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472. ゴールズワージー 林檎の樹

「林檎の樹」(1916)は、恋愛小説の古典である。ひとりの男の回想の物語である。
冒頭には、エウリビデスの『ヒポリタス』という悲劇のなかで歌われる詩が引用されている。

 黄金なる林檎の樹、
 美しく流るる歌姫のこえ

もちろん、ギリシア神話の理想郷でたわわに実をつける林檎の樹のようなものを追い求めるのは、今や儚い夢のようなものだというのである。

その夜、もう十一時近くなっていた。読みもせずに半時間も手にしていたポケット版「オディセイ」を置き、アシャーストはそっと前庭を通り抜けて果樹園に下りて行った。ちょうどいま出たばっかりの月は本当の黄金色をして丘の向こうに輝きわたり、あかあかと力強い見張り番の妖精のように、まばらに葉をつけた梣(とねりこ)の枝々の間からのぞいていた。林檎の樹々の間はまだ小暗く、アシャーストが方角を確かめようとして立ち止ると、足元にざらざらした、草の葉の触れるのを感じた。(中略)
見れば頭のまわり一面、かすみなす生々とした白の一いろだった。こそとも動かぬ黒い樹々の無数の花や蕾、ほのかに匂うそれらのすべては、這いよる月光の魔法にかかって生命を与えられているのだ。アシャーストは生きとし生けるものたちの、いとも奇妙な感動をおぼえた。それはちょうど幾万ともしれぬ多くの白蛾か妖精が浮き出てきて、暗い夜空と、それよりもなお暗い大地の間にむらがり、彼の眼の高さくらいのところで翅をひろげたり、つぼめたりしているように思えた。その瞬間のまどわしい、静かな、匂いのない美しさは、なぜ彼がこの果樹園にやって来たのか、それすら忘れて しまうほどだった。日中ずっと地上をおおうていた、うきうきした魅力は、静かな夜の今もただよっているが、ただ、この新しい姿に変わったのだ。
(渡辺万里訳)


引用したのは、青年が待ち合わせ場所の林檎の樹の下まで出かけていく場面。
夜、月光、小川、樹々、あまりに美しい情景に出会って、男はその場所が自分たちにふさわしい場所ではないという感じにとらわれる。神と女神、牧神と妖精にのみふさわしい場所ではないかと思えてくる。だから、”彼女が来ない方が、その方がよっぽど救われる”と、そんなふうに感じてしまうのである。
しかしもちろんそんなことは嘘である。彼は、ひたすら耳をすまし、彼女の気配を探している・・・。

百年前の小説に、ちょっとだけ、こころを揺り動かされて、本を置いた。
“ちょっとだけ”としたのが”見栄”のためかどうかは書かない。




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