60.カズオ・イシグロ わたしたちが孤児・・・

「わたしたちが孤児だったころ」(2000)は、イシグロが書いた探偵小説である。クリスティやセイヤーズの時代の名探偵を20世紀の物語の中に再び放り込んでみたかったと、イシグロ自身が語っているらしい。しかししかし、もちろんなのであるが、これはミステリでもハードボイルドの探偵小説でもない。読み始めるとすぐに、いつものイシグロの現実と幻想が絡まった不思議な物語の世界に、どんどんどんどん転がり落ちていくのでありました。

それから三、四日過ぎたある曇った日の朝のこと、わたしがひとりで我が家の正面にある車回しの芝生の上で遊んでいると、隣家との境の垣根の向うからなにか物音が聞こえてきた。アキラが姉の自転車に乗って馬車道のあたりを動き回っているのだということがすぐにわかった。それまでにも彼がその自転車に乗ろうとしているのを何度も見たことがあったからだ。この自転車はアキラにはまだ大きすぎたので、彼がなんとかバランスをとろうともがくたびに、車輪がこすれるような音がした。そのうちぶつかる音と彼が悲鳴をあげて自転車から落ちる音が聞こえてきた。アキラは二階の窓からわたしが遊んでいるのを見つけて、わたしの注意を引こうとして外に出てきて自転車遊びを始めたのかもしれない、という考えがわたしの頭に浮かんだ。(中略)わたしが彼のほうに近づいていっても、まだ気づかないようなので、ついにわたしはこう言った。
「この間は来られなくて悪かったよ」(入江真佐子訳)


「自転車がまだ大きすぎてうまく乗りこなせない」、そんな時期。少年にとって、そんな時期がとてもとても大事であると、わたしは考えたりするものであります。
イシグロのこの小説でも、主人公の探偵バンクスは、その時期の体験と記憶を引きづりながら、上海~ロンドン~上海~ロンドンと地球を巡り、戦時下の世界をくぐり、生きていくのでありました。

関連記事
スポンサーサイト

⇒comment

Secret

被災地の学生を応援しよう!
プロフィール

jacksbeans

Author:jacksbeans
ようこそ!
記事のカテゴリ区分は、
①自転車、②図書室、③青、④メキシコ、⑤フルーツ、⑥階段、⑦画家、⑧スープ、⑨音楽、⑩綠、です



にほんブログ村 本ブログへ

ブログ村ランキング参加中、
クリックしていただけると幸いです。

カテゴリ
月別アーカイブ
04  12  09  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04  03  02  01  12  11  10  09  08  07  06  05  04 
検索フォーム
最新コメント
最新記事
PVアクセスランキング/海外文学
リンク