄がかちかち鳴る。父はそこで毎朝フェンシングをしていたのだ。相手はムッシュ・マスカラ、小柄な年配のフランス人で、全身ゴム状の物質と黒い剛毛でできた男だ。マスカラは毎週日曜日プーチャに体操とボクシングを教えた。しかし、腹の調子が悪く、レッスンを中断しては秘密の通路や書棚の峡谷や鬱蒼たる廊下を抜けて、しかるべき場所に三十分も引きこもった。一方、プーチャはほっそりとした手首を巨大なボクシング・グラヴに入れたまま革張りの肘掛け椅子にゆったりと手足を伸ばし、静けさのブーンという軽い音に耳を傾け、ねむり込まないにぱちぱち瞬きしながら待っていた。電球の光は、いかにも朝らしく鈍い黄色に輝き、リノリウムの床や、壁に沿って並ぶ本棚、ぎっしり押し込まれた本の無防備な背表紙、そして梨の実の形をしたパンチング・ボウルのぶらさがった絞首台を照らし出す。継ぎ目のない板ガラスをはめた窓の向こうでは、単調で不毛な優美さを見せてやわらかな雪が降りしきっていた。(沼野充義訳)


図書室、フェンシングをする父への挨拶、ゴムと剛毛のフランス人の体育教師、書棚の峡谷や鬱蒼たる廊下、梨の実の形をしたパンチング・ポール・・・、これでもかこれでもかと来て、最後は、まで降るんだものなあ。たまりませぬ。

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