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91.アラン・シリトー 土曜の夜と日曜の朝

「土曜の夜と日曜の朝」(1958)は、シリトーのデビュー長編である。
物語は、1950年代の英国。主人公の青年はアーサー、21歳、自転車工場で働く。当時の英国は、戦後の不況のさなかで、閉塞感の強い時代、「怒れる若者たち」が街にあふれていた。

会社でのアーサーの振りだしはメッセンジャー・ボーイで、自転車部品のサンプルを工場内の一部門から他の部門へ運んだり、運搬用自転車で市内の使い走りをした。その頃十五歳だった彼は毎週木曜日の朝、ロボーの言いつけで下町の薬屋まであやしげな使いをした。メモと金を入れて封印した封筒をわたされ、運河の土手や狭い通りを楽しみながら自転車でのろのろ店まで行くと、薬剤師はなんだかぶよぶよした平たいものが入っている褐色の丈夫な封筒と、はじめの封筒の金への釣銭をくれる。三ヵ月それがつづいたのちアーサーはロボーが何を買っているのかを発見した。(中略)
カールス並木を走りながら彼は狂ったように笑いころげ、猛烈なスピードでバスやミルクカーや乗用車まで追い越した。(永川玲二訳)



アーサーもまた、そんな時代のなかで生きている。そんな時代に生きているにもかかわらず、みずみずしい青春の時を過ごしている。土曜の夜は酒と喧騒、日曜の朝はベッドと倦怠、その繰り返し。なのに躍動しているように思えるのはなぜか。美しさと清々しさを感じるのはなぜか。そんなことをつい考えさせられてしまう作品なのである。



90.W・トレヴァー ロマンスのダンスホール

「ロマンスのダンスホール」(1971)は、岩波文庫『アイルランド短編選』に収録の一篇。
物語の舞台はアイルランドの山奥の農村、年老いた父親と働く30代の女性ブライディーの唯一の楽しみは、土曜の夜にダンスホールに出掛けることだった。

しかし土曜日の夜にはブライディーはスコッチ草と土を忘れた。父親の勧めもあって、いろいろなドレスを着て彼女はダンスホールに自転車で出かけた。父親は彼女がダンスホールの楽しみを抑えていると思うのか、「おまえにとって良いことだ」とか「楽しんだらいいではないか」と言った。(中略)
ブライディーと同じように、山奥の農家や村から人々が自転車に乗ってやってきた。少年と少女、男と女、みんなふだん他人と出会わない人々が一堂に会した。彼らはドワイヤー氏に金を払い、ダンスホールに入る。中では淡いブルーの壁に影が映り、クリスタル・ボールの証明は暗い。ロマンチック・ジャズ・バンドと呼ばれる楽団はクラリネットとドラムとピアノだった。ドラマーが歌手を兼ねることもあった。(橋本槇矩訳)



大袈裟かもしれないが、近時、トレヴァーの短編集(邦訳)が次々と刊行されたことは奇蹟だとか快挙の類だと思ったりする。…『聖母の贈り物』(2007)、『密会』(2008)、『アフター・レイン』(2009)、『アイルランド・ストーリーズ』(2010)、いずれもトレヴァーらしい滋味にあふれた作品がぎっしりと詰まっている。読み応えがあるったらない。
ただ問題がないわけではない。どの作品にも、アイルランドの歴史と風土と一緒に、哀しみと刹那さと諦念のようなものが色濃く塗りこまれているので、読み続けるとすこしばかし寂しくなってしまうのである。




89.トオマス・マン 墓地へゆく道

「墓地へゆく道」(1898)は、初期短編の代表作のひとつ。岩波文庫の『トオマス・マン短編集』に収録の17篇は、20代前半に書かれた作品が多いのであるが、どれも趣が豊かである。人間の描写が深い。滑稽であると同時に悲惨な主人公が続々と登場する。この作品でも、ピイプザアムという名前の男が、今、墓地へゆく道を歩いている。同じ道を後ろから自転車に乗った若い男が走って来て、物語が始まる。

サッドルにまたがっているのは、若い男である。少年である。気楽そうな遊覧者である。いや、彼は決して、この世の偉大な華々しい人たちの中に数えられたいというような望みなんぞ、なにも抱いているわけではない。彼の乗っている車は普通の品で、どこの工場でできたものやら、値は二百マルクで、まったくいい加減に買ったものである、そうして今彼は、その車でいささか郊外を乗り廻している。たった今町から出てきて、ぴかぴか光るペダルを踏んで、広々した自然の中へ、景気よく乗り込んでゆくところなのである。はでな色をしたシャツの上へ、灰色のジャケツを重ねて、軽いゲエトルと、それから世にも思い切った鳥打帽とを着けている。茶がかった格子縞で、てっぺんにぽっちのついた、すこぶる奇抜なやつである。しかもその帽子の下からは、ふさふさした明色の髪の毛が、どっさりはみ出して、額の上に逆立っている。眼は黒味がかった青である。若者は生命そのもののごとく飛ばして来た。そうしてベルを鳴らした。ところがピイプザアムは、髪の毛一筋ほどでも道を開けようとしない。そこに突っ立ったなり、頑固な顔つきをして生命を睨みつけている。(実吉捷郎訳)

驚いたのは、自転車で現れた若い男を、作者が「生命」と呼んでいることである。もちろん、単純に、「彼が生命そのもののごとく溌剌と登場してきた」からと思っておけばいいのかもしれないが。読み進めていくと、この「生命」という言葉の他にも、作者の意図や思惑や仕掛けが込められた暗喩のようなものが、其処此処に幾つも幾つも散りばめられていて、読者の想像力を問うているような気がしてくるのである。



88.ティム・パワーズ 奇人宮の宴

「奇人宮の宴」(1985)は、第四回ディック記念賞受賞作。
物語の舞台は、核戦争後の廃墟からようやく蘇りつつあるロサンゼルス。シボレーを改造した馬車が行き交い、蒸留酒が通貨となり、自転車暴走族が跳梁する。暗黒の近未来という、まさにディック賞の名にふさわしい世界を描く。
しかししかし一方で、どこかクールでチェシャ猫のように笑っている作家の姿も目に浮かぶ。そんなものは全てパロディの世界なんだよと言いだしかねないような。

ふたりが斜面をかけおりたときに舞いあがったもうもうたる砂ぼこりでなにも見えなかったが、左手からフクロウ族の自転車が方向転換して横すべりする音が聞こえてくると、リーヴァスは石弓をあげてそちらに狙いをつけた。と、砂ぼこりの向うに自転車が見えた。車体の両側に上むきに突きだしている外車輪が巨大な金属の昆虫の眼柄のようで、それらをつないでいる横棒の下に、ペダルら足をかけた乗り手が背をまるめている。自転車は急なUターンをしたときの傾いたままでリーヴァスに迫っており、右側の外車輪が地面をこすって回転していた。
リーヴァスは片腕をまっすぐ突きだし、恐怖にかられて石弓のゴムひもを限界ぎりぎりの口もとまでひきのばした。
(浅井修訳)


主人公のリーヴァスも、最初はこんなふうに石弓を使う勇猛果敢なキャラクターだったのが、奇怪な邪教集団との戦いに疲弊し、最後には彼女にスプーンでスープを飲ませてもらうほど人間的な弱さをあらわしてくる。
これってハードボイルドヒーローもののパロディでもあったのか?



87.イアン・マキューアン 時間のなかの子供

「贖罪」(2001)があんなふうに大ヒット作になってしまうと、それでもう次を読む気が失せてしまったかもしれない。しかしマキューアンは、やっぱり次も、他の作品も読みたくなる作家なのである。
ブッカー賞を獲った「アムステルダム」(1998)に見られるような、あのとてもとても辛辣な視点が、知らず知らずのうちにこころを揺さぶるのかなと思ったりする。…「時間のなかの子供」(1987)は、マキューアンの最初の長編である。近作とは少し違ったマキューアンが見られる。

線路の向こうは急坂の丘だった。最後に雪が降ってから車は通っておらず、生垣に挟まれて前方に伸びる道は、何の乱れもない白い帯であった。月はスティーヴンの行く手にあって、ようやく沈み始めていた。この道には幽霊がいた。スティーヴンは道の端を静かに歩いた。わきで若いカップルが、吹きつける風と雨に向かって自転車を押していること、そしてその二人が押し黙ったまま、ちぐはぐな思いに耽っていることを感じながら。若い二人は今どこにいるのだろう?四十三年という歳月以外の何が、二人と俺とを隔てているのだろう?
(真野泰訳)


この作品にはいろんな物語が詰まっている。夫婦の物語、親と子、大人と子供の関係、そして時間をめぐる物語、それらが重なりあったり逆さまになったり剥がれたり裏返ったりしながら物語は進行する。そんな構成に目を眩まされていると、喪失感に打ちひしがれているばかりのように見えた主人公が、いつのまにか生気を取り戻してくるんだものなぁ。やはりマキューアンには驚かされる。やっぱり次も、他の作品も読みたくなる。



86.エミール・ゾラ パリ

「パリ」(1898)、上下巻約750頁の大作。しかもこれは、連作「三都市」の一冊にすぎない!ということで、改めてこの大長編作家の強大なエネルギーについて思い知らされることになったりする。
しかも、それだけではない!19世紀末のパリの全貌を活写したこの作品は、同時に、ヨーロッパに於ける自転車の黎明期をリアルに書き留めた貴重な歴史書でもあるのである。

ピエールはまだ自転車に慣れていなかったので、メゾン=ラフィットまでは自転車をかかえて汽車で行き、そこから自転車に乗って森まで行き、森を通り抜けてサン=ジェルマン村側に出て、また汽車で帰ってくることにした。(中略)
列車に乗ってふたりきりになると、マリーは女学校時代の思い出を語り始めた。(中略)
「なんてったってキュロットよ」と彼女はふざけ半分に言った。「自転車に乗るっていうのにまだスカートをはいているなんて、まったく驚きだわ」(中略)
「キュロットをはいて自転車に乗れば、脚も自由になって窮屈な思いをせずに鳥のように跳び回れるというのに、そうしないなんてねえ。小学生みたいな短いスカートのほうが美しいなんて思うのは、そりゃ間違いです」
(竹中のぞみ訳)



自転車を楽しそうに乗りまわす女性をこんなふうに豊かに表現したのは、この作品が初めてかもしれない。19世紀末は自転車が大流行するとともに、パリで初めての女学校が開校した時期でもあった。なんと自転車はフェミニズムの構築にも大きく寄与していくことになるのでありました。



85.ケリー・リンク 妖精のハンドバッグ

「妖精のハンドバッグ」(2004)は、彼女の第二短編集『マジック・フォー・ビギナーズ』に収録の一篇。基調はファンタジーである。主人公が少女であるので、YA向けのファンタジーと位置付けられるかもしれない。しかし、実際はそんな枠にはまらない何かけたはずれで型破りの小説だと思う。

ゾフィアは全然おばあちゃんみたいに見えなかった。長い黒髪を、いくつもの塔みたいにとんがらせて編んでいた。大きな青い目をしていた。あたしの父親より背が高かった。スパイかバレリーナか、女海賊かロックスターみたいに見えた。ふるまいもそんな感じだった。たとえば、どこへ行くにも絶対に車に乗らない。乗るのはいつも自転車。あたしの母親はよくそれでカッカしていた。「齢相応にやれないの?」と母親は言ったが、ゾフィアは笑うだけだった。(中略)
あたしの母親は、よく仕事から帰ってきて目を丸くしたものだ。「お母さん、またこの子たちにおとぎばなし聞かせてたの?」と母親は言った。「ジュヌヴィーヴ、あんたのおばあちゃんはとんでもない嘘つきなのよ」
そう言われるとゾフィアはスクラブルのボードを畳んで、あたしとジェイクに向かって肩をすくめた。「あたしは素晴らしい嘘つきだよ」とゾフィアは言った。「世界で最高の嘘つきだよ。約束しとくれ、あたしの言うことを一言も信じないって」
(柴田元幸 訳)


このあと、いよいよゾフィアが「妖精のハンドバッグ」のはなしを始める。バッグの中には、ひとつの国がまるごとしまい込まれているというのだが。そんな話、信じられる?でも仕方がない。読者っていうのは、いちど読みはじめたら、最後までまるごと読んでいくしかないんだって。

PS. 邦訳は「スペシャリストの帽子」、「マジック・フォー・ビギナーズ」の二冊。どちらも愉しさあふれる魅力的な短編集だと思う。三冊目の「Pretty Monsters」(2008)の訳出が待ち遠しい。



84.M・ケネディ 無用の殺人(湖底の自転車)

「無用の殺人」(1935)は、チェスタトン編の『探偵小説の世紀』(1935)に収録の一篇である。
このアンソロジーは、なんと1000頁超の大作。登場する作家も豪華絢爛。ところが邦訳は翻訳権の関係か、既訳のある作家・作品を除外しているため、ビッグネームの作品は含まれていない。結果的に、地味な中短編作家中心の構成となってしまっているのだが…。むしろこれが良かったか。1900年代前半の英国ミステリの黄金時代をよく映した作品が集まっていると思うのである。

…とある荒れ果てた納屋に難なくたどり着いた。戸を引きあけ、ポケットから懐中電燈を取り出して、中へ入る前に内部を照らした。彼は思わず満足のため息を洩らした  前回やってきて以後はほこりがかき乱された形跡はなかった。そこに自転車があることは誰にも気づかれていないとみてさしつかえなさそうだった。
その自転車については彼はずいぶん骨を折っていた  中古で買ったのだが、まだ調子は上々で、タイヤはすりへってはいるものの(だからすぐそれとわかるような跡はつかないし)、まだ寿命は充分あった。それを彼に売ったグロスターシャーの町の自転車屋は、その取引に格別の関心も払わなかったし、それにゴース・ヒルまでの輸送は何行程かに分けてゆっくりと目立たないようにやったのだった  立ち腐れの納屋までの最後の行程は、夜陰に乗じて行なった。納屋の中に積んであった砂の山が、その隠し場所を利用した痕跡をすっかりおおい隠す絶好の手段を提供してくれた。(真野明裕 訳)

ミルウォード・ケネディは、イギリスの本格黄金時代に活躍した一人。邦訳が少ないのは残念だが、この短編も気が利いていて、且つアイロニーに充ちている。技巧も鼻につかない程度に収めているのが心憎い。短編ながら、まさに英国本格ミステリのモデルのような作品だと思う。ところで、この作品は以前に「湖底の自転車」というタイトルで訳出されたことがあったらしい。わたしは断然そちらを支持するものである。引用部にある自転車を使ったアリバイ作りは、結局、成功したり無駄に終わったりするのだが。



83.莫言 長安街のロバに乗った美女

「長安街のロバに乗った美女」 (1998)は、中短篇集『至福のとき』に収録の一作。
マジックリアリズムが中国に移植されると、こうなる!という、まさにそんな小説。
チャン・イーモウ監督による映画化!、というとついそちらに目が奪われそうになるが、いやいやこの小説の面白さときたら、かるうく映画なんかぶっ飛ばしてしまうと思うのだが、どうか。

自転車の山のなかから、侯七は自分の自転車を探しだした。ぼろ自転車だが、一日中地下鉄の駅にほったらかしにしてある自転車は、どれも似たり寄ったりのおんぼろだ。キーも壊れていて、三分もかかって、ようやくしぶしぶ開いた。自転車を引きだし、十数歩押して歩き、隙間を見つけてぶきっちょに跨った。そうして自転車の流れに乗って、長安街を抜けて家路につこうとしたとき、西の方角から騒ぎが聞こえてきた。(中略)
西のほうを振り向いた侯七の目に飛びこんできたのは……
紅い衣裳の若い女が、ぴかぴかのロバ  黒ロバ、小墨驢  に乗って傍若無人に赤信号を突っ切り、ほとんどくっつきあっている自動車の間を抜けて通りを渡っている光景だった。ロバのうしろには、馬に乗った男がすぐつづいていた。男は銀色の鎧兜に身を固め、胸の護心鏡がまぶしく白い光を放っていた。
(吉田富夫 訳)


著者あとがきによれば、あるとき読者からファンレターが届き、「この小説に出てくる美女と騎士は宇宙人だ」と丁寧な理由を挙げて証明してくれたそうだ。莫言は、そんなつもりで書いたのではなかったが、なんだか嬉しくなり、「そのとおり、二人は宇宙人です」と返事を書いたという。



82.シャモワゾー カリブ海偽典

「カリブ海偽典」(2002)は、約1000頁の大長編である。植民地独立戦争の戦士であった老人が、死の床の中で、自身の長い長い回想録を語り始める。〈シャモワゾー〉は、その回想を書き記すべく召喚された言葉の記録人である。そして、その記録をまとめたのがこの作品であるという設定になっている。ところが、この老戦士は言葉を発しない。自分の生涯の思い出を、すべて身ぶりによって語るのである。シャモワゾーは、その身ぶりを言葉に翻訳する役目を託されたのであるが…。

マン・ルブリエは、大声で笑い、背中を叩くことで、彼を調子はずれの時間から追いたてた。何日かのあいだは、すべてがふたたび動きはじめていた。その笑いは奇妙だった  カフカが短篇小説のなかでオドラデクと呼んでいたものの笑いにいくぶん似ていた。それは、星型の糸巻きのようなやつで、思いっきり笑うことができるが、喜びもなく、陽気さもなく、滑稽さもなく、悲惨さもなく、必然性もなく笑うのだ。(中略)
彼はそれと同じ一連の笑いを、パトリス・ルムンバの率いるコンゴ民族主義運動の活動家だったコンゴの女のうちにふたたび見出していた。(中略)会合の後で、使い古した自転車に乗り、笑い歌いながら帰ろうとしていたコンゴの女に、彼は言葉をかけた。(中略)やがて二人にとって、一緒にいることは自然なことになった。彼は彼女のかたわらをひっそりと歩き、彼女は自分の自転車の上で、さらには会合で喜びを爆発させていた。(塚本昌則訳)

それはもう奇妙な物語である。身ぶりによって表現される回想録という作品の設定からして奇妙であるのはもちろん、その回想録がほとんど彼の幼年・少年時代のものに偏していたり、女悪魔に取り憑かれた少年が救われた助言者(マン・ルブリエ)によって育てられたり、革命の理念や独立の理想よりも生涯のなかで出会った女性たちのはなしに物語の多くが向けられていたり…。しかしそんな設定に戸惑っている暇はない。なにせ1000頁の大長編の中には、みごとなほど豊かなカリブと物語の世界がぎっしり詰まっていて、これを読みほどいていかねばならないからである。ああたいへん。




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