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369. トマス・ピンチョン 競売ナンバー49の叫び

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「競売ナンバー49の叫び」(1966)は、ピンチョンの長編第二作。この作品が書かれた当時、1960~70年代にかけてピンチョンは、”おそらく”、メキシコとカリフォルニアで生活していただろうという。

事態が進行するにつれて、あらゆる種類の啓示が出てくることになった。ピアス・インヴェラリティにも、エディパ自身にも、ほとんどかかわらないことなのだが、これまで存在していながら、なぜか、いままで見えなかったものにかかわっていた。なにか干渉阻止的な、絶縁的な感じが立ちこめていて、ある種の強度というものが不在であることにエディパは気づいていた。まるで、わずかにそれと感じられるくらいに焦点がずれているのに、映写技師が直そうとしない映画を見ているようなのだ。同時に、そっと自分にグリム童話のラプンツェル姫的な、憂いに沈む女の子のような奇妙な役を演じさせてもいた。なぜか、魔法のように、キナレットの町の松林や海の塩分を含んだ霧のなかに囚われの身となり、だれかがやってきて、おい、きみの髪を解いておろしたまえ、と言うのを待っているようであった。(中略)
メキシコ・シティに行ったとき、二人はどうしたはずみか、スペインから亡命してきた美しいレメディオス・バロの絵画展にさまよいこんだ。ある三部作の中央の、「大地のマントを刺繍する」と題された画のなかには、ハート形の顔、大きな目、キラキラした金糸の髪の、きゃしゃな乙女たちがたくさんいて、円塔の最上階の部屋に囚われ、一種のタペストリーを刺繍している。
そのタペストリーは横に細長く切り開かれた窓から虚空にこぼれ出て、その虚空を満たそうと叶わぬ努力をしているのだ。それというのも、ほかのあらゆる建物、生きもの、あらゆる波、船、森など、地上のあらゆるものがこのタペストリーのなかに入っていて、このタペストリーが世界なのである。エディパは意固地になってこの画の前に立ち尽くして泣いた。・・・
(志村正雄訳)



この引用部で使われている”ラプンツェル姫”(グリム)と、”大地のマントを刺繍する”(レメディオス・バロの絵、三部作の一枚)の挿話について想いをめぐらせてみることができれば、もうシメタものである。ピンチョンの作品が難解だなんて誰が言ったんだい!と大口を叩いてみることもできる。・・・これは、主人公であるエディパの”塔”からの脱出物語なのである。紛れがあるとしても、脱出ではなく別の塔への出発なのかどうか、そのくらい。



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