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172. マルグリット・ユルスナール 無名の男

「無名の男」(1982)は、作品集『流れる水のように』に収録の一篇。初出(1935)では「レンブラント風に」と題されていた中篇を、後にこの作品と、掌編「美しい朝」の二つに分割したものだという。

彼は古びた桟橋で忠実に見張りの役を果たした。風の強い日などマフラーをマスクのように顔に巻きつけ、絶えまない砂の鞭から身を守るすべをたちまち習得した。大小を問わず船が遠くで縦揺れしていたが、島に近づく気配の船は一隻もなかった。昔船に乗っていたころ、凪が長く続いて船員に休憩許可が出たときなどそうしていたように、腹這いになって頬杖をついていたが、そんな姿勢で観察したり夢想したりすることで彼の時間は過ぎていった。ファン・ヘルツォーク氏の書斎にあったべっ甲や象牙や珊瑚の骨董品を思い出しながら、彼は、海の虫に蝕まれた古い足場の支柱に、ムール貝その他さまざまな貝類が象眼されて描き出す、青、真珠色、薔薇色などの奇妙なデッサンを感嘆して眺めた。あの屋敷であれほど珍重されていたがらくたも、いまはそれほどつまらないものとは思えなかった。それらは、時と磨滅と四大の緩慢な作用が事物に与える形により近かったからだ。(岩崎力訳)


「無名の男」という物語の特色は、主人公が”影の薄い男”であるというところにある。存在しているのかいないのかわからないような男。受動的なまでに無頓着で流れのままに生きる男。そしてそれまで生きてきたのと同じように嘆きもしなければさほど驚きもせずに若くして死んでゆく男。・・・つまり読者は、なぜ男がそんな生き方を選んだのかということと併せて、作家がなぜこの男を主人公とした物語を書いたのかということに、興味を抱いていくことになる。すると、同じ作品集に収められた「姉アンナ・・・」や、「美しい朝」との連なりに否応なく眼を向けさせられることになるのである・・・。ところで、ぜひ書きとどめておきたいことがある。もうひとつの「美しい朝」という作品が、それはもうとんでもなく美しいのである。



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