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512. タマゴテングタケ (Today's Soup)

Joyce Carol Oates The Corn Maiden and Other Nightmares  Murder on The Menu


ジョイス・キャロル・オーツの書いた「タマゴテングタケ」(1997)という短篇を読んでいる。
察しの良い読者ならばタイトルを見てすぐに "ははあん" と頭の上にピカリと電球マークを掲げたかもしれない。そうそのとおり、この小説は、毒キノコ入りスープにより殺人を企てるはなしなのである。

  毒キノコを微塵切りにして、相手が食べることになっている食べ物に混ぜることを想像してみて欲しい。犠牲者は楽しく食事をし、そしてその後、犯人が遠くに姿をくらました頃に、死ぬだろう。殺されたという明らかな痕跡はどこにも残らない。傷も痣も、出血もないし、骨も折れてはいない。病気か内因性の卒中や発作で死んだといことになるだろう。現代医学が発達するまでは、まったく解明できない難病が数多くあり、誰も、病気なのか故意に毒を飲まされたのかを見極めることはできなかった。
  こういう訳で、毒は殺人の手段として好まれるようになり、その件数が増えるにつれて状況は逆転した。毒殺が単なる病死と間違われるのではなく、病気による死がたびたび故意に毒殺されたとみなされるようになったのである。現代までの長い間、きゅうしした有名人、とくに歳もとっていないのに死んだ者は、敵から毒を盛られたのではないかと疑われた。たとえ、長患いの後に死んだとしても、時間をかけて毒を飲まされて死んだと思われることがよくあった。(中略)
  しかし今日では、現代の化学のおかげで、状況はずいぶん変わってきている。病理学者が、細心の注意と確実な方法で毒物の痕跡を見つけ出し、慎重に検死を行いさえすれば、毒殺の被害者が、病気で死んだのと間違われることはほとんどない。その一方で、現在は昔よりずっと強い毒が手に入る。おそらく、一万五千分のオンスのボツリヌス菌の毒で人ひとりを殺すには十分だろう。
(アイザック・アシモフ、『Murder on The Menu』(1984)のための序文、東 理夫訳)



毒殺は人類史上二番目に古い殺人法であるという説がある。実際に古今東西のミステリにおいても毒殺事件は極めて多い。アシモフ博士が言うように、現代医学が発達するまでは毒殺は極めて効率の良い殺人法であったのだろう。
しかし、時代は変わってしまった。今や、誰もむざむざ殺されていやしない。毒入りスープを気づかずに飲んでしまう人間はよほどのうっかり者かもしくは味覚音痴だとみなされてしまう。仮に毒殺に成功しても、現代の病理学者や科捜研のマリコさんの手にかかればすぐに死因があばかれてしまう。毒入りキノコスープなどもはや絶滅危惧種と考えておいたほうがよいらしいのである。

オーツの「タマゴテングタケ」という作品に戻れば、案の定、殺人は不首尾に終わる。
おっとそれは"ネタバレ"ではないかと非難されるのは本意ではないのできちんと書いておこうと思う。
この物語は、殺人物でもミステリでもなく、ほんとうは "双子譚" の名作として記憶されるべき作品なのである。



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