スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

371. マルカム・ラウリー 火山の下

火山の下


白水社版「火山の下」の表紙カバー画には、ディエゴ・リベラの描いた「死者の日」が使われている。ラウリー(1909-1957)の書いたこの長編は、まさにある年の死者の日の一日(1938年11月2日)の出来事を描いたものである。たった一日の物語を、邦訳で約500頁の長編小説として書きあげている。   引用は、作品の第一章に付せられた主人公のジェフリーによる手紙の一節。

・・・夜。そしてまた夜ごと繰り返される死との闘い。悪魔の交響楽の旋律に震える部屋、悪夢に怯えるひとときの眠り、窓の外に響く声、来るはずもない人間たちが繰り返し嘲笑的に口にする自分の名、闇に響くスピネット。真の騒音が足りないかのような、銀髪色の夜。聞こえてくるのは、包帯を解かれる巨人たちの苦悶の声にも似た、耳をつんざくアメリカの都市の喧騒ではない。野良犬の遠吠え、一晩中鬨を作る雄鶏の声。太鼓の音、うめき声。あとでそれが、裏庭の電線の上に群がる白い羽や、リンゴの木にとまっている鶏だと気づく。けっして眠らぬ大メキシコの永遠の悲しみ。僕なら、己の悲しみは古い修道院の闇の中に、罪は回廊の中に、タペストリーの下に持っていきたい。冷たい淡黄色の死人となったときにふたたび美しい姿となる、悲しい顔をした陶工や脚のない乞食が夜明けに酒を飲む、想像もつかぬ悲しみの酒場に持っていきたい。だから、イヴォンヌ、君がいなくなったとき、僕はオハアカに行ったのだよ。あれ以上の悲しみはない。イヴォンヌ、砂漠を越えてそこにたどり着くまでのすさまじい旅の話をしようか。
(斎藤兆史監訳、渡辺暁、山崎暁子共訳)



メキシコにおける「死者の日」の位置付けについてはあらためて書くまでもないだろう。家族や友人達が集い故人への思いを馳せて語り合う祝祭である。「火山の下」(1947)は、まだ死んではいない主人公に対して、あらかじめ書かれたレクイエムのような小説であると思う。



にほんブログ村 本ブログ 海外文学へ




関連記事
スポンサーサイト

⇒comment

Secret

被災地の学生を応援しよう!
プロフィール

jacksbeans

Author:jacksbeans
ようこそ!
記事のカテゴリ区分は、
①自転車、②図書室、③青、④メキシコ、⑤フルーツ、⑥階段、⑦画家、⑧スープ、⑨音楽、⑩綠、です



にほんブログ村 本ブログへ

ブログ村ランキング参加中、
クリックしていただけると幸いです。

カテゴリ
月別アーカイブ
04  12  09  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04 
検索フォーム
最新コメント
最新記事
PVアクセスランキング/海外文学
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。