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307. アーネスト・ヘミングウェイ ギャンブラーと尼僧とラジオ


「ギャンブラーと尼僧とラジオ」は、短篇集『勝者に報酬はない』(1933)に収録の一篇、ヘミングウェイのキー・ウェスト時代(1928-36頃)の作品である。ここで自動車事故を起こした時の体験をもとに書かれた短編だという。・・・作中には、入院中の主人公フレイザーが病院のなかで出会ったメキシコ人たちの姿が描かれている。もちろんそこが読みどころなのである。

その晩、例のメキシコ人たちが、病棟でアコーディオンやら何やらの演奏をした。実ににぎやかな演奏だった。アコーディオンが空気を吸い込んでは吐き出す音、組み鐘や打楽器や太鼓の音が、廊下中に鳴り響いた。(中略)
すこし離れた病室にいるフレイザー氏の耳には、警察に派遣されたメキシコ人たちの奏でる音楽を聞いて楽しげに笑っている彼らの声が聞こえた。メキシコ人たちはすっかり楽しんでいた。彼らは興奮した面持ちでフレイザー氏に会いにきて、何か演奏してほしい曲はあるか、とたずねた。夜になると、彼らは自らの意志でさらに二回訪れて、演奏した。
彼らが最後に演奏しにやってきたとき、病室に横たわっていたフレイザー氏は、ドアをあけ離して、騒々しい、下手くそな演奏に聴き入った。すると、いろいろなことを考えずにはいられなかった。何を演奏してほしいかと彼らに訊かれて、フレイザー氏は”ラ・クカラーチャ”をたのんだ。この曲は、男たちを死に駆りたてた多くの曲に共通の、不吉な軽快さと繊細さを備えている。彼らは騒々しく、感情をこめて演奏した。フレイザー氏の精神状態にとって、この曲は同種のたいていの曲よりも好もしかったが、効果は似たようなものだった。
(高見浩訳)


ただこの騒ぎを面白おかしく眺めているだけでよさそうなものだが。
少しだけ物語のなかに影を落とすものがある。それは、メキシコ革命の内戦がまだ続いていた時代だったということである。フレイザーが精神的に不安定な状況が続いているのは、たんに事故と酒のせいだけではなかったのである。鮮やかな文章で綴られた物語だけに、そんな影の部分がいっそう気になるのである。



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