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191. J・フォード 文学刑事サーズデイ・ネクスト

『文学刑事サーズデイ・ネクスト』シリーズの第一作は「ジェイン・エアを探せ!」(2001)という副題が付けられている。
物語の舞台は1985年のイギリス、といっても実際の歴史とは、時間線の異なるイギリスである。そこでは、文学が異様な人気と力を持つ。他の娯楽形態はほとんど見当たらず、人々は文学に熱狂している。当然ながら、そこには特別なマーケットが成立し、犯罪が生まれることになる。おまけに本のなかの世界にまで出入りする奇妙なタイムワーパーが跋扈するときては!・・・かくして、我らが文学刑事のお出ましということになるのである。

ジェインが誘拐されて二十秒もしないうちに、革装・豪華版『ジェイン・エア』の百七ページあたりで奇妙な事件が起こったことに気づいた者たちがいて、早くも心配しはじめた。三十分以内に、イングランド博物館・図書館に電話が殺到し、たちまち電話は不通になった。二時間以内に、全国の文学刑事局が、心配したブロンテ愛読者たちからの電話に忙殺された。・・・
(田村源二訳)


この文学刑事シリーズ、イギリスでは既に全4作、日本でも3作が出版され、大人気なのだという。たしかに、面白い。ガハハと笑える。でもわたしの場合、この盛り沢山でおバカな設定と粗筋を読むだけでお腹がいっぱいになってしまったような気がするのだが、ねぇそんな読者はどうしたらいい?

190. S・ミルハウザー エドウィン・マルハウス

「エドウィン・マルハウス」(1972)は、ミルハウザーの処女作である。『子供によって書かれた子供作家の伝記』という形式を借りた小説である。・・・もうその設定だけで、読みたくならないか!

一方、ジェフリー・カートライトの捜索は依然として続けられている。私としては彼がこのまま見つからないことを祈るばかりである。エドウィンの小説が1969年、ハーヴァード大学のチャールズ・ウィリアム・ソーンダイク教授の令嬢によって発見されたことをご記憶の方も多いだろう。こともあろうに子供図書館で!エリザベス朝の子供に関して優れた著作のあるソーンダイク教授が、ピンクのスモックに黄色いお下げ髪の小さな女の子たちに混じってエドウィンの本に読みふけっている姿は、何ともほほえましい光景だったに違いない。『まんが』は実に数奇な運命をたどってきた。ある不可解な思い違いから子供向け(8歳-12歳)の本として出版されてしまったため、子供には読むことができず、大人からは読まれなかったのだ。
(岸本佐知子訳)


しかし、その奇妙な設定だけがこの作品の読ませどころというわけではない。もちろん伝記文学のパロディとして読むだけでとても面白いのであるが、それに加えて、伝記のなかの<子供の世界>の描写が、もうひとつの読みどころということになる。美しく、暗く、騒がしく、きらきらと輝き、驚きと不安と笑いに満ちた、そんな子供の世界を何か取り憑かれたように執拗に、豊饒なイメージで綴っている。
ミルハウザーは、このあと『イン・ザ・ペニー・アーケード』、『モルフェウスの国から』、『バーナム博物館』、『三つの小さな王国』、『マーティン・ドレスラーの夢』・・・と、素晴らしい作品を書き続けていくわけであるが、<何かに憑かれたような子供>という主題は、何度も繰り返し登場してくることになる。

189. マンディアルグ 大理石

「大理石」(1971)は、マンディアルグ、初の長編小説。といっても、短編の集合的な構成であるし、小説というより架空旅行記か偽博物誌のような趣きもあって、ページを紐解くのが愉しい。
引用は、第二章「ヴォキャブラリー」から。

そしてカリタは、他のすべての日と同様、赤と薔薇色の繻子のドレッシング・ガウン一枚を身にまとい、花咲く小枝に鳥のとまっている古い錦の壁布を張った客間の、黄金の額縁のなかの数人の神話の裸像の下で、緋色の大きな長椅子に、坐るというよりむしろ横たわって  もっとも極度の暑さのためにカーテンは引かれていた  フェレオルを待っていたのであるが、むろん、カリタにしてみれば、フェレオルが不可解な慎み深さから抜け出そうとしている時がようやく来たのだと考えるだけの理由は十分あった。にもかかわらず、彼はといえば、ただ彼女のそばに腰をおろして、彼女の指に接吻してから、彼女の腕をとることはとったが、それは友達のような仕種でだった。そして、ごく薄い絹で最小限の慎みを保って、辛うじて覆われているその美しい脇腹に、彼女が男の爪を感じてあられもなく昂奮しているというのに、男の方は、前日、彼女と別れてから後に見たものを、長々と語りはじめたのである。それは彼の言うことを信ずるなら、町の図書館だった。彼は写本やミサ祈祷書や、ボルソ公の聖書のきらびやかな細密画などを説明するにあたって、たったいま昼食中に案内書で読んだばかりのことを、本当に図書館に行ったよりもくわしく、彼女に語って聞かせたのである。
(澁澤龍彦訳)


訳者によれば、マンディアルグの作品は、三つの特質を持つ。・・・「ミニアチュール的想像力、スペクタクル好み、幾何学的空間への偏愛」の三つである。なんだ、それは澁澤さんの好みと一緒のようなものじゃないか。

188. エリック・マコーマック ミステリウム

「ミステリウム」(1992)は、マコーマックの第二長編。国書刊行会、2011年の新刊。
この本は、帯の惹句が凄かった。<マコーマックの奇譚にあっては、生々しい肉体性と、ありえない幻想性とがつねに共存している。なかでも、この『ミステリウム』は、ひときわ生々しく、ひときわ奇怪である。不気味な奇想現代文学ミステリの傑作!>

二月六日の火曜日、朝の九時三十分に、私は薬局のカウンターの背後で父の特製のエリキシル剤を調剤していた。電話が鳴った。
「ロバート」それはホッグ保安官だった。「図書館に来てくれ。一大事だ」
(中略)
内部は、なにもかもいつものようにきちんとしているようだった。しかし、私の温かいコートにもかかわらず、建物はひどく冷え切っており、床磨き剤の匂いがいつもよりきつかった。私たちの吐く息は、まるで異質な元素の中にいるかのように、ラッパ型に広がった。読書スペースの奥の、本棚の最後の列の背後から、人声と木の床を踏み鳴らす足音が聞こえてきた。私たちはその方向に向かった。
ホッグ保安官がそこにいた。鼻にハンカチをあてがっている。(中略)
「酸よ!」ミス・バルフォアが叫んだ。
(増田まもる訳)


・・・すこぶる魅力的な仕掛けが盛り込まれているのはたしかだが、しかし実際には奇怪でも無気味でも奇想でもなくて、おまけにミステリでもない。むしろメタ・ミステリとして、緻密なパズルを解くような愉しみが大きいような気がするがどうか。凝りに凝った設定と知恵を絞った構成に、寒くて縮こまった頭脳がぐるぐるぐるとかきまわされて温めてくれる、そんな効能が期待できると思うのだがどうだろうか。

187. アリス・マンロー 小説のように

「小説のように」(2009)は、マンロー、78歳の作品。同名の短編集に収録の一篇である。
・・・物語の主人公は、音楽教師の女性、ジョイス。子連れの若い女に夫を奪われた経験を持つ。今は、マットと再婚し、豊かで落ちついた暮らしを得ている。

ジョイスは、どこか他の場所でのマットとの暮らしなど考えられない。ここではいつもいろんなことが起きている。人が出入りして、何か置いていってはあとから取りにくる(子供たちも含めて)。日曜の午後には書斎でマットの弦楽四重奏団、日曜の夕方は居間でユニテリアン・フェローシップの会合。キッチンでは緑の党の戦略が練られる。表側の部屋では戯曲を読む会が大げさに真情を吐露しているし、キッチンでは誰かが現実生活のドラマの詳細をぶちまけている(ジョイスの存在はどちらの場所でも必要とされている)。マットは学部の同僚と書斎にこもってドアを閉め、作戦計画を検討している。
自分とマットはベッドの中を除いてはほとんど二人きりになることはないと、ジョイスはよく口にする。
「でね、ベッドの中ではあの人、何か重要なものを読んでるの」
一方、彼女は何か重要でないものを読むのだ。
(小竹由美子訳)


この引用部は、彼女が、新しい夫と地位を手に入れて落ちついた日々を過ごしているところの描写である。・・・この後、ジョイスは、思わぬことから過去の傷を疼かせることになるのだが、ここでもそんな翳りをわずかにほのめかすような文章が綴られていて心憎い。簡潔な描写が、逆に、対象とする人間や心情をくっきりと浮かび上がらせることになるのだから、さすがはマンロー、短編の女王!である。


186. イアン・サンソム 蔵書丸ごと消失事件

「蔵書丸ごと消失事件」(2005)は、<移動図書館貸出記録>と副題が付いたユーモアミステリシリーズの第一作。イギリスでは、現在まで4作品が出版されているらしい。図書館司書を主人公にしたミステリの新しいシリーズときては、もちろん見逃せないところである。

この業界で移動図書館を図書館の最高峰と考えているものはあまり多くないといっても、まずさしつかえないだろう。図書館の最高峰としてあげられるのは、英国国立図書館とかニューヨーク市立図書館とかアレクサンドリア図書館といったところだ。その頂の下に位置するのが大学図書館とか個人の学術図書館であり、さらにその下に大きな公立図書館があって、そのまた下に地域図書館や図書館の分館、それに学校の図書館や病院の図書館や刑務所の図書館や精神病院の長期入院患者用の図書館がくる。そして、この順位表の底辺よりさらに下、じめじめした田舎のホテルや歯医者の待合室にあるリーダーズ・ダイジェスト版の赤い模造革装丁の名作全集とおなじくらいのところに位置しているのが、移動図書館だった。
この業界における移動図書館の地位は、いうなれば医学会における足病治療医、プロスポーツ界における屋内カーペット・ボウリングのようなものだった。
「おことわりします」イスラエルはくり返した。
(玉木亨訳)


主人公のイスラエルは、北アイルランドの片田舎にようやく図書館司書の仕事をみつけたものの、辿りついてみると図書館は閉鎖されており、あてがわれたのは移動図書館の運転手兼司書役であった。おまけに、肝心の本が無い!
・・・設定はなかなか面白い。作者の本と図書館に対する熱い思いも充分に語られている。本好きとアイルランド人に対する皮肉やジョークも気が利いている。しかし、ほんの少しだけ、どこか物足りない。でもわたしは、これをただの軽い読み物にとどまらせているものは何かなんて考えたりはしない。だってこれはただの軽い読み物だもの。


185. S・アンダソン ワインズバーグ・オハイオ

『ワインズバーグ・オハイオ』(1919)は、架空の町<ワインズバーグ>で暮らす人々の姿を描いた連作短篇集。アメリカ現代文学の出発点のひとつ、というような位置付けもできるらしい。

牧師はベッドの女についての想念を、断乎として払いのけ、細君にたいしてはまるで恋人のように振舞いはじめた。ある晩、いっしょに馬車で出かけたとき、彼はわざわざバックアイ・ストリートからそれて、水道池の上手のゴスペル丘の暗がりに馬車を乗り入れ、セアラ・ハートマンの腰に手をまわした。また、朝食をすませて住居の奥にある書斎にひっこむ前には、テーブルのわきをまわって、細君の頬にキスをしに行った。そしてケイト・スウィフトのことが頭に浮かぶと、微笑をうかべて眼を天に向けた。「主よ、私に力をおかしください」彼はつぶやくようにいった。「私が狭い道からはずれずにひたすらあなたのお仕事を果すようにさせてください」
こうして今や本物のたたかいが、茶色の顎鬚をたくわえた牧師の魂のなかではじまった。
(小島信夫、浜本武雄訳)


読後、ふと気がつくのは、『連作短篇集』という形がこころにくいほど生きているということである。
このスタイルでこそ、ワインズバーグというアメリカ中西部の田舎町を描き、この町に住むさまざまな人々を描き、さらにその中で20世紀初という時代と、新聞記者の青年ウィラードの揺れ動く姿を浮き彫りにしていくというような小説の業が可能になったのだと思う。連作短篇集という構成こそが、この物語の豊饒さと味わいの深さをもたらしたと思うのである。


184. エリザベス・ボウエン 相続ならず 

「相続ならず」(1934)、邦訳はミネルヴァ書房版、ボウエン・ミステリー短編集『幸せな秋の野原』に収録。・・・物語の舞台は、一時大戦後のイギリス、主人公は伯母の荘園屋敷に居候中のダヴィナ、29歳、オリヴァーという恋人がいたが、彼が没落し金がないのを理由に結婚を諦めたばかりである。そこに、伯母の家の運転手の男の挿話が絡んできて・・・、ボウエン独特の奇妙な調子で物語は展開していく。

彼はダヴィナと同様に社会の敵で、手に入らないものを当てにする暮らしが身についていた。(中略)伯父の勧めで一、二度ほどカントリー・ハウスの付属図書館の蔵書カタログを作ったことがあった。彼の仕事ぶりは根気がなく、見てくればかりで不正確だったが、誰もそれを口にしなかったのは、彼の伯父の機嫌を損ねたくなかったからだ。(中略)
シンガミー卿は、素晴らしいものだが、かびが生えて、読めなくなった図書館を所有していた。ある晩のこと、彼はいつものクラブで知的なプライドをくすぐられて怪気炎を上げ、オリヴァーの伯父の誘いに乗って、じつはカントリー・ハウスにあるんだよ、子牛か子山羊の皮紙で製本された山のような宝物が眠っているんだ、と口走り、その探索と蔵書カタログ製作のためにオリヴァーを雇う羽目になった。
(太田良子訳)


ボウエンの短編集は、奇妙で独特の謎と毒に溢れている。一見わかりにくい話が多いのであるが、人間に対する辛辣さと愛惜が混在しているだけとでも割り切って読めば、そのわかりにくさこそがボウエンの短編の魅力でもあることがわかってくる。だいたい、邦訳にしたって、ミステリー短編集と名乗りながらちっともミステリーじゃないんだもの。ちなみにボウエンの長編小説は、もっとストレートに物語の魅力を伝えてくれるので念の為。

183. フローベール 愛書狂

「愛書狂」(1835)は、フローベール、14歳!の作品。
実在の愛書狂殺人事件に題材をとった短編である。

物語の主人公は、古本屋のおやじジャコモ、まるで「ホフマンが夢の中から掘り出してでもきたような、不気味な顔」をしているのだという。タイトルが示すように、この男、書物のこと以外、頭にない。書物に対する愛情と情熱が、身内で彼を焼き尽くし、生活を蝕んでいたのである。

夜中、よく、近所の者は本屋の硝子窓越しに、灯がちらつくのを見かけた。その明りは近づいたり、遠のいたり、昇ったり下ったりし、そのうちに消え去ることもあった。すると、近所の連中は表戸を叩く音を耳にする。ジャコモが風で吹き消された蝋燭の火を貰いにきたのである。
そういう熱に浮かされた興奮の夜々を、彼は書物に埋もれて過すのだった。陶酔の境地で、書庫の中をせわしく行き来し、蔵書のあいだを巡り歩く。やがて、髪を振り乱し、あやしく輝く目を見すえて立ちどまると、書棚に触れた手がわなわなと震えだす。その手はじっとりと汗ばんでいる。
(生田耕作訳)


そういえば、深夜、愛する本を手に取っていると、わたしの手もわなわなと震えだし、じっとりと汗ばんでいることがある。きっと書物の毒と熱に知らぬまにやられているのだろう。自戒し、早寝に努めよう。それしか対策はないのだというから。

182. ユイスマンス さかしま

「さかしま」(1884)の主人公のデ・ゼッサントは、パリを遁れ郊外に隠棲の居を構える。俗人や喧騒のみだりに侵入しない土地で、心の安らぎに浸ろうと目論んだのである。そして、買い取った家に徹底的に手を入れ、そこに人工の理想郷を作り上げようとする。

とどのつまり、彼は、居室の壁を書物のように、膚理のあらいモロッコ革や、鋼鉄板の強い圧搾による光沢出しをほどこされた喜望峰の山羊皮などをもって、装幀させることに意を決した。
こうして鏡板が張られると、彼は竿縁や上方の腰板に、ちょうど四輪馬車の製造人が馬車の羽目板に用いるような、濃い藍色や艶のある藍色の塗料を塗らせた。やや丸味をおび、同じようにモロッコ革を張りつめられた天井には、あたかもそのオレンジ色の皮膚に嵌めこまれた一箇の巨大な円窓のように、濃い青色の絹張りの丸い天空が切りひらかれていた。そして、その円い天空の真んなかに、昔、ケルンの織工たちが聖職者の祭服に縫い取った銀糸の熾天使が、幾つとなく羽ばたきながら舞いのぼっているのであった。
(澁澤龍彦訳)


・・・かくして、青とオレンジ色を基調としたみごとな書斎ができあがる。当然ながらこの書斎は、ドン・キホーテが作り上げた騎士物語の殿堂とも、ネモ船長が有する壮大で実際的な図書室ともかけ離れた、神秘的象徴主義の所産である。書斎に並ぶのは、彼が愛する頽唐期のラテン文学であり、ボオドレエルでありマラルメであり、ギュスターヴ・モロオなどの幻想絵画であり、珍奇な宝石や香料や花々である。この書斎のなかで、デ・ゼッサントは、ひたすら感覚と趣味とを洗練させて人工的な夢幻の境に逃避しようとする。


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