893. J.G.バラード コーラルDの雲の彫刻師/ヴァーミリオン・サンズ (画家小説百選)

Vermilion Sands


J・G・バラードの短篇「コーラルDの雲の彫刻師」(1967)は、架空のリゾート地である"ヴァーミリオン・サンズ"を舞台にしたシリーズの一篇である。連作小説のひとつだが、独立した作品としても読める。或は、独自の短篇として読むことで得られる味わいもある。とても完成度の高い小説だと思う。
訳者の浅倉久志は、 "バラードは、風景を人間の心理の表出と考える、きわめて視覚的な作家である" としたうえで、作家の次のような発言を紹介している。      『わたしは昔から画家になりたかった。絵画に対するわたしの趣味は、小説に対する趣味よりもずっと幅が広くて、ほとんどあらゆる時代の絵画に興味があるんだよ。 (中略) どこかで前にいったことがあるが、わたしの小説はみんな何枚かの絵でできている。ヴァーミリオン・サンズの物語も、一種の視覚的な経験だ」

  見物中の一台の車から嘆声が上がった。ノーランはまるで自分の作品の除幕をするように、翼を横滑りさせて雲から離れた。午後の太陽に照らし出されたのは、あどけない三歳の幼児の顔だった。まるまるとした頬が、穏やかな唇とぽっちゃりしたあごを縁どっている。一人ふたりが拍手するのといっしょに、ノーランは雲の上へと舞いあがり、その頂をさざ波立たせて、リボンと巻き毛を作りあげた。
  けれども、ほんとうのクライマックスがまだこの先にあるのを、わたしは知っていた。なにか悪性のウィルスのたたりなのか、ノーランは自分の作品を認めることができないらしく、いつもおなじ冷ややかなユーモアでそれを破壊するならわしなのだ。(中略)
  ノーランは、闘牛士が獲物にとどめを刺す瞬間をまちうけるに、幼児の顔のあとを追ってその上を飛びつづけた。彼が雲を刻みはじめるとしばらく静寂がおりたが、やがてだれかがうんざりしたように車のドアをばたんと閉めた。
  わたしの真上にうかんでいるのは、白い髑髏のイメージだった。
(浅倉久志訳)


ここには、雲の彫刻師たち(Cloud-Sculptors)が登場してきて、グライダーで空を飛び、ヨウ化銀で雲を刻み風景や肖像を描く。彫刻師のグループは、男ばかり四人。そして、美しい富豪の女性が一人。   ここまで設定を書いておけば、物語の行く末がわかるような気がするかい??
仮にそれが当たっていたとしても、全く問題ではない。問題にもなりゃしない。これは、ヴァーミリオン・サンズという場所の雰囲気を味あわなくてはならない小説であるし、バラードが描いた物語を視覚的に経験しなくてはならないからである。ぼくらのちっぽけな想像力なんてなんの役にも立ちゃしないというわけなのである。



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