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341. ソル・ファナ カスタリアの氾濫92番

ソル・ファナ(1651-1695)は、メキシコの詩人。スペイン・ハプスブルク帝国の末期、植民地(メキシコ)で生まれた。学問を続けたいがために修道女となり、詩や散文を書いた。”詩こそが最高の文学だった17世紀末という時代に、世界で最も愛された詩人”なのだという。・・・引用したのは、詩集『カスタリアの氾濫』(1689)、邦訳は、『知への賛歌―修道女ファナの手紙』(光文社文庫)がある。


 頑迷なる男たちよ、故もなく
女を非難するのは、自らが
原因であることを見ぬがゆえ。
自ら非難しているまさにそのことの。
 比類なき熱意を傾けて
女を蔑むよう呼びかけるのなら
女たちによきふるまいを望むのはなぜ?
悪へと自らそそのかしておきながら。
 彼女らの抵抗を打ち破った
その後で、重々しく
あなたたちは尻軽のせいと言う。
懸命の努力によって得たものなのに。
 あなたのおかしな見解の
空元気はまるでお子さま、
お化けを呼び出しておいて
自らそれに怯えてしまうような。
 世にもおかしな自惚れから、
あなたは求める女にこう願う―
言い寄っているときにはタイスであってくれ、
手に入れてからはルクレシアであってくれ。
こんなおかしな気性があるだろうか?
分別がないにもほどがある、
自らの息で鏡を曇らせておきながら
映らないといって嘆くとは。
(第一行~二十四行、旦敬介訳)



まず、十七世紀末のメキシコで、宗教的な抑圧社会のただ中で、こんなふうに明快に自らの思いを表現したということの凄さを思い浮かべなくてはならない。それにその書き手が美貌の修道女であるときては。
次いで、これがフェミニズム文学のさきがけだとかいう指摘よりも、こうした自由な表現や生き生きとした人間の存在が、十七世紀末のメキシコで許されていたということと共に、社会的にも歓迎されたということに心を揺さぶられなければならない。
三番目に、この率直で直接的な言葉と表現が、まさに知と生の賛歌として今もなお迫ってくるということに驚嘆しなくてはならないと思うのでありました。

注)引用文中、「タイス」は古代ギリシアの宮廷娼婦、「ルクレシア」は古代ローマの伝説で貞淑の模範とされた女性。



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