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872. 雨月物語/夢応の鯉魚 (画家小説百選)

新釈雨月物語

今日の一篇は、石川淳による『新釈雨月物語』から、「夢応の鯉魚(むおうのりぎょ)」である。
画家小説選のなかでも白眉の一篇と書いておくべきか。 ・・・登場するのは、ひとりの老僧。巧みに絵をかくことで、世に知られていた。ある日、その僧が、水の底はるかにもぐり、魚の世界にあそぶこととなった。

不思議のことかなと、おのれの身をかえりみれば、いつのまにか金光ぴかぴかと鱗を生じて、ひとつの鯉魚とは化していた。それをあやしくもおもわずに、尾をふり鰭をうごかして、こころのままに湖水をめぐる。まず長良の山おろし、立つ浪に身をのせて、志賀の入江の汀にあそべば、かちで行きかうひとびとの、裳すそをぬらすけしきにびっくり。比良の高山の影うつる水底ふかくもぐろうとすれど、堅田の漁火のかくれなく、きらめく方にさそわれるのも魚ごころか。真夜中の水のおもてにやどる月は、鏡の山の峰に澄み、湊湊にかげる隈もなくてあざやか。沖の島山、竹生島、波にゆらぐ朱塗の垣には目もくらむ。伊吹の山風吹きおちて、朝妻船も漕ぎ出れば、葦間にねむる夢をさまされ、矢橋の渡にかかっては、船頭の棹おそるべく、瀬田の橋にちかづくと、そこの橋守にいくたびか追われた。
(「夢応の鯉魚」、石川淳訳)


石川によれば、秋成の怪異譚が描く世界は、中国の怪異小説とも日本の古典小説の仏教にもとづく世界観とも異なる独特の発明になっているという。曰く、   「雨月」には、来世も、あの世もない。オバケが出て来ても、あの世へ行ったのがまたこの世へ戻ってきてあの世へ行くという仕掛けではない。あの世へ行くという途中で出て来る。これは実在の世界と未知の世界という二つの配置があって、同時にその双方に関係する、つまり論語にいう「両端をたたく」。端が二つあって、それを同時にたたかなければならない。そうしなければ世界像は完全につかめない。   そういう世界観なのだという。



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