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877. ピエール・クロソウスキー ロベルトは今夜 (画家小説百選)

B,Pierre Klossowski、Roberte et les Collégiens V (vision du Professeur Octave), 1974
(Pierre Klossowski、Roberte et les Collégiens V (vision du Professeur Octave)
; クロソウスキー自身による「ロベルトは今夜」の挿画,1974)



クロソウスキーの「ロベルトは今夜」(1965)は、深遠な哲学小説として、難解な神学小説として、或は鮮烈なポルノグラフィとして、長く読み継がれてきた。77年には映画にもなった。しかし、その後、作家の方はさっさと画家へと転身しまい、伝説と共に残された読者はまぬけ面をしてとまどうばかり。・・・というのが、今、「ロベルトは今夜」を読むときのおおまかな見取り図ということになるだろうか。

じっさい、活人画というジャンルは、人生の情景を理解する一方法にすぎないにしても、その情景は、ほかでもない、あのたえずくりかえされる人生をわれわれに示しているはずだ。息づまるような一瞬のうちに人生の根源が理解されるように、そういう人生も、まさにくずれ落ちんとする瞬間に捉えられるものである。しかし、くりかえされる人生の実相は、もし芸術家によって画像に表現されなかったら、それ自体では救いようのないものである。芸術家はこういう情景を再現することによって、人生のやりきれないくりかえしから解放される。『感情教育』におけるフローベールの努力は、おそらくそういうものであった。ところで絵について語るとき、《活人画》を云々するのは、同じことを重複して語るようなものである。絵にはあらかじめかならず《活人画》がありはしないか。
(若林真訳)


でもしかし、とまどっているばかりではなく、画家小説選を編むものとして、これだけはぜひとも書き留めておかねばならない。それは、この小説が提示する「活人画」というテーマについてである。・・・引用した文章は、わずか数行にすぎないが、すこぶる難解でなかなか頭に入ってこない。『感情教育』は、そんな作品だったのか!、と横道のほうに視線がよろめいたりする。しかし、この数行が、きわめて重要な個所であることはわかる。ここさえ読み解けばしめたものである、ということはわかる。わたしにしてみれば、それだけでも成果か。或は、ポルノグラフィとして読むだけで良かったか。



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