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488. デュ・モオリア 林檎の木 (フルーツ小説百選)

TheAppleTree.jpg


“フルーツ小説選”のなかに、ひとつくらい恐怖小説があってもいいな、ということに気がついて、迷わず選んだのがデュ・モオリアの「林檎の木」(1952)だった。
あからさまの恐怖も戦慄も、ここにはないけれど、ページをめくるたびに確実に着実に嫌な雰囲気がじわっと押し寄せてくるのがはっきりと感じられる。わずか70~80頁の作品だからこそ耐えられたのだとすると、これが短篇だったことに感謝すべきだと思うのである。

彼がその林檎の木に気が付いたのは、妻が死んでから三カ月目のことだつた。それが他の木と一緒に、上の畑の方に向かつて高くなつて行く家の前の芝生に生えてゐることは、勿論彼も知つていた。併しその木が左の列の三番目に、他のよりはテラスに向つてもつと傾いて生えてゐるといふことは別として、それが他の木と何かの意味で違つてゐるのを感じたことはそれまでに一度もなかつた。
 早春のよく晴れた朝で、彼は開け放した窓の前に立つて髭を剃つていた。そして朝の空気を吸はうとして、顔を石鹸の泡だらけにして剃刀を片手に、窓から体を乗り出した時、始めてその林檎の木に目を留めた。それは丁度その時森の向うから昇つて来た太陽の光線の加減で、木がさういふ風に見えたのかも知れないが、彼は、確かに似てゐると思つた。
(吉田健一訳)


1953年初版のダヴィッド社版の『林檎の木』は、かなり紙の劣化と変褪色が進み、修理が必要な時期になってきた。しかし古い本のもつ独特のにおいや雰囲気は、糊をつけ、テープを貼るごとに少しずつ失われていくような気がして、ついそのまま置いておくことになる。こんなふうに時々思いついたように取り出してきて本を開いてみると、なにか訳のわからないメモまで挟んであったりして、そこに閉じこめてきたもの、そこからこぼれおちてしまったもの、どちらもたくさんあるなぁと、ひとり失われた時を求めてみたりする。
・・・なんてしゃちほこばった感想を書いていると、少しはこの本の怖さも薄れるってものだ。



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