360. サルバドール・プラセンシア 紙の民
プラセンシア(1976~)は、メキシコ出身の作家、8歳で家族と共にアメリカに移住し、以降はロサンゼルスに在住。「紙の民」(2005)は、彼の驚くべきデビュー長編である。いや単に驚くべきというより実験的で不思議で自由奔放な作品であると書くべきか。なにしろ、対土星戦争の顛末を描くというのだから。おまけにサヤマ・サトル(タイガーマスク)とリタ・ヘイワースまで登場するときては。
サントスにも、タイガーマスクにも、わざと負けるつもりはなかった。十年近く巡業し、その間は同じ楽屋を使い、大陸間タッグチームチャンピオンに六度輝いた二人だが、今回はリングを挟んで向かい合っていた。最初の三ラウンドは慎重な戦い方に終始した。両者とも、硬いマットに体を打ちつけることがないよう用心していたし、場内の空気は肺に負担をかけていた。グアダラハラ大公会堂の天井に書かれたメキシコの長編詩によれば、ヒーローというものは、第四ラウンドにおいて誕生するか、あるいは敗れるものである。そしてそのとおりであった。・・・
(藤井光訳)
美しいブルーの表紙カバー、大好きなメキシコの本、「これだけ奇妙奇天烈で、これだけ悲しく、これだけ笑える小説が他にあったら教えてほしい。」という大仰で魅力的な腰巻のコピー。・・・これほど読むべしという条件が揃っていると逆に読みたくなくなるものだが、やっぱり読まずにいられなかった。
しかしなんて変な本なんだろう。メタフィクションといってしまえれば簡単なんだが、そんな単純なものではない。ひとつの物語が始まったと思ったら、それがいつのまにか分岐していて、複数のはなしが同時進行しているということに気がついたとき、迷わずに読み進むために読者はどうすればいいのだろう。そのひとつひとつがとても奇妙でわけわかんなくてしかもとびきり魅力的であったりした場合は。


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