28.フリードリヒ・グラウザー クロック商会

グラウザー、母国はスイス、ドイツ語圏のミステリの先達である。代表作は、スイス・ベルン州警察の「シュトゥーダー刑事」シリーズ、「クロック商会」(1937)は、その第4作である。

1930年代のドイツ語圏のミステリというと、もっと重厚なものを想像してしまったのだが、これはむしろ軽い調子、なにかひょうひょうとした感じで物語が展開されていく。同時代のイギリスでは、イネス、クリスピン、バークリー等が独特の超喜劇的探偵小説を展開していた頃、しかしグラウザーの面白さはこれとも違う調子、地味ながら独特の味わいがあって愉しい。

死んだ男はホテル<鹿亭>の地下室入口の真っ白に磨きあげたテーブルに寝かされていた。テーブルの明るい木地に一筋の血がとぐろを巻いていた。それがゆっくりセメントの床にしたたり落ちて――古ぼけた柱時計が時を刻むような音を立てた。
 死んだ男。おそろしくノッポの、ひょろ長くて若い男。こげ茶色のポロシャツを着、短い袖から左右の腕がつき出している。長髪でブロンド。足は明るいグレイのフランネル・ズボンにつっ込んでいる。
凶器は頭の脇にころがっていた。ナイフでもなければピストルでもない‥‥‥ちょっと類のない、ついぞ見たことのない殺し道具。鑢をかけて尖端をするどくとがらせた自転車の車輪のスポークだ。
(種村季弘訳)


「クロック商会」は、事件にもトリックにも謎解きにも、あまり迫力はない。探偵役のシュトゥーダーも終始地味で、際立った姿を見せてくれるわけではない。何か低いトーンのまま物語が展開していき、派手なアクションも事件も謎解きもないまま完結する。しかしそれが快い。そしてそれだけではない。グラウザーは、その時代の人間と人生について、確かに描いてみせてくれたとも言える。彼が描いてみせた1930年代のスイスのアルプスを仰ぐ村の中で進行する人間の姿は、あまりにあまりに儚いのである。
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