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863. トマス・ピンチョン 競売ナンバー49の叫び (画家小説百選)

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レメディオス・ヴァロについては、先に記事を書いた。
ピンチョンの長編、「競売ナンバー47の叫び」(1966)には、ヴァロの『大地のマントを刺繍する』(1961)という絵が登場してきて、小説の中で重要な役目を担う。この絵が、小説の主人公であるエディパに大きな力をもって迫ってくる。

事態が進行するにつれて、あらゆる種類の啓示が出てくることになった。ピアス・インヴェラリティにも、エディパ自身にも、ほとんどかかわらないことなのだが、これまで存在していながら、なぜか、いままで見えなかったものにかかわっていた。なにか干渉阻止的な、絶縁的な感じが立ちこめていて、ある種の強度というものが不在であることにエディパは気づいていた。まるで、わずかにそれと感じられるくらいに焦点がずれているのに、映写技師が直そうとしない映画を見ているようなのだ。同時に、そっと自分にグリム童話のラプンツェル姫的な、憂いに沈む女の子のような奇妙な役を演じさせてもいた。なぜか、魔法のように、キナレットの町の松林や海の塩分を含んだ霧のなかに囚われの身となり、だれかがやってきて、おい、きみの髪を解いておろしたまえ、と言うのを待っているようであった。(中略)
メキシコ・シティに行ったとき、二人はどうしたはずみか、スペインから亡命してきた美しいレメディオス・バロの絵画展にさまよいこんだ。ある三部作の中央の、「大地のマントを刺繍する」と題された画のなかには、ハート形の顔、大きな目、キラキラした金糸の髪の、きゃしゃな乙女たちがたくさんいて、円塔の最上階の部屋に囚われ、一種のタペストリーを刺繍している。
そのタペストリーは横に細長く切り開かれた窓から虚空にこぼれ出て、その虚空を満たそうと叶わぬ努力をしているのだ。それというのも、ほかのあらゆる建物、生きもの、あらゆる波、船、森など、地上のあらゆるものがこのタペストリーのなかに入っていて、このタペストリーが世界なのである。エディパは意固地になってこの画の前に立ち尽くして泣いた。・・・
(志村正雄訳)


ヴァロの『大地のマントを刺繍する』という絵が、小説の主人公であるエディパに大きな力をもって迫ってくる。エディパは、この絵のなかの女性と同じように、自分が円塔に閉じ込められているような存在であると感じている。
しかし、これだけでは、”絵が重要な意味を持って登場する小説”であるに過ぎない。
絵が登場するだけではなく、ヴァロという画家そのものがエディパという女性の存在にそのまま重なってくるのだということに気がついて、初めてこれを”画家小説”であると呼ぶことができるのだと思うのである。


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