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931. 幻獣の書 (Studies in Green)


The Book of the Beast  タニス・リー


タニス・リーの長篇 「幻獣の書」(1989) は、緑の書/紫の書/緑の書という三部構成になっている。
緑の書には「エメラルドの瞳」という副題がつけられている。
不思議な眼の色をした女性が登場してきて、このファンタジー小説の幕開けを告げる。

「お掛けなさい」とエリーズ・デュスカレは云った。(中略)
ラウーランの盃に暗い色の酒が注がれる。
酒の香りと、そばに屈みこんだと思うと離れた女の香りを捉えた。生身の女に間違いない。
その美しさ。その不思議さ。
女は向かいの椅子に腰を下ろし、インキにも似た古い酒をおのが盃より啜った。瞳の信じ難い色も今は見て取れる。
「お楽になさいな」
「あなたの眼」と云ってしまった。自分でもとめられぬかのように。「見たこともないほど   緑色」
(浅羽莢子訳)


先にファンタジーと書いたが、モダン・ホラーと書いたほうがよかったかもしれない。
あるいはダーク・ファンタジーか。
「美しくも禍々しい物語」という出版社が付けた惹句もまんざら遠くはないと思わせるような幻想譚が展開されて行く。
しかしまあ、タニス・リーの、ロマンス小説のようなぬけぬけとした語り口!
浅羽さんの訳文も冴える。林由紀子さんの絵も、とびきりである。
一読すれば、癖になってしまうような作品かもしれない。ということで、シリーズ作品が別に四冊ある。
怪異譚が好きな方にもぜひ。


☆タニス・リー、2015年5月24日逝去。合掌。



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930. 緑青/月夜のでんしんばしら (Studies in Green)


宮沢賢治漫画館第1巻「月夜のでんしんばしら/スズキ・コージ」
(スズキ・コージ、「月夜のでんしんばしら」 宮沢賢治漫画館第1巻)


「面白い試しがない」とは、大工の留さん。"小さい頃のはなし"、ってやつである。
その、小さい頃のはなしであるが、初めて身近な存在として『毒』というものを知ったのは、「緑青(ろくしょう)」という言葉を耳にしたときだったかもしれない。銅の表面にできる錆のことで、昔は、猛毒と言われていた「緑青」のことである。

うしろのはしらはもどかしそうに叫さけびました。
「はやくあるけ、あるけ。きさまらのうち、どっちかが参っても一万五千人みんな責任があるんだぞ。あるけったら。」
 二人はしかたなくよろよろあるきだし、つぎからつぎとはしらがどんどんやって来ます。
「ドッテテドッテテ、ドッテテド
 やりをかざれるとたん帽ぼう
 すねははしらのごとくなり。
 ドッテテドッテテ、ドッテテド
 肩にかけたるエボレット
 重きつとめをしめすなり。」
 二人の影かげももうずうっと遠くの緑青いろの林の方へ行ってしまい、月がうろこ雲からぱっと出て、あたりはにわかに明るくなりました。
 でんしんばしらはもうみんな、非常なご機嫌です。恭一の前に来ると、わざと肩をそびやかしたり、横めでわらったりして過ぎるのでした。
(月夜のでんしんばしら)


宮沢賢治の作品には、この「緑青」が、たびたび登場する。
ここでは、大好きなでんしんばしらの物語を引用した。

ところで、この話には、賢治自身が描いたとびきりの挿絵が存在する。
そんなものを差し置いて、新たに挿画を描けるのは、スズキ・コージくらいだと思ったりするのである。



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929. 建築と植物/シアトル中央図書館 (Studies in Green)


Seattle Public Library
(シアトル中央図書館・新館、2004)


『建築と植物』、というのが刺激的なテーマだった時代は終わったのだろうか。
藤森照信さんの 「タンポポハウス」(1995) や、パトリック・ブランの 「緑の壁」(マドリッド2007、他) や、ベネチア・ビエンナーレの日本館の 「温室」(2008) を見たときのような驚きは、とうに過去のものになってしまい、今や、あちらこちらにあふれている壁面緑化や屋上庭園を見ても、感じるものが皆無というかなしい気分であったりする。



tor3037.jpg


思えば、シアトル中央図書館で "植物柄のカーペット" を見たときに、建築と植物の幸せな出会いの時代は終わりつつあるのだと気がつけばよかったのかもしれない。迂闊な眼が、それに気がつくためには、10年後に某ニトリで大量のボタニカル柄の敷物を目にするときを待たねばならなかったのである。




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928. ヴァージニア・ウルフ キュー植物園 (Studies in Green)


KewGardens.jpg KewGardens2.jpg


「キュー植物園」(1919) は、ヴァージニア・ウルフの初期の短篇。
幾つかの邦訳があるが、ここではみすず書房版の作品集『壁の沁み』、川本静子訳から引用した。

 長方形の花壇からおよそ百本ほどの茎が立ち上がり、丈の半ばあたりにハート型や舌型の葉を伸び広げ、先端には赤や青や黄色の花びらをつけていた。花びらの表面には点々と色が浮かび上がり、花喉の暗い赤や青や黄色の部分からまっすぐに伸び出たつるは、金色の花粉にまみれ、先が少し太くなっていた。大量の花びらが夏のそよ風に揺れると、赤や青や黄色の光が互いに重なり合い、足元の褐色の大地のそこここを、この上なく複雑な色に染め上げた。光は小石のなめらかな灰色の背や、茶色い環状の筋の入った蝸牛の殻の上に降り注いだり、水滴に溶け込んで、水の薄い壁を今にも破裂させんばかりに赤や青や黄色に濃く大きくふくらませたりした。だが、水滴は破裂しないで、一瞬のうちにふたたび銀灰色に戻り、光はいま葉肉の上に宿って、伸び広がる葉脈を浮かび上がらせたかと思うと、また動き進んで、ハート型や舌型の葉が形づくる円天井の下の広々とした緑の空間に降り注いだ。そのとき、頭上で爽快なそよ風が吹くと、こんどは頭上の大気や、七月のキュー植物園をそぞろ歩く人びとの眼が、きらきらと色づいた。
(川本静子訳)


    しかし、どうだろうか、この色彩豊かな冒頭部の文章は!
しかも、植物園の描写だというのに、一向に "緑" は出てこないのである。



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927. ルドゥーテの緑 (Studies in Green)


ルリスイレン
(ルドゥーテ、ルリスイレン(ルリヒツジグサ))


ルドゥーテ(1759-1840)は、ベルギー出身の画家。
バラの画家、花のラファエロと呼ばれた。
フランスの宮廷画家として活躍。マリー・アントワネットの専属画家でもあった。 



ヒヤシンス
(ヒヤシンス)


ルドゥーテが描いた花を見てわかるのは、   青い花こそ「緑色」を生かす   ということである。
彼が得意とした薔薇、赤やピンクや黄色の花と組み合わせられるとき、葉や茎の緑色は、確かに映えるのであるが、当然ながら脇役の範囲を越えることはない。しかし、青い花と組み合わせられとき"緑"は、とたんにあやしい輝きを放つのである。
ただし、リンドウやクレマチスのような濃い青とは相性が悪い。
緑が生きるのは、ヒヤシンスやスイレンやハギやギボウシなどの薄い青色の花と一緒に描かれたときだと思うのだが、どうだろうか。


  

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926. きゅうりさんあぶないよ (Studies in Green)


きゅうりさんあぶないよ


ちひろ美術館・東京へ「聖コージズキンの誘惑展」を見に行く。
スズキコージさんの絵は、色が強力だ。
原色というより、濃色が、これでもかとばかりに暴れまくる。
アンデルセンもグリムも賢治もマザー・グースもコージズキンにかかれば、とてもカラフルな話に生まれ変わる。

力強い!、それでいて色使いはきわめて巧みである。
青も赤も黄色も絶妙!
では緑は?というと、たとえばこの「きゅうりさん」だ。
物語とおなじように、緑色も、大暴れするのでご心配なく。
この緑、楽しいったらないのである。



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925. 犬の植木鉢 (Studies in Green)


犬の植木鉢


地下鉄の表参道を上がって南青山方面に向かって歩くと、突き当りが根津美術館である。
竹と玉砂利のアプローチ、大きな切妻屋根、いつ見ても美しい。
しかし、今日は、そこではない。
少し手前を右に入って、岡本太郎美術館へ来たのである。
庭をのぞいてみると、そこにはあの岡本太郎、独特のオブジェたちが顔を並べていたりする。
緑の中でこちらをのぞいているのは、植木鉢に化けた犬である。
赤塚不二夫のウナギイヌと並ぶ、世紀の傑作だと思う。



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924. Mucha in Green (Studies in Green)


mucha 1897 夢想
(Alfons Mucha, 夢想, 1897)


ミュシャは、沢山の植物の絵を描いた。
しかし、圧倒的に多いのは「女性と花」を主題にしたものである。
だから「緑色」は、脇役にとどまるケースが多い。
例えば、花冠をまとった女性を描く場合、緑は背景となって補色効果を担う。
または、ドレスの色となって花と女性を引き立てる。
悲しい役目、なのかもしれない。


mucha_lvy1901.jpg  mucha_laurel1901.jpg
( Alfons Mucha, 左 「Ivy」、右 「laurel」,1901)


そんな中で、数少ない "緑" が主役の作品を挙げてみた。
あらためてわかるのは、当たり前のことなのだが・・・、
ミュシャの緑がとても魅力的だということ。




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923. 紙の動物園 (Studies in Green)


紙の動物園2  紙の動物園


ケン・リュウの短篇 「紙の動物園」 (2011)、
邦訳は、同名の日本オリジナル短篇集 (2015,早川書房) に所収。
冒頭に置かれたこの作品を読むだけでも、この作品集と作家の魅力がいっぱいに伝わってくる。
とまあこんなことを書かずとも、この一作でネビュラ賞、ヒューゴー賞、世界幻想文学大賞の各短編部門賞を勝ち取ったことを記しておけば充分だろうが。

父さんはカタログで母さんを選んだ。(中略)
その写真をぼくは一度も見たことがない。父さんはどんな写真だったのか説明してくれた   母さんは椅子に腰掛け、体を斜めにしてカメラに向けていた。タイトな緑色の、絹のチャイナドレスを着ていた。顔はカメラに向けられており、豊かな長い黒髪が肩から胸にかけて垂れていた。落ち着いた小どものような目で父さんを見つめていた。
「カタログの最後のページにその写真が載っていたんだ」父さんは言った。
(古沢嘉通訳)


どうだろうか。この一節だけでも読めば、わわわわあと驚くに違いない。
そしてそのうれしい驚きはほぼ最後まで続くのである。
ほぼ、と書いたのは、やや"若書き"のような雑な部分が感じられること。
そして、最後の"手紙"の部分が不要だとも思えるからである。
しかし、そんなことを含めてとらえても、これが素晴らしい短篇であることは揺るがない。
もちろん、次作が読みたくて仕方がないのである。



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922. クリムトの正方形の絵/美術館の緑、その➍  (Studies in Green)


klimt Avenue to Schloss Kammer, c. 1912
(Gustav Klimt, Avenue to Schloss Kammer, 110 x 110 cm,1912年)


美術館の緑、その➍ オーストリア・ギャラリー

オーストリア・ギャラリーは、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿内にある美術館である。
18世紀初に建てられたバロック様式の宮殿の中には、主に19世紀末のオーストリアの画家たちの作品が展覧されている。中心になるのは、クリムトとシーレのコレクションである。

クリムトは、世紀末ウィーンの喧騒の中で、華やかな女性の華やかな絵を描いた。
そして、その一方で、100x100cm ほどの大きさの正方形の風景画を幾つも描いている。
農家の庭、果樹園、野や林、緑にあふれたこの作品群がわたしは大好きである。




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