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397. ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた

『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』(1986)は、連作短編集である。収録されているのは、SFではなく、ファンタジーが三篇。すべて、メキシコのキンタナ・ローを舞台にしている。とても不思議で魅力的な作品集である。・・・作者自身によるまえがきのような文章が冒頭に添えられているので引用してみる。

キンタナ・ロー   発音はキーンターナ・ロウ   は、実在の、とてもふしぎな場所である。そこはユカタン半島の長くのびた波の荒い東海岸に位置し、公式にはメキシコの一部だが、心理的にはちがう。密林におおわれたその海岸での生活日誌は、ときとして、未知の惑星での生活記録とも思えるほどだ。
ここに居住するマヤ族は、メキシコからホンジュラスやグアテマラを越えてさらに南へ広がり、その人口は数百万二のぼるが、部族間の差異が、しばしば"国家"の境界よりも重視される。(中略)
マヤ族はほとんど"征服されて"おらず、たいていの場合、自分たちをそんな目で見てはいない。部族が混合し、隷属状態を何度も経験したメキシコ本土のインディオと彼らを比べると、腰が低くて階級意識の強いロンドン市民と、いつまでも古い風習を捨てない高地スコットランド人ぐらいの差がある。(中略)
現在のキンタナ・ローの特異性は、いうまでもなく、また嘆かわしいことに、西欧的、アメリカ(グリンゴ)的な生活様式の洪水の前に埋もれようとしている。だが、ここかしこに見られるのは、マヤの一千年の文化を復興させたいという関心だ。そして、表面下には、巨大な力を持つ潮流と、古い海流が流れている。ここに記された物語の材料は、その大部分がかけ値なしの真実である。残りの架空の部分については、それが四千年を経た声、キンタナ・ローで夜ごとのささやきとつぶやきをくりかえす声によって運ばれてきたものではないと、だれが断言できよう?(「キンタナ・ローのマヤ族に関するノート」、越川芳明訳)



そして、いよいよ物語が開始する。最初の「リリオスの浜に流れついたもの」という作品は、こんなふうに始まる。   『その男を先に見つけたのは、年とったココ椰子農園の監督だった。・・・』

主人公は、マヤ族の生きてきた世界と海である。三篇、どれもが味わい深い。
『なんでもこちらの必要なものを、海は送り届けてくれる』という視線が、三篇の物語を貫いているように思う。



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