163. 中井英夫 薔薇の夜を旅するとき

「薔薇の夜を旅するとき」(1971)は、連作作品集『幻想博物館』に収録の一篇。とらんぷ譚四部作の中でも、この短編集がひときわ輝いているとわたしは思う。まさに珠玉の13篇が、ここには詰まっている。

車椅子の中に深く凭れこんで、容易に立上ろうとしない男を、”白人女”はいくぶん興味本位に、またいくらかは真剣に、母性本能めいた残酷さで、外へ、現実世界へつれ出そうと考えているらしかった。”白人女”という呼び名は、そうした強引さ・性急さがいくらか煩わしく思えるときの男のひそかな呟きだが、”車椅子”という、それに対する女の批評のほうが、より鋭く当たっていたかもしれない。四肢の不自由さではなく、思考の不自由さを揶揄した言葉だが、薔薇の外ではなく内を、花ではなく根を愛する男にとっては、書斎の中でその車椅子をひとり漕いでいるときのほうが、はるかに自由な天地に遊ぶ思いがするのだった。
(中略)
何千坪かのひろがりの中で、色とりどりに咲き乱れる薔薇群を見渡しながら、男はつとめて憂鬱そうに眉をしかめた。たかが、これは”外”の風景ではないか。薔薇の内部の、この世ならぬ神秘な眺めは、暗い書斎の中でしか味わえないのだ。どれほど多くの花を見たところで、その外側にいる限り薔薇を知ったことにはならない。かれらの穏やかな秩序を敬愛し、その神殿に心身とも捧げる気持ちになって初めて果される交信。動物はまず自分らが、いかに不潔で下等な生物かを自覚すべきなのだ。


中井英夫には、もちろん「虚無の供物」という大作があるわけであるが、わたしはむしろこうした短い幻想譚が好きだ。ホフマン、メリメ、リラダン、ポー、石川淳、久生十蘭と、中井自身が敬愛した作家たちの作品と並べて、この幻想譚の系譜をたどり、いつまでも読み漁っていたいと願うものである。

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