424. C・R・マチューリン 放浪者メルモス (フルーツ小説百選)

「放浪者メルモス」(1820)は、ゴシック小説の巨編である。奇書である。その後の幻想小説や恐怖小説の源となった作品のひとつでもある。ポーやバルザックやワイルドの賛美の一方で、この作品を読むと不幸になるとか、いやそうではなくて読了してしまうことが(もうそれ以上読めないという意味で)不幸なんだとか、十回読んでもプロットさえわからんとか、一回読み切る前に目が回ったとか眩んだとか気絶したとかしないとか、いやはやわけがわからないほどの伝説に彩られた大著である。
邦訳は、国書刊行会版の世界幻想文学大系の一巻として含まれていたが絶版。代わって、最近、新装版が出た。

この島の唯一の美しき住人は、彼女を神と崇める人々との遭遇で心乱されたものの、やかで平静を取り戻したのだった。凡そ恐怖と云うものを絶えて知らなかったが、彼女の住むこの世界には敵愾心を持って向って来る何ものも存在しなかったからである。太陽の光と翳   花々と葉叢   彼女の糧となるタマリンドや無花果   渇をいやそうとして身を屈める毎に向うから今一人の美女が水を掬おうとするので吃驚りしてしまう水   姿を見ると豪奢な羽根を広げて見せる孔雀たち   肩や手に止まって散歩の伴侶ともなり、甘い呼びかけには囀って答える鶍(いすか)   これら一切の友達であって、彼女が知っているものと言えばこれらに限られていたのである。(中略)

この時異邦人が空腹を訴えたのをイマリーはすぐに理解し、自分について来るように言った。タマリンドや無花果が実をつけている所へ   底に在る紫色の貝を数え得る程に澄んだせせらぎへ   カカオの殻で冷たい水を掬うことの出来るマンゴオの緑陰へと案内しようというのであった。道すがら彼女は自分の事を知る限り喋った。自分は或る棕櫚の木の子供であって、その樹下で自分は呱々の声を挙げたのであったが、可哀想に父なる木は枯死してもう久しい   自分は随分年取っている。沢山の薔薇がその茎の先で死ぬのを見て来たからで、新しい薔薇が花をつけても、自分としてはもっと華やかに大輪を咲かせた最初の薔薇の方が好きなのだ   この頃では何もかも小さくなってしまった。何故なら今では自分が手を伸ばせば届く果実だが、この間までは向うの方から地に落ちて来るのを手を拱いて待っている他はなかったからだ   逆に水は丈高くなった。嘗ては飲もうとすると自分は四つん這いになる必要があったのに、今ではカカオの殻で掬える程であるからだ。イマリーはこうした事どもを話し続け、最後に自分は月よりも遙かに年老いているのだと加えるのだった。 
(富山太佳夫訳)


主人公の放浪者メルモスは、誘惑者でもある。ただし、”決して成功しない誘惑者”であるという設定が面白い。悪魔に魂を売った代わりに、百五十年続く青春と、時空を超えた神通力と、現世的快楽の全てを得る力を授けられた。しかし、百五十年後には堕地獄の劫罰が待っている。逃れるためには、誰か別の人間を誘惑しその魂を悪魔に売り渡すよう仕向けねばならない。
かくして、メルモスの放浪と誘惑の旅が始まる。永遠に閉じることかなく、劫罰から逃れることのできない旅が始まるのである。

引用文は作中に語られる”印度魔島綺譚”の一節。
島を訪れたメルモスは、ここで無垢の少女イマリーと出会う。そして彼女を誘惑しようとする。この印度洋上の孤島は、もちろん人間の歴史から隔離された自然の”楽園”である。楽園であるから、そこには花が咲きほこり果物がたわわに実っていることはいうまでもない。”印度魔島綺譚”は、この楽園喪失の物語であり、(たぶん)美しくも哀しい悪魔と乙女の恋物語でもある。



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