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367. レン・デイトン メキシコ・セット

まずは、メキシコ・シティの街頭の光景を見てもらおう。「メキシコ・セット」(1985)の冒頭部の一節である。前作、「ベルリン・ゲーム」で思わぬ事件が生じた結果、わたし(バーナード)は、いわば実習生の身分に降格されている。そんな中、上役のディッキーと共に、はるばるメキシコまで出張任務を課せられて赴くこととなった。

もう夕方に近い時刻だった。あらしの前の、奇妙に影のない明るい光に、町は輝いていた。インスルヘンテス大通りを這うように進んでいた六車線の車の流れの全部がピタリととまると、さらにおおぜいの新聞売りが路上にとび出し、おまけに花売りの女と、巻いた宝くじのはしをトイレットペーパーのように垂らした男の子も出て来た。
くたびれたジーンズに格子縞のシャツ姿の、くっきりした顔だちの男が、車のあいだを縫いながらやってきた。小さい子供をひとり連れている。手にはコカ・コーラの瓶を握っていた。男はその中身をぐいと呷ると、頭をそらして天をにらんだ。それから銅像のように身じろぎもせずに立ったまま、呼気に火をつけて大きな火の玉を噴き出した。
「なんてこった!」ディッキーはいった。「あぶないことしやがって」
「生きてくためさ」とわたしはいった。(中略)
見ていると、火食い男はまたまた火の玉を吐き出し、その間に小さな男の子は、運転席から運転席をせわしくまわって、父親の演技の見物料をとりたてた。
ディッキーはデニムの上着の切りポケットからメキシコ硬貨をつかみ出し、その何枚かを子供にやった。
(田中融二訳)



「メキシコ・セット」は、言うまでもなくレン・デイトンの名作『バーナード・サムソン、三部作』の一篇である。この英国スパイ小説の、濃密で、周到で、狡猾で、ロマンチックな味わいを、わたしは心から愛するものである。ここで描かれたメキシコ・シティの光景はいかにも楽しげであるが、もちろんこの小説は、それよりずっと面白いのである。

デイトンをとりあげたのであれば、ル・カレやライアルの作品の中のメキシコについても触れたいところである。しかし残念ながら、スパイ小説の宿命だろうか、彼らの物語の舞台はイギリスと旧ソ連、またはヨーロッパ諸国やせいぜいアメリカに限定されることが多い。例えば、ライアルの「クロッカスの反乱」(1985)では、こんなふうな一行で片づけられてしまうのである。曰く『アメリカにおけるKGBの諜報活動の大半はカナダとメキシコからの指令にもとづいて行われている。』(菊池光訳)

PS. スパイ小説の中のメキシコ、モームの「秘密諜報部員」(1928)には、スパイにぴったしの顔をしたメキシコ人が登場するのを思い出した。別途、記事にしようと思う。




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